「ぜひうちの店でライブを」二つ返事で向かった先に待っていた衝撃の光景…兵庫県三田市で目撃した愛すべきカオス
読者からのおたよりにコントを添えて答える「読むラジオ」(https://x.com/kugatsu_readio)でもお馴染みのピン芸人・九月さんによる群像Webオリジナル連載「旅する芸人」。第6回の舞台は「虹色アフロ」の男に出会った(連載第3回参照)兵庫県三田市です。
連載第1回はこちらからお読みいただけます。
→「「東京に住んでいても◯◯に行ったことがないなんて!」地方出身の僕が上京して衝撃を受けた「東京あるある」のギャップ」
前回の連載はこちら。
→「「名古屋に負けた」ウケなくても客が3人でも「夢が叶わない人代表」になりかけても、名古屋でのライブを諦めなかった執念の結果」
兵庫県三田市
兵庫県三田市をご存知だろうか。
2022年から2025年にかけて、僕は兵庫県三田市で12回もライブをした。関西の土地勘を持たない方向けに説明すると、三田市は京都からも、大阪からも、神戸からもあまり近くない。郊外型の大学キャンパスがあって、宅地があって、奥まったエリアに開発された街である。
ポジション的には、東京から見たつくば市とか日野市、名古屋から見た長久手市、八戸から見た階上町などが近いだろうか。僕にとって出身地でもなければ、ゆかりの地でもない。普通に考えたら、お笑いライブ向きの街ではない。そんな三田市でライブをするようになったのは、ほんの偶然からだった。
あるとき、関西のどこか、たぶん大阪か京都でライブしたときのことだ。お客さんの一人、穏やかな青年が話しかけてくれた。「自分、兵庫県でボードゲームカフェをやってるんです。是非うちでライブしてくださいよ」、詳しく聞けば条件は破格、何時間でもライブしていいし、会場で寝ていいし、必要とあらばご飯もドリンクも出すというものだった。
そりゃ当然OKだ。僕のような事務所無所属の野良芸人にとっちゃ天国みたいな条件。えー、めっちゃいいですね、俺、オールナイトのライブできる場所探してたんですよ。わ、それ是非うちでやってくださいよ。いいんですか、やったー。トントン拍子で三田遠征が決まった。彼は言っていた。「三田って奥まったところにあるけれど、大阪駅からは1時間かからないので!」
当日、三田への道中で僕は焦っていた。想像以上に遠い。彼は「大阪駅からは1時間かからない」と言ったけれど、考えてみれば、大阪駅に住んでる奴なんかいない。人間はベッドタウンに住んでいる。そして各々のベッドタウンは大阪駅としか繫がっていない。すると、三田ってお客さんは来づらいのでは? 普段ライブに来てくれる京阪神のファン、誰からも近くないのでは?
電車は暗く深い森をくぐっていく。山間は天気が変わりやすくて、暗雲が垂れ込めるとはまさにこのこと。不安が冷や汗に変わる。怖い。辛い。震える。この森はどこまで続くのだろう。
しかし! 森を抜けた電車が僕に見せてくれた三田市の風景は、光明そのものだった! 予想に反して、街が開けている。森の奥には高台があって、一通りのものが揃いそうな市街地が形成されていた。僕の経験上、これくらいの規模の街なら、お客さんが来ないことはないはず。空気が澄んで美味しくて、ここでライブをするのはなかなか洒落ているかも、と思った。三田駅をスキップ気味に散歩した。
感情がジェットコースター
少しして、ボードゲームカフェの店主と落ち合った。暗いライブ会場で見たときには気付かなかったけれど、彼は昼に見るとなかなかいかつい。いかついと言っても反社・半グレ的なベクトルではなくて、マイペースに生きていたらこういう格好になりました、という古着屋ないし楽器屋店員の感じ。
くすんだ虹色のアフロヘアーで、ダル着をまとい、眠そうな目をこすりながら「九月さんだ」ってさ。え、あなた、そういう感じだったっけ? ライブ会場で見たときは、穏やかな青年としか思わなかったぞ? なんだかちょっと不安になってきた。やや暗雲。彼は僕を店まで案内してくれるという。彼の案内に従って駅前の小道を行く。
辿り着いた場所には、お洒落なログハウス風の店舗があった。とっても素敵! ここでライブをやれるなら最高だ! 森を抜けた先にあるログハウス、お洒落〜! こんな素敵な場所を好きに使っていいなんて。何度だってライブをしよう。コントだってパーティーだってしちゃおう。目をきらきらさせる僕。すると店主が言った。
