Netflixドラマ「地獄に堕ちるわよ」が、配信早々に話題になっている。このドラマの中心人物のモデルは、歯に衣着せぬ発言でお茶の間を沸かせた六星占術の創始者・細木数子(1938〜2021)だ。

【画像】細木数子(右)と、その娘の細木かおり氏

 豪快な話題に事欠かない女傑の姿を、養女・細木かおり氏が月刊文藝春秋の大特集「戦後80年の偉大なる変人才人」で明かしていた。その一部を紹介します。

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「母は、実に強かった」

「人間はなぜ、こんなにも人生で浮き沈みがあるんだろう?」

 母の細木数子が「六星占術」を生み出したのは、自身の生い立ちに大きく関係しています。

 1938年に生まれた母は戦争を経験し、終戦の年に父親を亡くしています。その苦労のなか「試練とは神様から与えられたものだ」と思うようになった。10代でおにぎりなどの軽食を提供する喫茶店を始めたことからも、母の逞しさが窺えます。


六星占術の創始者・細木数子 Ⓒ時事通信社

 お店が軌道に乗ったことで飲食事業を拡大。銀座にクラブをオープンさせるなど順調でしたが、常連客から詐欺に遭い、10億とも言われる負債を抱えてしまいました。

 ここからの母は、実に強かった。借金取りに対しても、臆することなく「私を殺したら、あんたたちにお金を返せないでしょう。私を生かして稼がせたほうがいいんじゃないかしら」と啖呵を切り、なんと仲良くなってしまった。集客にも協力的だった彼らのおかげもあってお店を立て直し、窮地を乗り越えたのです。

「人生には必ずサイクルがある」。自身がたどった数奇な運命から、母は中国古代の易学などの知識を深めるようになった。人が生まれ持った運命を、生年月日によって土星や金星など六つの星に分けて導く六星占術は、こうして誕生しました。

のちに反省する可愛さ

 80年代に関連書籍を出版してベストセラーとなり、「有名占い師」と呼ばれるように。しかし、母はこの呼称をとても嫌がっており、名刺には「心相学研究者」と明記していました。“占い”は万人に親しみやすい入口なだけであり、根幹にある人間学を追求していた。「当たる、当たらないより心がけが大事」と相談相手に説いていたほどです。

 実母の姉にあたり、「ばぁば」と慕っていた母の仕事を、小さい頃はわかっていませんでした。最もよくない運気の流れとされる時期に「大殺界だから気を付けなさい」と言われてもピンとこなかった私を、時に強引にいい方向へと導いてくれました。

 最も驚かされたのが結婚です。私が中学生だった頃、母の鑑定を受けていたご夫婦に大学生の息子がおり、「この人と結婚しなさい」と言う。数年後、その息子が当時の交際相手との関係で悩み、母の下へ相談に来た。すると「その女性とは別れて、かおりに電話しなさい」と、勝手に私の番号を伝えたのです。母の言う通り電話をしてきた彼に興味が湧き、交際から結婚へと至ったわけです。これが六星占術による運命なのかは聞かされませんでしたが、まともな結婚生活を送れなかった母の、「幸せな家庭を築いてほしい」という愛情の表れだと思っています。

 2000年代に入りテレビ出演が増えた母は、「占いブーム」の火付け役とも言われました。

「地獄に落ちるわよ!」

 ズバリと物申す母は人気を博しましたが、個人鑑定でも伝えるべきことははっきり伝える。これが母のスタンスでした。「占いとは簡単に人の人生を左右できるものだから、あれくらい言わなきゃ相手には伝わらないのよ」。とはいうものの、「ちょっと言い過ぎたかしら」と、のちに反省する可愛さもありました。

※この続きでは、細木数子の遺言をかおり氏が振り返っています。全文は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(細木かおり「細木数子 言い過ぎたかしら」)。

(細木 かおり/文藝春秋 2025年8月号)