【田中 圭太郎】東北大教員が「大変なことになる」と悲鳴の告白…国立大学が飛びついた、政府の「10兆円大学ファンド」の異常性
「今止めないと大変なことになる」
「世界水準の研究の向上や博士課程学生への支援、若手研究者などの育成によって、世界に伍する研究大学を目指すことはいいと思いますよ。しかし、国も、私たちが所属する東北大も、言っていたことと実際にやっていることが違いすぎます。巨額の助成金を使って”稼げる大学”になることがトップダウンで進められ、弱い立場の学生や教員の誠実さを守ることができなくなっていくのでは。この制度は今止めないと大変なことになるのではないでしょうか」(東北大学の教員)
このように教員が懸念するのは、「国際卓越研究大学制度」のことだ。東北大は'23年9月に国内初の国際卓越研究大学の候補に選定された。翌'24年12月に正式に認定され、'25年度分として154億円、'26年度分として169億円が、政府による大学ファンドによる運用益から助成されている。
ただ、この助成金は大学が自由に使えるわけではない。論文数の増加や、質の高い論文の割合の増加など、認可された「体制強化計画」を実行するための事業にしか使えない。その結果、巨額の助成金が入ってきているにもかかわらず、既存の教育や研究に支障が出始めているのが東北大の実情だ。
筆者はこれまで、国による大学政策の問題点などを取材してきた。基本的に、大学に関する制度の変更はわかりにくい。学校教育法や国立大学法人法が改正されても、その内容はもちろん、その法律によってどんな影響が出るのか一般の人が知るのは容易ではない。国際卓越研究大学制度についても、内容を詳しく知る人は少ないだろう。
公金を高リスクの市場で運用する異常性
しかし、筆者が取材してきた中でも、国際卓越研究大学制度は特に異常な政策と言える。主導したのは内閣府総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)。総理大臣が議長を務め、14人の議員は閣僚6人と有識者7人、それに日本学術会議議長で構成される組織だ。つまり、「政治力」によって実現した政策でもある。
当初、この制度は年間3000億円を5〜7大学に分配して助成するといった触れ込みだった。しかし、現在認定されているのは東北大と東京科学大の2大学だけ。助成金も'25年と'26年度の総額で447億円にとどまっている。2年間の総額で最大6000億円を助成するはずだったとすれば、10分の1以下だ。
そして、認定から1年が経過した東北大では「さまざまな弊害が出ている」と、筆者のもとには多くの情報が寄せられている。今後、東北大をはじめ、認定または候補となった大学で起きている問題などについて触れていく。その前に、本稿ではまず国際卓越研究大学制度の異常さについて考えてみたい。
国際卓越研究大学制度をごく簡単に説明すると、「世界最高水準の研究大学を目指す大学を国が認定して、政府による10兆円ファンドの運用益から助成する制度」だ。認定された大学は、最大25年間にわたって助成を受ける。異常である理由の一つが、巨額の公金を使いながらごくわずかな大学だけを支援する点だ。
10兆円ファンドの創設は'20年12月8日に閣議決定された。政府が1.1兆円を出資し、残りの約8.9兆円は財投債と呼ばれる国債で調達した「財政融資資金」を充てている。つまり、国からの借金だ。
分科会の委員からも「痛烈な批判」
8.9兆円については40年で償還される予定で、そのうち20年は元本の償還を据え置く。運用するのは科学技術振興機構(JST)で、3%の運用益を目指すことによって、認定した大学に対して年間3000億円を上限に配分することが掲げられた。
国から大学ファンドへの貸付は、公金を原資とする巨額の資金をリスクの高い市場で運用する意味で、初めての取り組みだった。しかも、財政融資資金への利払いをしながら運用益を配分するため、確実に償還できるのかにも疑問がある。財務省の財政投融資分科会では、異質な設計と財政融資資金の目的にそぐわないと言った観点から、委員から厳しい意見が出たほどだ。
さらに、約5兆円で運用を始めた'22年4月から9月までの実績では、収益額が1881億円のマイナスとなった。同年10月の財政投融資分科会では、JSTがポートフォリオなどの開示を拒んだことから、委員から「公金に対してのガバナンス責任をぜひ果たしていただきたい」と痛烈な批判も出た。
その後、運用実績自体は持ち直している。'25年4月から9月までの運用実績速報によると収益は6941億円で、収益率は6.3%だった。ただ、運用がマイナスで始まったことが影響したからなのか、国際卓越研究大学の認定数や助成額は、当初の触れ込みを大きく下回ることになる。
公募開始から認定されたのは2大学だけ
異常である理由のもう一つは、「審査が不透明な点」だ。国際卓越研究大学は国立・私立問わず公募が行われ、CSTIの議員らによって構成される有識者会議のアドバイザリーボードが、認定する大学を選定する。しかし、議事録は公開されていない。
国際卓越研究大学の公募は、これまで第1期と第2期が実施された。第1期は'22年12月23日から'23年3月31日までの期間で行われ、認定された大学には'24年度から助成が始まることになっていた。
申請したのは、東京工業大と東京医科歯科大が統合して'24年10月に設立予定だった東京科学大と、早稲田大、東京理科大、筑波大、名古屋大、九州大、京都大、東北大、東京大、大阪大の10大学。どの大学も世界最高水準の研究大学になることを目指した計画を策定し、申請した。
アドバイザリーボードによる審査の過程で、'23年6月に東京大・京都大・東北大の3大学に絞られた。同年9月1日には東北大だけが「候補」になったと公表され、一定の条件を満たした場合に認定するという留保が付された。
留保については、「アドバイザリーボードが付す条件を踏まえ、体制強化計画の磨き上げや、合議体の設置等のガバナンス変更準備を行い、その状況についてアドバイザリーボードで継続に確認する」と説明されたものの、具体的な内容はわからない。
また、合議体とは運営方針会議のことだ。学長と学内関係者、それに学外委員で構成する最高意思決定機関として新たに立ち上げる必要があった。運営方針会議はその後、国内トップレベルの大学である東京大、京都大、大阪大、それに名古屋大と岐阜大を運営する東海国立大学機構にも設置された。委員は文部科学大臣が承認する。CSTIやアドバイザリーボードと同様に、政府の影響力が強まる仕組みだ。
【後編記事】『国立大学を「稼げる大学」にする“政府の愚策“…無理難題を押し付けられた「2つの超有名大学」で生じている「知られざる歪み」』では、さらなる実態を詳報する。
【つづきを読む】国立大学を「稼げる大学」にする”政府の愚策”…無理難題を押し付けられた「2つの超有名大学」で生じている「知られざる歪み」
