「どうやって生きていけばいいか…」 国内初の公害病・水俣病の公式確認から70年 環境大臣が水俣市で患者と懇談
国内初の公害病である水俣病の公式確認から、5月1日で70年です。
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環境省の石原宏高大臣が、4月30日、水俣市を訪れ、水俣病の患者達と懇談しました。
4月30日午後、水俣市にある水俣病患者を支援する施設を訪れた石原環境大臣は、胎児性患者の坂本しのぶさん(69)や小児性患者の岩本昭則さん(75)たちと懇談しました。
患者に「知能指数が低い」
坂本さんは、石原大臣に「70年経っても何も終わっていない。これから先どうやって生きていけばいいかと悩んで不安に思っている」と伝えました。
その上で、1977年に石原大臣の父、当時の石原慎太郎環境庁長官が患者について「知能指数が低い」と言ったことを知っているかを尋ねました。
石原大臣は「父に話を聞いたことがあり、著書にも書かれている」とし、「父は『大変申し訳ないことをした』と話していた」と答えました。
胎児性患者の坂本しのぶさん「ちょっとでもいいから私たちの痛みとかをわかってほしいと思った。私たちは水俣病になって変われないでしょ。大臣は変わるけど」
一方、岩本さんは、去年と同じ様に、車いすや寝たきりの患者が多いという現状を伝え、もっとヘルパーを利用できるようにしてほしいと訴えました。
胎児性患者「なぜ母親は認定されなかったのか」
その後の懇談で、訴えが多かったのが「患者の認定制度」についてでした。
胎児性患者の長井勇さん「僕を産んだお母さんは水俣病(認定患者)ではありません」
胎児性患者の長井勇さんは「母親が魚を食べたから、自分が水俣病になった。なぜ母親は、認定されなかったのか」と制度の矛盾を訴えました。
認定患者は症状に応じて3段階にランク分けされ、支給される医療費などに違いがあります。
胎児性患者の松永幸一郎さんは「16年前から歩けないにも関わらず、ランク変更が却下された」と現状を訴え「悪化する症状への対応」を求めました。
胎児性患者の松永幸一郎さん「年々患者も亡くなっていく。そういう中で早く水俣病問題の解決をこの国はちゃんとしてほしい」
