“二重被災”の輪島市 傷ついたふるさとに「桜」を……70代女性2人の挑戦 「夢を見ました」未来の楽しみも『every.特集』
2024年、二度も大災害に襲われた石川・輪島市。ある地区ではまちの景色が様変わりし、転出者が相次ぎ、雑草が目立つように。そこで70代の女性2人が、桜を植えてふるさとを元気にしようと立ち上がりました。鈴江奈々アナウンサーが現地を訪ねました。
■植樹を呼びかけた70代の2人

4月4日、輪島市の町野地区に向かいました。この地区に住む、田村玲子さん(73)と高野淳子さん(72)。2人の呼びかけでこの日、桜の植樹が行われました。
鈴江アナウンサー
「いろいろな種類がありますね」
田村さん
「(今日は)36本です」
植樹は、崖崩れした現場のすぐ近くで行われました。この場所になぜ桜を植えるのでしょうか?
■「ここ全部水で埋まったんですから」

2人には、ある思いがありました。
おととしの1月と9月、能登半島は相次いで大きな災害に見舞われました。輪島市の町野地区も、地震と豪雨で大きな被害が出ました。
「すごかったです。ここ全部水で埋まったんですから」。田村さんは、建物のない場所を指差しました。
■四畳半の部屋で夫と2人暮らし

田村さんの自宅は地震で全壊。現在は、仮設住宅に住んでいます。キッチンやお風呂がついた四畳半の部屋。ここで夫と2人で暮らしています。
田村さん
「これ(テーブル)上げて、お布団を敷いて寝るって感じで」
鈴江アナウンサー
「食べるところと寝るところが同じ」
地震直後、田村さんは命からがら家から外に出たといいます。
鈴江アナウンサー
「一部屋での暮らしはだいぶ窮屈ですね」
田村さん
「最初はすごい息苦しかったですけど、今は完璧に慣れましたね。2年たって慣れました」
仮設での暮らしも2年。子供や孫と家族団らんができるスペースがほしいと思うこともあるといいます。
■建築に厳しい制限があるレッドゾーン

田村さんに、自宅があった場所を案内してもらいました。トンネルの出入り口の近くにあります。「ここ玄関で、ここが入口です。ここにポーチがあって…」と教えてくれました。
全壊した自宅は取り壊し、コンテナを置いて、建設業を営む夫の仕事場にしています。この場所での自宅の再建は諦めざるを得なかったといいます。
「こちら(崖)の方が崩れてしまって、トンネルを少しふさいで。木も倒れたままなんです」
自宅があった場所は崩れた崖に隣接しています。土砂災害の危険が高い土砂災害特別警戒区域(レッドゾーン)に指定され、建築に厳しい制限があります。
50年以上住んできた我が家。
「やっぱり何十年、子供も育ててきましたし。一番自分のすみかだと思っていました。(思い出も思い入れも)ありますね」
■新天地での自宅再建は悩みどころ

田村さんは73歳。新たな土地での自宅の再建は悩みどころです。輪島市によると、国や自治体からの支援金は全壊の場合、約900万円です。
田村さん
「もし10年若かったら(自宅を)建てていましたね」
鈴江アナウンサー
「あと何年住めるかと考えると…」
田村さん
「3000万、4000万払って15年じゃもったいない」
離れて暮らす子供たちにとって負の遺産になるかもしれない…。そんな迷いもあります。
また工事業者も足りず、自宅の再建を決めても工事は数年後です。一方で輪島市によると、災害公営住宅も入居が始まるのに2年かかるということです。
■住民票を輪島市外に移転、23%超

