実は皇室が日本の中東外交も支えている? 「菊の御紋の威光は絶大」サウジ国王が敬う“飾らない気品”
「日本は例外だ」--そう断言するサウジの重要人物や、謁見の際、何よりも先に「陛下の安否」を問う国王。なぜ、豪華絢爛(けんらん)な暮らしを謳歌(おうか)するアラブの王室が、質素ともいえる日本の皇室にこれほどまでの敬意を払うのでしょうか。
【画像】集まった多くの参賀者へ手を振られる、気品あふれる愛子さま
なぜアラブ王室は日本の皇室を気にかけるのか
中村滋氏は2006年から2009年までの3年間、駐サウジ大使を務めたが、「サウジの王族は日本の皇室に尊敬と強い関心を寄せている」と指摘する。在任中、日本からの要人がアブドラ国王(在位2005年8月〜2015年1月)に謁見するとき、中村氏は必ず陪席したが、国王の最初の発言は決まって「天皇陛下はお元気でおられるか」との質問で始まった。
同国王は皇太子時代の1998年10月、公賓として来日し、東宮御所で徳仁皇太子夫妻から夕食のもてなしをうけた。翌日には天皇が徳仁皇太子、小渕恵三首相らを交えた昼食会をもった。
この訪日を通して皇室にアブドラ皇太子がひと際強い印象を抱いたと中村氏は感じ、国王になってから日本の謁見者に冒頭、決まり文句のように「天皇陛下はお元気でおられるか」と言う言葉にも懐かしさのこもった響きがあったという。
ちなみに先に触れた徳仁皇太子、雅子妃の1994年の中東4カ国歴訪でサウジに立ち寄った際は、国王になる前のアブドラ皇太子がもてなしている。
「日本は例外」サウジ王族が語った特別な理由
長年、サウジの駐米大使を務めたバンダル・ビン・スルタン王子は帰国後、国家安全保障会議の事務局長という重要ポストに就いた。面会が極めて難しいことで知られたが、中村氏とは二度私邸で会い、イランとの水面下の交渉などを明かしてくれたという。
この時、事務局長は、「自分は通常、外国の大使には会わないが日本は例外である。なぜなら日本の皇室を尊敬しているからだ」と述べたという。
2004年9月、徳仁皇太子がブルネイのビラ皇太子の結婚式に参列した際には、スルタン王子と席が隣同士になり、歓談している。
皇室に対するサウジの敬意について中村氏はこう指摘する。
第一に、日本の皇室が万世一系と言われる、世界でも珍しい長い歴史と伝統を保持していること。第二に、皇室が日本国民の幅広い尊敬と支持を集めていて、「自分たちもこうありたい」という願望。第三に、華美や贅沢から一線を画した精神性の高さ、だ。
これは先に触れたように、彼らが信奉するイスラム教に通じるものがある。
「菊の御紋の威光」中東で語られる皇室の存在感
奥田紀宏氏は駐サウジ大使を2015年から2017年末まで務めたが、サウジの王族が日本を訪問するときは、なるべく徳仁皇太子に空港に出迎えてもらえるよう外務省を通じて宮内庁に要望していた。皇位継承順位第一位の皇太子の出迎えは「自分たちを手厚く遇してくれている」との証になるからだ。奥田氏の要望は聞き入れられたこともあれば、皇太子の都合がつかなかったこともある。
実はサウジだけでなく、アラブの王室が日本の皇室を尊敬していることは、アラブに通じた人の共通認識である。
1970年代の石油危機のとき、大協石油(いまのコスモ石油)の中山善郎社長は、アラブ諸国から石油の安定供給を受けるには「皇室外交があれば最高」「菊の御紋の威光はアラブの王様に絶大」と語っている。
世界で話題となった“ある一枚の写真”
サウジのムハンマド皇太子はまだ副皇太子だった2016年8〜9月、公式実務訪問賓客として日本を訪れ、9月1日に皇居・御所で天皇に謁見した。このとき二人が向かい合って話している写真が大きな話題となった。天皇への謁見は皇居・御所の一室で行われた。ここで天皇が「東日本大震災の際にお見舞いをいただいたことに感謝します」と述べると、副皇太子は「それは我々の義務です。日本は極めて重要なパートナーなので、困っているときにはそばに寄り添うのが真の友人です」と語った。
この時の写真がフェイスブックやツイッターなどSNSを通じて世界で大きな反響を呼んだ。
何の飾り気もない部屋で、装飾といえば草花を活けた花瓶が一つあるだけ。障子から明かりが差し込む凜とした気品ある空間の中で、天皇と副皇太子が向かい合い、言葉を交わしている。
SNSで広がった“シンプルな美しさ”への驚き
フェイスブックとツイッターの声──「この写真を見ると嬉しく感じる。サウジアラビアの副皇太子が、シルクやジュエリーなどの派手な装飾に頼らずとも、とても穏やかな気持ちで対談されていることが分かるからだ(サウジアラビア)」
「本当に素晴らしい場所だ。うるさくないシンプルな作りで、大事な部分一点にまとめられている。日本らしいよ!(サウジアラビア)」
「日本の天皇陛下と最高のミニマリズムの形(カタール)」
「これこそが真のミニマリズムだ!(マレーシア)」
「金も装飾もなく、衝撃的な一枚だ。この謙虚さが美しいのだろう(米国)」
「写真は最低限のものしか置かれていないにもかかわらず、部屋から美しさや気品があふれている(モロッコ)」
ミニマリズムとは、華美を排したシンプルさに真の美しさを見出す装飾やデザイン、またそれに基づく考え方、生き方を指す。
両陛下の私邸である御所もそうだが、皇居・宮殿も、そこに足を踏み入れた外国の賓客の多くが、そのたたずまいに感嘆する。
装飾を排した空間に見る日本の精神性
装飾を排し、趣味のいい花瓶がただ一つ、広い空間に置かれているだけ。これでもかと装飾を重ねていく欧米のインテリアとは対極の引き算の美だ。ここに日本の精神性を見る賓客は多い。先の奥田紀宏氏は副皇太子の訪日に同行し、サウジに帰任して謁見の感想がSNSで出回っているのに気が付いた。「写真がコメントとともにSNSで次々とリツイートされ、サウジ国内で拡散していました」と語る。
同氏は同国を含めた湾岸諸国の日本や皇室への親近感の底流には、日本人はあまり気付かないことだが「自分たちも同じアジアの人間」という感情があると指摘する。
加えて、日本人が欧米のような上から目線ではなく、対等に見てくれることへの好感もある。
だれに対しても等しく平等に接遇することを旨とする皇室は、アラブの国々にとって日本そのものを象徴しているのだろう。
この書籍の執筆者:西川 恵 プロフィール
1947(昭和22)年長崎県生まれ。71年毎日新聞社入社。テヘラン、パリ、ローマの各支局、外信部長、専門編集委員を経て、2014年から客員編集委員。仏国家功労勲章シュヴァリエ受章。『エリゼ宮の食卓』(新潮社)でサントリー学芸賞。『ワインと外交』(同)、『知られざる皇室外交』(KADOKAWA)など著書多数。(文:西川 恵)

