青田典子(2006年・シングル「シーザス」発表記念イベント)

写真拡大

「追いかけていた夢ってございますか?」──2006年、派手なボディコン衣装で羽根つき扇子を振る「バブル青田」の愛称で再ブレイクを果たした青田典子(58)。"賞味期限切れの女""負け犬の星"など、「結婚できない女」として自虐的なフレーズでバラエティ番組を席巻。

【写真を見る】バッサリとショートカットにした青田典子の近影、ピンクのコスチューム姿の全身

 あれから20年──。日本を代表するアーティスト・玉置浩二夫人として『玉置浩二ショー』(BS-NHK)に出演した彼女は、激的な変貌を遂げていた。

 3月21日に放送された同番組内で、玉置と俳優・佐藤浩市(65)の対談が行われ、司会進行は青田が務めた。トレードマークだったロングヘアをショートカットに神妙な表情で佐藤とその父・三國連太郎(享年90)との関係に迫った。落ち着いた司会進行には、かつてバラエティ番組で見せていた陽気さはなくなっていた。

バラエティ番組でブレイク

 青田は1990年に結成した4人組ユニット『C.C.ガールズ』のリーダーを務め、1998年に同グループを卒業。その後、青田はソロ活動に専念し、バラエティ番組で新たな才能を開花させた。テレビ局関係者が語る。

「『C.C.ガールズ』卒業後は、映画やVシネマなどに出演しましたが、伸び悩んでいる状況でした。2004年頃にテレビ朝日系の『ロンドンハーツ』でバブリーキャラが定着し、『バブル青田』と呼ばれるように。さらに同番組では2005年に、画家のクリスチャン・ラッセンにヌードの絵を描いてもらう企画で、"ジーザス"という決めゼリフがウケて、再ブレイクを果たしました。

 2006年には小室哲哉プロデュースの『ジーザス』でソロデビューし、CDのジャケットにはノーメークだった彼女の運転免許証の写真が使われました」

 38歳で再ブレイクし、スポットライトを浴びた青田だったが、2007年には明かされていなかった結婚歴が報じられる。スポーツ紙記者が語る。

「青田さんが2004年に一般男性と結婚し、翌年に離婚していたことが発覚しました。相手は都内で飲食店を営む男性で、約1年の交際を経て入籍。

 青田さんは会見で『イケメンというより、誠実なところに惹かれた』と、明かしていました。しかし、お互いに仕事が忙しくなり、すれ違いなどが原因で別れたそうです」

 その3年後の2010年5月、ワイドショーを騒がせたのが、安全地帯のボーカル・玉置浩二(67)との熱愛だった。2人の密会が週刊誌などに報じられるように。前出・スポーツ紙記者が語る。
「玉置さんは青田さんとの交際について自身のホームページで『一緒にいてとても気持ちのいい関係です』と交際宣言し、青田さんはブログで『幼き頃から安全地帯の音楽が大好きで素晴らしいミュージシャンとして尊敬の念を抱いております』と、コメント。

 安全地帯の会見に青田さんを同行させていました。じつは2人は1990年頃に一時交際していて、2009年の年末に再会して2010年の年明けから関係を深めていったようです」(同前)

 2010年7月、当時42歳の青田と51歳の玉置は婚姻届けを提出した。交際宣言から2か月のスピード結婚だった。夫婦となって15年、現在の関係を芸能プロ関係者が語る。

「青田さんは玉置さんとの結婚後、バラエティ番組とは距離を置いています。夫の玉置さんのサポートに回り、ツアーなどに同行して身の回りの世話をしています。音楽番組で玉置さんの横でテレビに映り込むことは多々ありますが、裏方に徹していて、今回のようにトークシーンに出演したのは異例でした。

 今でも夫婦で誕生日を祝い、ツーショット写真をSNSに投稿するなど夫婦関係は良好です。お互いに結婚と離婚を経験して、人生を共にするパートナーとして支え合っているようです」

 夫婦のハーモニーはこれからも続くようだ。