【伊藤 達也】「のりピーが出てるよ」フジテレビの伝説ドラマ『ひとつ屋根の下』、撮影時に酒井法子が演出家から受けた「注意」
最高視聴率37・8%―。「月9」の歴史上もっとも高い視聴率を獲得したドラマが、『ひとつ屋根の下』('93年)だ。
江口洋介演じる熱血漢の長男を中心に、両親の事故死でバラバラになったきょうだい6人が7年ぶりに集まり、「ひとつ屋根の下」で慎ましく暮らしながらいくつもの困難を乗り越えていく。そんな人情ドラマが、バブル崩壊後の日本人の心を動かした。
当時フジテレビ所属で、『愛という名のもとに』(同32・6%)に続き野島とタッグを組んだ演出家が永山耕三氏だ。
物語の核となる柏木家6人きょうだいのキャストは、長男・達也が江口洋介、次男・雅也が福山雅治、長女の小雪が酒井法子、三男の和也がいしだ壱成、次女の小梅が大路恵美、四男の文也は山本耕史。―いま振り返ると豪華に映るが、当時はまだスターというわけではなかった。奇跡のように集まったスターの卵が、「柏木一家」をきっかけに、人気俳優となっていったのだ。
【前編を読む】月9史上最高視聴率の伝説ドラマ『ひとつ屋根の下』、次男役・福山雅治がカッコよすぎて生じた「まさかの誤算」
「フェミ男」が荒くれ者を演じた
小雪役を演じた酒井法子(当時22歳)はすでに人気アイドルだった。おっとりしていながらしっかりものの長女役をなぜ射止めたのか。
「これまで月9や金ドラ(TBSの金曜22時のドラマ)に出たことがない女優にお願いしたかったんです。人気者ののりピーが月9に初めて出る、というのは話題性もありましたしね。
「マンモスうれピー」ではない売り出し方を事務所のサンミュージックが考えていて、推しがあったのは確かです。ただし、実際に決め手になったのは、お会いした酒井さんがいかにもアイドルらしいキャピキャピした性格ではなく、実は姉御肌でサバサバした人だったから」(永山氏)
あの「のりピー」が開幕早々、会社の上司(辰巳琢郎)と不倫しているというストーリーも話題を呼ぶ。実はきょうだいのうち一人だけ血が繋がっていないため、あんちゃんへのほのかな恋慕とチィ兄ちゃんからの想いに挟まれる―そんな小雪は、酒井の当たり役となった。
「カメラが回るとどうしても、条件反射でアイドルキャラを出してしまうことがあって、『のりピーが出ているよ』と注意することはたまにありました」(永山氏)
3人のメインキャストの前に、出演が決まっていた俳優がいる。それが、車椅子の末っ子・文也を演じた山本耕史(当時16歳)だ。
永山氏は『東京ラブストーリー』('91年)を脚本家の坂元裕二と組んで大ヒットさせた直後、その夏に同じコンビで舞台『スタンド・バイ・ミー』(日生劇場)を手がけた。同作のオーディションで、主人公の少年たちの一人、クリス役を勝ち取ったのが14歳の山本耕史だった。
「『愛という名のもとに』でも、鈴木保奈美演じる貴子に執心するエリート高校生を演じてもらいました。屈折を抱えた15歳の男の子を演じるなら、彼しか考えられなかった。ただ困ったのは、いまの山本さんを見て頂けるとわかる通り、彼は体の成長が早く、しかも筋肉質だった。車椅子の少年のはずなのに、最後のほうは腹筋が割れていました(笑)」
達也が家族と喧嘩して、狭い部屋で車椅子の文也が巻き込まれて倒され、妹たちがたしなめる―王道の家族ドラマを目指した『ひとつ屋根の下』を象徴するシーンだ。
「長男の達也と口論をして、とっくみあいをする相手として、暴れん坊の弟は重要な役どころでした」(永山氏)
そんな三男・和也を演じたのは、いしだ壱成(当時18歳)。'90年代に流行した中性的な「フェミ男」の代表として、優男のイメージを背負っていた彼が、鑑別所上がりの問題児、だけど本当は素直で家族思いの好漢という役どころを演じることになった。いしだは言うまでもなく、俳優・石田純一の息子である。
「純一さんはトレンディドラマを代表する役者でしたから、フジテレビでも付き合いが深かった。壱成くんに頼むことになった時に、やはり最初に純一さんに挨拶にいきましたよ。『よろしくお願いします』と頭をさげられました」
ほぼ演技経験がないまま飛び込んだ月9の現場で憎めない荒くれ者を好演。共演者たちと「本物の家族のように仲が良かった」(永山氏)という。
「撮影現場で役者同士が仲良しだった、なんて話は噓ばっかりだけど(笑)、柏木一家は本当に仲が良かった。江口っちゃんも男らしい人だし、福山だって性格はべらんめえの兄ちゃんだし、のりピーも気さくなお姉ちゃんですから。
彼らはミュージシャンでもあり、壱成くんと山本さんも音楽が好きなので、休憩中には音楽話で盛り上がっていました。最終回の後の打ち上げパーティでは「柏木ブラザーズバンド」を組んで、生演奏で歌ったんですよ。主題歌の『サボテンの花』や洋楽を生歌で披露して、スタッフ全員大盛りあがりでしたね」
お茶の間を凍りつかせたあのシーン
その場を、自らは楽器を弾かないものの笑顔で盛り上げたのが、次女・小梅を演じた大路恵美。成績優秀ながら居候先と馬があわず、柏木一家に戻って笑顔を取り戻す女子高生を演じた大路は、当時実際に17歳の高校生だった。
14歳で芸能界入り、'91年にビクターの甲子園ポスターキャンペーンのモデルをつとめ、注目の存在だった大路。
「甲子園のポスターを見て、『小梅はこの子でいいじゃん!』と即決しました。役者さんを決める際、僕たちはオーディションをしないことが多かったんです。
若き日の中谷美紀さんに出てもらったのもそうですね。彼女は内田有紀演じる舞台女優のライバル役だったのですが、印象的な演技をしてくれました。彼女を選んだのは、『週刊プレイボーイ』のグラビアを見て、イメージにあっていると思ったからです」
と、永山氏は笑う。
大路との出演交渉では、当初から物語の山場について話し合われていた。
野島伸司という脚本家は、ドラマの初回から最終回まで、プロットをあらかじめ完全に決めるタイプだった。たとえば『愛という名のもとに』では、チョロが最後に自殺することは、出演依頼の段階からチョロ役の中野英雄に知らされていた。
『ひとつ屋根の下』第10話。暗い夜道、家路を急ぐ小梅に忍び寄る怪しい影……。涙と笑いの人情ドラマを楽しんでいたはずのお茶の間を凍りつかせるあのシーンも、最初から予定されていた。
「小梅が「事件」に遭うことは、はじめから大路さんには伝えていました」
(以下次号)
「週刊現代」2026年4月27日号より
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