出直し選挙でネットの影響力を見せつけた斎藤元彦兵庫県知事

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 第1回【今やカバン、看板よりも「ネット地盤」だが…SNSが選挙の主戦場になるまで「ネット選挙」が全く盛り上がらなかったのはナゼか】からの続き──。2013年4月に公職選挙法が改正され、インターネットを利用した選挙運動が可能になった。しかし、当時のネット選挙は一部の政治家や有権者が考えていたような劇的な変化とは程遠いものだった。ところが、2019年末に新型コロナウイルスが日本に襲いかかると、風向きが少しずつ変わっていく。外出、密を避けながら選挙運動を行うとなると、ネットの比重が必然的に増したのだ。【井上トシユキ/ITジャーナリスト】(全3回の第2回)

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【写真を見る】まばらだった支援者が、凄まじいまでの群衆に膨れ上がる「2024年兵庫県知事選」衝撃のビフォア・アフター。投票日の直前には斎藤氏の姿が見えないほどに

 そして2024年の東京都知事選と兵庫県知事選で状況が激変する。選挙戦でSNSを駆使した石丸伸二氏が都知事選で大健闘、同じく斎藤元彦氏は兵庫県知事の座を再び射止めたのだ。

出直し選挙でネットの影響力を見せつけた斎藤元彦兵庫県知事

 とりわけ斎藤氏については、「SNSや動画サイトの情報を参考に投票した」と答えた有権者の「70%以上は斎藤氏に投票した」(NHK)、「9割弱が斎藤氏を支持した」(読売新聞)というから凄まじい。

 この2024年を境に、ネットが選挙戦の主役となった。

 あらためてSNSが何なのか説明しておく。SNSとは、「ソーシャル・ネットワーキング・サービス」の略称で、ユーザーが作成したコンテンツ(画像、テキスト等)をメインにし、双方向性があり、ユーザー同士のネットワークを媒介して形成する仕組みを指す。

 代表的なサービスには、今も「旧ツイッター」と但し書きされるX、Instagram(インスタグラム)、Facebook(フェイスブック)がある。最近では、動画投稿サイトのYouTube、ニコニコ動画もSNSに分類されることが多い。

 Xの名前が出たついでに書いておくと、2024年11月にドナルド・トランプ氏が大統領に再選した際、Xのオーナーであるイーロン・マスク氏は、自分のXアカウントへ以下のように投稿した。

選挙=マーケティングの時代

「時代遅れの既存メディアが国民に間断なく嘘を吐く一方、Xに投稿される大統領選の実態は明白なものだった。今やあなた自身がメディアなのだ」

 アメリカでもSNSこそが「ニューメディア」そのものなのである。

 なお、「今やあなた自身がメディアなのだ(You are the media now.)」というフレーズは、アメリカの陰謀論者グループ「Qアノン」によってよく使われるものとされる。

 さて、専門家は2024年を「SNS選挙元年」と呼ぶ。テレビや新聞の出口調査で、投票の参考にしたもののトップがSNSだったからだ。そして、これ以降、選挙戦では各政党、候補者が競ってSNS戦略、戦術に力を入れるようになる。

 政治家になるということが受験や新製品のマーケティングと同列で語られているようで、どうにも小賢しい気がして感心できないが、事が勝ち負けとなると致し方ないのかもしれない。

 ただ、コロナ前からSNSが鍵となる萌芽は見て取れた。一例を挙げると、16年の参院選において10代から30代の有権者が投票の参考にしたのは、実は街宣がもっとも多く48・5%、次が繋がりのあるSNSやまとめサイトで36%、党のサイトやSNS、ネット広告は軒並み15%前後だった。この層では、テレビ、新聞はほぼ情報源となっていない。

特に若者の投票率は上昇

 ここへ有権者として、本格的にデジタルネイティブ世代が参入してくる。しかも、すでに50代、60代もネットを使いこなす層になっている。となれば、10年を待たずにSNSが主戦場となると予想するのは別に難しいことでも何でもない。誰にでも簡単にできる。

 ネットが主戦場、SNS(とSNSで積極的に拡散するユーザー)こそがメディア――この意識が全員に共有されはじめて2年、選挙戦は早くも様変わりした。25年の参院選では投票率が前回より6ポイントほど上昇したのだが、なかでも10代から30代では約10ポイントと顕著な上がり方を見せた。

 また、24年都知事選で石丸陣営がとった戦術からの学習なのか、解散が俎上に乗るや候補者や党の主要な人物の切り抜き動画が急増、公示後もその投稿は増え続けた。これを取り上げて、切り抜き動画の本数と視聴数が議席獲得数の先行指標になる、との選挙戦分析まで登場した。

 動画投稿サイトを確かめてみると、本当にたくさんの自民党の切り抜き動画が投稿されていて、コメント欄にも1000近い書き込みがあるのが当たり前。なかには2000近いコメントがあるものも複数見つけた。これで、実際に強い相関があるのではないか、との印象が深まった。

消えた「有権者による熟議」

 SNS=スマートフォンを乗っ取った者が勝つ。短く、わかりやすく訴えて、染め上げることが重要。現在のネット選挙のリアルを端的にまとめれば、そんなふうに言えるかもしれない。

 これじゃ、まるで人気投票じゃないか。今回の選挙では、最初から最後までそのような危機感を呈する識者が相当数いた。SNS戦略、切り抜き動画の拡散、敵味方に分けて相手を叩くような印象操作、たしかにモノを売る時の人気取りのマーケティングを彷彿とさせる。

 そこで、ふと13年当時の思いに立ち返る。有権者による「熟議」はどこへ行ったのか。

 なくはなかったが、ほぼなかった。送り手も受け手もタイパを前提としたSNS上での「わかりやすさとイメージの飽和攻撃」の前では、熟議の居場所は極めて限られていた。

 理由は簡単だ。情報発信の主導権を送り手である候補者側が持ち続けていたからだ。ネット=SNSの特色である双方向の対話ではなく、これでもかとスペースを埋めて染めあげるかのような一方通行の情報の奔流のなかで、敵味方に別れての叩き合いがほとんどすべての様相だったのだ。

 そもそも、SNS選挙元年とのワード自体、それほど喜ばしいことでも褒められたことでもないのではないか。そんなふうに思うのは、最近になってSNSが生存以外の本能を満たしていると気づいたからだ。

 第3回【「ネット選挙」を取材し続けるITジャーナリストが「選挙にそこまでネットが必要か?」と考えるに至った理由…「選挙公報とニュースを読めば2〜3時間で争点は分かる」】では、ネット選挙の光も闇も取材を重ねてきた井上氏の結論が何と“ネット選挙デトックス”だったという衝撃の結末について詳細に報じている──。

井上トシユキ(いのうえ・としゆき)
1964年、京都市生まれ。同志社大学文学部卒業後、会社員を経て、98年からジャーナリスト、ライター。IT、ネット、投資、科学技術、芸能など幅広い分野で各種メディアへの寄稿、出演多数。

デイリー新潮編集部