山や丘の多い町野地区では、田村さんの自宅があった場所のような土砂災害特別警戒区域(レッドゾーン)が各地にあります。
更地になったレッドゾーン。雑草の隙間には建物の跡が見えます。「(この辺りにも)住宅、並んでましたね」と田村さん。
町野地区の地震前の写真を見ると、住宅などの建物がたくさん並んでいました。しかし地震後、少なくとも人口の約23%が住民票を輪島市外に移しています。
変わり果てたふるさと。田村さんは、更地を覆う雑草を見るのがつらいといいます。「『町野は汚い草だらけや』と言われるのが嫌なので」
■イベントで出会った1冊の絵本

去年6月。仮設住宅の集会所で、アナウンサーによる絵本の朗読などのイベント「よみひと知らず」が行われました。そこで田村さんが出会った1冊の絵本があります。
『はるさんと1000本のさくら』(ただのぶこ作/中央公論新社)。主人公は86歳のはるさん。過疎が進み、若者がいなくなった町に仲間のおばあさんたちと桜の苗木を1000本植えます。100年後、桜でいっぱいになった町に大勢の人が訪れるようになったというお話です。
当時、田村さんが鈴江アナウンサーを前に「自分たちのことを言っている感じがして、桜の木を2人で植えてね」と言うと、高野さんは「『植えようかね』って今言っていた」と応じました。
田村さんと同じ仮設住宅に住む高野さん。思いは、田村さんと同じでした。「皆やっぱり沈んでいたんです、気持ちが。ちょっとでも和むように『何か植えればいいね』って。『やっぱり桜やね』っていう話になった」
■絵本のように「桜」でいっぱいに

2人が見つけた新しい夢。それは、傷ついたふるさとを絵本のように桜でいっぱいにすることです。
雑草で覆われた更地を、八重桜の並木道に生まれ変わらせるというもの。田村さんは更地のそばを歩き、「ここずっと桜が咲くつもりなんですけど、八重桜を植えたい」と語ります。
八重桜はすでに町野にあるソメイヨシノの後に咲くので、花見の時期が長くなると考えたのです。
鈴江アナウンサー
「この辺がずっと桜の道で、あっちまでつながって、川沿いもつながって…」
高野さん「何年越し…」と笑います。横に立つ田村さんは「(絵本の)86歳までだいぶあるから頑張りたい」と言います。
■崖のそばのレッドゾーンで植樹

絵本と出会って5か月後。去年11月、2人が発起人となり、桜の苗木の植樹が行われました。もともとは建物があった場所。桜を植えたのは、崖のすぐそばのレッドゾーンの更地です。この場所の地権者も2人の思いに賛同し、地元の人々も協力してくれました。
2人の呼びかけで始まった、桜を植える“まちの八重桜プロジェクト”。地元の人々にとっても、未来の楽しみになっています。
町野地区の住民
「花見して、お弁当を食べて。それが楽しみで」
別の住民
「(ここが桜になるのは)うれしいですね。みなさんが楽しんでいただけたらいいですね」
■絵本のように「桜」でいっぱいに

そして今年4月。町野に桜の季節が到来しました。地震の前に植えられたソメイヨシノが見頃を迎えました。地震と豪雨を乗り越えた、満開の桜。その傍らを歩く田村さんと高野さんからは「きれいやね」と、思わず声が上がります。
田村さん
「桜って、見ると心が和む。咲くとウキウキして」
高野さん
「春やねって感じ」
そして、2人は去年11月に植樹した桜の苗木を見に行きました。「咲いた咲いた。かわいいかわいい。あー、さいてる〜」
5か月前に植えた苗木は、ピンク色の花をつけていました。「一花二花咲くかなって(思っていた)」「こんなにいっぱい」「うれしかったね。感無量」と声が上がりました。
■「もっともっと植えていきたい」

傷ついたふるさとを、桜でいっぱいに。そして、桜を見に多くの人たちが町野を訪れる日が来ますように。2人の夢は続きます。
高野さん
「夢に見ました。満開の桜があって、その下にみんな集まって、おしゃべりしている。それが一番」
田村さん
「皆さん協力していただいてこれだけのものができて、これからももっともっと植えていきたいと思います」
