「Claude Mythos」の登場で、AI利用の「平和委員会」が誕生するかもしれない

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アンソロピックが2026年4月に発表した新AI「Claude Mythos」が世界に衝撃を与えている。その性能の高さから、セキュリティの脆弱性を見つけ、言ってしまえば誰でもサイバー攻撃を行えるようになるおそれがある。

【前編を読む】誰でもハッキングができるように…?新AI「Claude Mythos」の脅威とアンソロピックによる「善意の警告」

ペンタゴンは争うのか?

実のところ、Mythosに相当するAIの開発は、アンソロピック以外のAI企業もほどなく追随すると目される。アンソロピックの見立てでは6ヵ月から18ヵ月くらいで追いつかれるという。その競合は、OpenAIやGemini(Google)などのアメリカ企業に限らない。サイバーアタックで実績のある(悪名高い?)中国やロシア、イラン、北朝鮮が独力で追いついてくる可能性も排除できない。実際、2月28日にアメリカが開戦した相手であるイランは、すでに一度、GoogleやAmazon、NVIDIAなどアメリカの経済活動に不可欠なテック企業に向けて、米軍が攻撃をやめなければサイバーアタックをかけると警告=脅迫していた。

AIによるサイバーアタックから防衛するには、米軍は、好むと好まざるとにかかわらず、アメリカ国内のフロンティアAI企業と良好な協力関係を築くほかないはずだ。冷静に考えれば、ペンタゴンはアンソロピックと争っている場合ではないはずだ。

アンソロピックは、例の「サプライチェーンリスク」について起こした2つの訴訟において、サンフランシスコの裁判では勝利したものの、ワシントンDCの裁判では敗北し、引き続き法的には不安定な状況に置かれている。

アンソロピックは、今年IPOをする予定であり、同じタイミングで、OpenAIとSpaceXもIPOを計画している。つまり、これまでプライベートキャピタルで開発を進めてきたアメリカのAIスタートアップがいっせいに上場し、世界中から資金を集めて大々的にAI開発に取り組もうとしている。

AI開発にカネがかかることは、すでに周知のとおりだ。巨大なデータセンターが必要で、そのためには膨大な電力が必要になる。その電力の調達のために新たな発電施設――その中には原子力発電所も含む――を建設する計画もある。あるいは、データセンターの冷却のために、データセンターそのものを地上ではなく地球周回軌道上に衛星として配備しようというアイデアもある。

AI企業の多くは、上場を機にただのソフトウェア企業ではなく、AI開発に不可欠なハードウェア、とりわけGPUの開発にも直接乗り出そうと計画している。つまり、AI開発は、この先、現存するハイテクの粋を総動員した総力戦のような形になる。綜合芸術ならぬ綜合芸術としてのAIである。そのため、「経済のグローバル化」にもはや信頼を置くことのできない2020年代においては、必要なパーツは可能限り国内で生産することを目指す。企業形態もサプライチェーンを全て内包する垂直統合型が望まれる。そうすることで特定のハードウェアの調達が、国家安全保障上の「チョークポイント」になる危険性を避ける。そのような綜合AI企業へとアンソロピックも変容しようとしている。それらにペンタゴンがブレーキを踏ませるのはどうなのか?

AIの「平和委員会」が誕生する?

そのように考えていたら、財務省をはじめとした政府機関へのMythosの広範な利用を望むため、(ペンタゴンではなく)ホワイトハウスがアンソロピックに接触を図り始めた。4月17日、スージー・ワイルズ大統領首席補佐官とアンソロピックCEOのダリオ・アモデイが会合をもったという。

現代がすでにネットワーク社会である特性上、AIの拡散防止が困難だとすれば、防衛のためにこそ、誰よりも早く開発を進めていくほかない。なかでもアンソロピックは、倫理的AIの限界を定めるという意図から、常に競合他社よりも先んじようとする強い意志がある。となると、Project Glasswingのコンソシアムが母体となって、AIに関する「平和委員会」のような組織の基礎を築く未来もあるのかもしれない。政府の外部に統治機能が自発的に誕生する。ホワイトハウスは蚊帳の外になることを危惧しているのかもしれない。

昨年あたりからAIバブルが叫ばれているものの、むしろそれが呼び水になって、いまや猫も杓子もAIシフトな状況だ。すでに経済活動の多くがAIの軌道に取り込まれている。投資を考えるうえでは抗いがたい魅力であり、不条理な魅力といってもよい。

かつてのITブームの再来としてのAIブームであり、IT産業の再来としてのAI産業の台頭。それは同時に「経済のIT化」同様「経済のAI化」を引き起こす。ポイント・オブ・ノーリターンを越えてしまった感は拭いがたい。何らかのかたちで社会の随所に不可逆な変化、引き戻せない変化をもたらしている。

遠くない将来、ちょうど「携帯電話のない80年代を舞台にしたドラマ」がノスタルジー満載で創作されているように、「AIエージェントが跋扈する以前の2010年代を懐かしく描くドラマ」が現れるのかもしれない。そんな不可逆の変化をもたらす震源としてアンソロピックは、OpenAIとともに双璧をなす。

オッペンハイマーよりアインシュタイン

人間原理でも使われる「アンソロピック=人間的」を社名にしたこの会社が、近代の歴史をくぐり抜けてきた人間らしい「倫理的価値観に育まれた」AIの開発に挑戦している。このアンソロピックとの対比でいえば、「オープン」を冠したOpenAIは、制約のない開けっぴろげな無頓着さを表しているといったところか。言い換えれば、アンソロピックはヨーロッパ的、OpenAIはアメリカ的。欧と米の社会的価値観の代理戦争がこの2社の間で展開されていると考えると興味深い。

実際、アンソロピックの新しいAI「憲法」にはEUの定めたAIルールも組み込まれている(むしろ中心といってもよい)。ヨーロッパが抱えた戦禍の記憶を持つ、憂鬱を抱えた「近代人」らしい倫理観を備えたAI。もっともEUをはじめヨーロッパの政府や金融機関はMythosのシステム脆弱性の発見能力の高さにこそ恐れ慄いているのだが。

軍拡競争の再来という見立てから、もっぱら原爆を開発・製造したマンハッタン計画との対比でAI開発が語られることが多いけれど、科学技術を戦争に利用しようとする動きに近代的な科学者自身が抵抗した逸話というのであれば、原爆開発を導いた(そして戦後、核抑止に動いた)オッペンハイマーよりも、第1次世界大戦下の量子論や相対論による物理学の革命的変化のただ中にいたアインシュタインらの動きを参照したほうがいいのかもしれない(マシュー・スタンレー『アインシュタインの戦争』)。ヨーロッパに残るそうした「科学技術と近代社会との相互干渉」という重層的な経験の記憶を、アンソロピックは現代において引き継ごうとしている。その意味での「アンソロピック=人間的」AIへの挑戦である。

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