「あの、そっちはハンバーグ屋さんで、僕の店はあっちです」
彼が指さしたのは、ログハウスの横にある納屋だった。どこからどう見ても納屋だった。
ボケであってくれよ、との思いで「納屋やん」と言ったら、「失礼な! ボードゲームカフェですよ! まあ、法的には納屋なんですよね〜」と脳天気な返事が聞こえた。じゃあ納屋だ。それを納屋という。俺はお前より法律を信じる。こいつ、納屋をボードゲームカフェって言い張ってるんだ。それ大丈夫なのか。なんでも言えばいいってもんじゃない。心配になって法的な位置付けについて問い質すと、一応、営業にかかわる許可はあるらしい。だからって。だからって納屋は納屋だろ。
とりあえず案内されるがまま、呆れ半分に納屋もといボードゲームカフェに入る。簡素な扉を開ける。そのとき、僕は目を丸くした。外観は納屋だったが、内装は立派なバーやカフェの雰囲気だったのだ! これは、お洒落〜! 外見が納屋だけども中身はお店って、最先端のコンセプトカフェみたいでめっちゃいい。室内を見渡すと、お酒とボードゲームが所狭しと並んでいて、少しだけタバコの匂いがする。あり、あり、これは大あり。浮かれていると、店主が言った。
「ライブは、二階でやってもらおうと思うんです!」
ひっ、嫌な予感がする。納屋の一階はカフェだったが、二階もカフェとは限らない。彼に続いて階段を登っていく。おばあちゃんちじみた引き戸がある。まさか。そこを開くと、広がっていたのは、埃っぽく、くすんでいて、荷物の多い和室だった。
納屋だ。
「九月さんのライブまでに、この辺の木箱とかは片付けておきますね〜!」
店主の明るい声がする。納屋だ。
「ちなみに、電気は一階をつけると二階もつく、一階を消すと二階も消えるって感じです!」
納屋だ。
「本当、好きに使っちゃってください。どう使っても大丈夫なので!」
ああ、それはそうだ。納屋なればこそ。望むところだ、好き勝手使ってしまおう、僕はそのように覚悟を決めた。
予算千円
そんな三田での最初のライブは、とっても楽しかった。いったん出入り自由の8時間公演として始めたが、テンションが上がったので結局7時間も延長し15時間もコントした。驚いたことに、集客もかなりよかった。三田周辺の人達が来てくれたわけではなく、お客さんから「1時間半かかりました」「自分は2時間」というような話をたくさん聞いた。彼らはみな「こういう機会がないと行かないから」で話を締めくくる。ともすると、旅芸人とはお客さんを旅させる仕事なのかも、と思った。
そんなこんなで終始声を張り続け、ふらふらになった僕はそのまま納屋で寝た。納屋にはふとんなんかないので、座布団を並べて横になるだけである。疲れていたのでそれでも安眠できた。夢も見ないで長く寝て、意外と疲労も取れた、帰ろうと立ち上がったところ、店主が木箱にもたれて寝ているのを見つけた。お前は一体何に疲れたんだよ、と思いつつ声を掛ける。
「お世話になりました、僕はそろそろ帰ります」
すると店主の目や口が緩慢に開き、人間がまだ起ききってないとき特有のでたらめなテンポで、ぼそぼそと喋りはじめた。
「近くの…食べ…いきま…?」
どうやら何かに誘われたとわかり、僕は彼がちゃんと目覚めるのを待つことにした。程なくして彼はむくりと立ち上がり、「喫…茶…店…」と言いながら上着を着て、「定…食…屋…匹…敵…」と言いながら靴を履いて、「予…算…千…円…」と言いながら財布をポッケに入れた。このとき気付いたが、彼は眠いときに文字数が極端に減るタイプである。口数ではなくて文字数なのがポイント。口数は多いくらいかも。「予算千円」は別に言わなくてもいいしな。メシってそんなもんだから。
そうして、僕は店主と共に市内の喫茶店に赴き、定食屋匹敵定食を食べた。だんだん彼は元気を取り戻してきて、いくつか身の上話をしてくれた。出身は三田ではないこと。大学院で建築について学んでいたこと。ボードゲームの制作を本業としていること。僕のやるネタについて、ボードゲームとの共通点を感じて好きになったこと。変な店の変な店主は、変だけど優しい奴だった。ちなみに会計は1300円で、事前に言われた予算をオーバーしていてちょっと嫌だった。
