駅や商業施設などで、冷や汗をかきながらトイレの行列に並んだ経験はありませんか?「あと数分早ければ」「誰かすぐに出てきてくれれば」。そんな切実な願いを、IoTの力で解決する取り組みが始まっています。個室内に表示される「あるメッセージ」が利用者の行動を変えているのです。

【写真】トイレの滞在が激減!思わず「そろそろ出るか」と思わせる斬新なディスプレイ(4枚目/全6枚)

トイレの行列にうんざり、が開発のきっかけ

駅で、商業施設で、イベント会場で、オフィスで…。トイレの行列にうんざりしたことは誰にでもあるはずです。

「私自身、オフィスで仕事をしているときに、トイレの空きを探すのに苦労した経験があります。トイレへ行ったら満室で、仕方なく別のフロアまで移動してみる。ところが、そちらもまた満室で、結局、さらに別の場所を探すことになる。そんなことが何度もありました。気づけば数分、場合によっては10分以上が過ぎている。本来なら仕事を少しでも進められたはずの時間です。忙しいときほどイライラしてしまいます」

社員のなかには、子連れで外出したときに、「漏れちゃう」とグズる子どもをなだめながら、トイレが並んでいてどうしようと困ったという声もありました。そんなとき、「だからさっきトイレに行きなさいって言ったのに」と子どもにあたりたくなってしまったりして、心の余裕までなくなってしまいます。

「たとえば、食事をとるラーメン屋さんの行列は楽しみな時間かもしれません。でも、トイレの行列は家族との楽しい時間を損ない、仕事中なら本来業務にあてられたはずの時間を奪われるムダな時間でしかなく、社会的なロスなんです」

AirKnockを展開する株式会社バカンの代表取締役社長、河野剛進さん

トイレの待ち時間というロスを減らせないか──。株式会社バカンの河野剛進さんが、そんな課題意識をもとに開発したサービスが「AirKnock」です。

「トイレの行列を解消するには、一般的には個室の数を増やす方法があります。ただし、既存の施設やビルでは改修に時間もお金もかかり困難です。そこで私たちがとったアプローチは、『トイレの長居』を防ぐことでした。一人ひとりの滞在時間を減らせば、利用者の回転率があがり、先に挙げた『漏れちゃう』みたいな待ち時間も減らせるはずだからです」

長居を防ぐAirKnockの仕組みはいたってシンプルです。個室のドアに設置したセンサーを使ってドアの開閉を検知し、個室一つひとつの利用状況を把握。個室の大部分が埋まったらディスプレイに「混雑してきました」、個室が全部埋まったら「満室になりました」と表示。長時間利用者には、個室内での経過時間も表示します。

用を足しながらスマホに気を取られるなど、トイレに長居する人がディスプレイを見て「いけない、出なきゃ」と、自然に思せる仕組みです。AirKnockは2019年のサービススタート以来すぐに評判になり、現在は約1万3600個室で稼働中。導入先はオフィスが多く、商業施設、駅、スタジアムなどにも広がっています。

警告よりも「おもいやり」表示で長居を抑制

トイレ個室が混雑しがちなのは、用をたす時間もありますが、人の心理も影響します。いったん個室に入ってしまえば、外の様子はわかりません。「個室=自分の場所」と錯覚し、どれほど外で待っている人がいるか、気にすることがなくなるからです。

「ドアがノックされれば、個室にいたとしたら、『出ないと』と思ういっぽう、『せかされているようでイヤ』という気持ちになることも。そこで、デジタル技術の力でノックしなくても、トイレの混雑状況が個室内でわかるようにしたわけです」

長時間利用の原因がスマホを見ているケースが多いため、施設管理者から「スマホの電波を妨害すればいいのでは?」という提案もあったそう。しかし、理由は施設管理者が苦慮する「スマホでゲームやSNS」といった目的外利用だけではありません。体調不良などのケースもあり、もし電波妨害をしたら、緊急時にスマホで人に連絡できなくなるリスクを考え、採用を見送りました。

「何よりもトイレに入っただけで、スマホ利用を妨害されたらそれ自体でイヤな気分になってしまう人もいますよね。人の気持ちにもっと寄り添う方法で混雑状況に気づいてもらい、そのうえでどう行動するか自分で選んでほしい。トイレ内にいる人にやさしさを持ったノックを目指して、AirKnockは開発されたのです」

そのため、文章やデザインも警告調にせず、シンプルな混雑状況や滞在時間の表示にとどめました。滞在時間の表示の横には「体調がすぐれないときはゆっくりお過ごしください」という言葉を添えるなど、長居を直接的に責めない表現に工夫しています。

しかし、混雑状況と滞在時間を表示し、あとは利用者の思いやりにゆだねる…そんな仕組みで本当に行列が解消するのでしょうか。

「導入効果は出ています。たとえば、阪急阪神不動産によると、自社が管理するビルに試験的に導入したところ、30分以上の個室利用が47%も減少するなど、長時間利用の抑止効果が確認されました。この結果をもとに、2026年3月より同社が管理する駅や商業施設、オフィスのトイレの個室1857ブースで本格導入されました」

その他の導入現場でも、トイレの平均滞在時間が個室あたり1日45分減少するなどの効果が確認されています。

「AirKnockを導入していただいたある施設では、思わぬ副次的な効果もあったようです。なんと、トイレの詰まりやゴミの放置が減った、という声をいただきました。このシステムによって、利用者に“きちんと管理されているトイレ”という印象が生まれたのではないか、そうした意識が働くことで、トイレを本来の目的に沿って適切に利用しようという行動につながったのではないか、とおっしゃって、私も驚いたことを覚えています。行列解消で利用者にメリットがあるだけでなく、施設管理者や清掃スタッフの負担も軽減されたことはとても嬉しく思います」

イベントや避難所などの「混雑情報」にも応用

同社が取り組む行列対策は、「トイレ個室の中」だけにとどまりません。ビル内全体のトイレの混雑情報を各階トイレの入口にデジタルサイネージでリアルタイム情報を表示。利用者はそれを見て、空いている別フロアのトイレに向かえます。混雑が分散されるため、ビル全体のトイレが有効に利用され、さらに行列が減るというわけです。

バカン社はこの技術を応用して、トイレという枠を超え、イベントの混雑や人気店舗の行列解消などにも取り組んでいます。とくに力を入れているのが、災害時の避難所の混雑情報をリアルタイムで地図上に表示するといった、防災情報インフラ作りです。

AirKnockの関連情技術を応用して作られた避難所マップ。混んでいる避難所、空いている避難所が地図上で把握でき、どこへ向かうか選択する参考に

「災害が起こって避難所に向かったら被災者が集中して満員で、受け入れてもらえない──。緊急事態だからこそ焦り、困ってしまいますよね。そんなとき、近くに空いている避難所がわかれば、そちらに向かうこともできます」

すでに全国200以上の自治体と連携し、1万か所以上の避難所の混雑状況を把握できるようになっています。

同社がもくろむのは「あらゆる空間の状態を見える化すること」。さまざまな場面で空間が可視化できれば、混雑を先回りして人の動きも変わり、空間の利用もより効率的になり、ひいては利用者全体が快適に過ごせるようになっていく。トイレの個室で光るディスプレイとそれを支える技術は、空間利用のさまざまな可能性を見せてくれているのです。

取材・文:鷺島鈴香 写真:株式会社バカン