コントライブwith七輪
その日から、僕と三田の長い付き合いが始まった。何度も三田に行った。必ずしも便利な立地じゃないけれど、完璧な劇場でもないけれど、そもそも劇場でもないけれど、僕はそこが気に入った。こんなでたらめな場所でライブをできること、それ自体がなんだかいいなと思った。
たぶん僕は、でたらめな場所が好きなのだ。形式だけなぞったような、おいしくない家系ラーメンの店が好きだ。お冷がろくに出てこない定食屋が好きだ。新品の小説が日焼けしきっている本屋が好きだ。それらは本来の目的を果たせてはいないけれど、それらがそこにあることで、ちょっとだけ人生の余白が広がっている気がする。
おいしいラーメン屋、サービスのよい定食屋、ピカピカの本屋、そういうのばっかりだと、息が詰まる気がする。だって、僕自身が多少でたらめな人間なんだ。なんでもかんでもきちきち出来るわけじゃない。そんな自分を許すためにも、でたらめなものがもっと世界に増えてほしい。いつもそんなふうに思っている。
そういう意味で、でたらめな場所でライブをすることが、自分にとって有意義だったのだ。そこには何らかの整合性がある気がした。
三田でライブをするときは、短くて8時間、長いと2日間、コントをやり続けることにした。「19時開演・20時半終演」のようなライブをすると、場所柄、来たくても来られない人も多いだろうと思ったのだ。お客さんは来れるときに来て、帰りたいときに帰ればいい。そういうライブがあってもいい。僕の体力的には大変だけど、終演後にそのまま会場で眠れるので、どうにでもなる。体力が尽きるまでライブをし、そのまま寝る。会場主がファンということもあって、信じられないほど融通が利く。いろんなパターンのイベントを試した。
あるときは店主の発案で、ライブ中に七輪を出し、肉や魚を焼きながらコントを楽しむライブをした。お客さんが持ち寄った肉や魚を店主が片っ端から焼き、それがボードゲーム用の大きなテーブルに並んでいく。皆がそれらをつまみながら僕を見るのだ。僕は僕で、合間にせせりを食べたりする。ディナーショーにしては手作り感が強く、オフ会にしてはコンテンツが多い。そういうバランスのイベントってなかなかない。
店主は客人をもてなしたがる性格のようで、大きな肉や鮮魚を仕入れては七輪で焼き、お金も取らずに振る舞っていた。確実に赤字だっただろうに、ずっとちょっと嬉しそうだった。やってくるお客さん全員に「おなかすいてますか?」と聞き、すいてなさそうと分かると露骨にイライラしていた。もてなしたすぎて本質を見失っている。
お客さんもお客さんででたらめだった。僕のお客さんは、「根が優しいのだろうけれど、どこか決定力に欠ける人」がやや多い。世界観としてちいかわ的な、あるいはぼのぼの的というか。その日は僕の目の前で、数名が差し入れの割り勘に失敗していた。
「私もっと払いますよ!」
「いやいや、それだと配分がおかしくなるので」
「割り切れないときってどうしたらいいんですかね」
「まあ、後々平らにすればいいじゃないですか」
「いや、ここは出させてください」
「いやいや……」
「後々平らにすればいいじゃないですか」
「割り切れないときってどうしたらいいんですかね」
「私もっと払いますよ!」
「割り切れないときってどうしたらいいんですかね」
そういう不毛かつ出口のない会話が30分くらい続いて、結果的に会計はなあなあになっていた。大人が割り勘に失敗する光景は清く優しく滑稽だった。割り勘って、だいたい一人ぐらいは「じゃあ、一人2000円! 余ったぶんはドリンク代にしちゃいましょう〜!」とか、明朗な仕切りをするものじゃないの? まあ今思えば、「割り勘に失敗している……」と思いながら、僕は僕でぼーっとしていたのだが。そうはいっても、いくらなんでもである。
東洋医学vs.西洋医学
別のあるときには、「体力が尽きるまでライブする戦法」が裏目に出て、ライブ終盤に僕が倒れてしまったことがあった。身体が溶けた鉄みたいに熱くなって、声も出ず、目が回ってまったく立ち上がれない。納屋で寝かしつけられる僕。倒れた僕を囲む客。ペース配分を間違え、情けない限りである。なんでも全力でやればいいってもんじゃない。さてそのとき、靄がかった視界の奥から、お客さん同士の会話が聞こえてきた。
「こういうときは風邪薬がいいのでは?」
「いや、漢方の方が体調のケアには……」
「でも、熱がありそうなので解熱剤とかが……」
「それもなんちゃらって漢方があって……」
「あの、私、看護師をしてるんです……」
「私、漢方の会社で働いていて……」
東洋医学と西洋医学が揉めていた。どっちでもいいから早くくれよ。お客さん同士で何を言ってるんだ。医療に関わる積年の論争を俺の前でやるな。あとたぶん、こういうときは西洋医学だろ。症状があるんだから。漢方は普段遣いなんだから。今後は普段から飲むようにするから。どうか早くロキソニンを……と願う、長くて変な夜だった。論争の後、僕がどっちを服用したのか、まったく覚えていない。本当に悪かったのだ。とりあえず今元気でいるからには、何かが効いたのだろう。東洋医学も西洋医学もありがとうな。
でたらめだった僕たちへ
さて、そんなふうに思い出の多い三田だが、もう当分ライブすることはない。というのも、納屋の店主が(納屋の店主が?)就職を機に引っ越すことになり、ボードゲームカフェを閉めることになったのだ。
個人的には店を続けてほしい気持ちもあったけれど、そんなこと言えなかった。だって、どう考えても儲かっていなかったから。なにせ納屋だから。利益を考えず肉を焼きたがるような店主だから。でたらめなものは愛おしいけれど、人間、でたらめではいられないときもあるから。
僕自身についても、三田で最初にライブしたときとは状況が変わっていた。ファンも増えたし、文章の仕事も増えたし、少しずつでたらめじゃなくなりつつあった。ちょっと嫌な言い方をすると、「無理して納屋でライブしなくてもいい」状態になっていた。
でたらめだった僕たちへ、最後の1ヵ月、餞になればとの思いから三田で3回もライブした。辺鄙なところで短期間にライブを連発したもんだから、笑っちゃうくらいお客さんが少なかった。それもでたらめでよかった。あれが最後のでたらめだった。これからは自分も店主も、一つ先のステージへ進むんだ。思いを新たに三田を去った。もう当分、三田でライブをすることはないだろう。三田に行くことも、ないのだろう。
ところがどっこい。この間、兵庫県でライブをしたとき、どうしても三田に行きたくなってしまった。スケジュール的に無理をして、深夜の三田に行ってみた。仕事でもなんでもない、個人的なお出かけである。開けた高台を散歩すると、懐かしい。そうだ、こういう街だった。僕はとっくに知っている。三田の市街地は全部が揃いそうだけど、意外とないものもある。そういうときはアウトレットに行くんだよ。空気の味も懐かしい。あそこには深夜もやってるラーメン屋があって、あそこには小鉢の充実した居酒屋があって、あそこには定食のおいしい喫茶店があって。
ちょっと散歩をし、せっかくだからと納屋のある方へと向かってみた。でたらめだった僕らの本拠地を、もう一度見たくなってしまって。
近くまで行って、驚いた。納屋には灯りがついていた。誰かが、納屋にいる。物語は続いている。
第7回は5月20日公開予定です。
これまでの連載
第1回:東京
「東京に住んでいても◯◯に行ったことがないなんて!」地方出身の僕が上京して衝撃を受けた「東京あるある」のギャップ
第2回:札幌
北海道のお客さんと友達になろうとした結果、気づいたらアメンボに知性を与えたい科学者になっていた話
第3回:北九州
九州の北にあるから「北九州」?直球すぎる街の名が物語る、昭和の大合併と歴史の分岐点
第4回:青森県五所川原市金木町
「書く側になりたい」者の前に立ちはだかる壁・太宰治。そんな青森出身の僕が、ファンの聖地「斜陽館」でコントライブをすることに?!
第5回:名古屋
「名古屋に負けた」ウケなくても客が3人でも「夢が叶わない人代表」になりかけても、名古屋でのライブを諦めなかった執念の結果
九月(くがつ)
芸人。全国各地でのコントライブと各媒体での執筆を中心に活動。エッセイ集に『走る道化、浮かぶ日常』(祥伝社)がある。群像Webにて紀行エッセイ「旅する芸人」を連載中。
【連載第1回】「東京に住んでいても◯◯に行ったことがないなんて!」地方出身の僕が上京して衝撃を受けた「東京あるある」のギャップ
