「田舎に住みたいと言ったじゃないか…」胸を高鳴らせて5年準備した地方移住・引っ越しの日、大手メーカーを定年退職した65歳夫は激怒。大自然のなかでスローライフを望んだ60歳妻が「ドタキャン」したワケ
内閣府の「令和6年版 高齢社会白書」では、高齢男性の「社会的孤立」が深刻な課題として浮き彫りになっています。近所付き合いや地域活動に参加しない男性の割合は女性より高く、退職と同時に「所属」を失う喪失感は想像を絶します。こうした孤独から逃れるための「人生リセット」としての地方移住。しかし、一方の妻も同じ気持ちとは限らず……。60代のTさん夫婦の事例から、夢の地方移住の現実的なリスクに迫ります。※個人の特定を防ぐため、事例は一部脚色しています。
「定年後は田舎へ」…その夢に潜む、夫婦のズレ
「定年退職したら、地方でのんびり暮らしたい」。そう考える会社員が増えているようです。
不動産会社フージャースホールディングスが2024年に実施した調査によれば、地方移住を始めるタイミングとして、「定年退職するタイミング」を挙げた人は51.3%と過半数を占めました。そして移住を望む理由として浮かび上がったのが、「都会のストレスからの解放」への期待。長年の会社員生活で疲弊した人々が、定年退職を機に移住に人生のリセットを重ねている実態が窺えます。
しかし、ここに大きな問題があります。移住への熱量は、夫と妻のあいだで、もともと大きく異なるかもしれないという点です。
内閣府が実施した「人口、経済社会等の日本の将来像に関する世論調査」では、大都市に住む人たちに「地方に移住してもよいと思うか」と尋ねています。その結果、移住に前向きな割合は男性で高く、「思わない」と答えた割合は女性で高いという、男女差がみられました。移住に対して男性のほうが積極的な傾向が表れています。
なぜ、こうした男女差が生まれるのでしょうか。
背景として挙げられるのが、日本の会社員男性の現役時代の「生き方」にあります。現在の60代男性は、人生の時間の多くを「会社」に費やしてきた世代です。交友関係は会社のなかだけ、趣味は接待ゴルフとその練習の打ちっぱなしだけ、休日の過ごし方を知らず家庭に居場所がなく、自己紹介は「〇〇会社の〇〇です」と勤務先をいうのがデフォルト。
定年退職後に会社という居場所を失う喪失感は想像以上に大きく、友達が一人もいない高齢男性が誕生します。あまりにもの孤立感から、新天地でリセットし自分らしく生きたいという気持ちが、地方移住への強い願望として表れやすいようです。
一方で妻の側はどうでしょうか。現在の60代女性は、地域のコミュニティを生活の拠点として築いている人が多いです。子育てを通じた近所付き合い、子が卒業したあとも続くママ友グループ、長年通う美容院や病院など、すでに居場所を構築しているため、年齢によってリセットする必要がありません。
定年退職をして友達がいない孤独な夫に対して、充実した人間関係を持つ妻。いくら夫が移住によって人生のリセットをしたいと思っても、それは、妻にとっては生活環境の破壊行為にほかなりません。
この移住に対する男女の意識の差は、移住によってそれぞれが「なにを失うのか」という違いでもあるのです。ここからは、地方移住を計画していた60代夫婦の事例をみていきます。
旅先での「聞き流せない一言」
<事例>
夫Tさん 65歳 大手メーカーを定年退職
妻Aさん 60歳 専業主婦
子供は娘が2人
東京都内に住むTさんが妻のAさんと「老後は地方でのんびり暮らそう」という話を初めてしたのは、夫が60歳を迎える直前でした。
旅行で訪れた小さな農村に魅せられたのがきっかけです。その日は突き抜けるような青空でした。黄金色に輝く美しい棚田。遠くにそびえ立つ山と、裾野まで緩やかに広がるその稜線に2人で見惚れました。
街の喧騒とはまるで別世界のようなのんびりした時間のなかで、妻Aさんがふと言いました。
「こんなのんびりしたところで暮らせたら幸せだろうね」
夫Tさんはその言葉に少し驚きながらも、それはいいアイデアだと共感したのです。「定年退職をしたらこんな感じの田舎に移住しよう」と。
夫の「本当の動機」
夫Tさんはそのころ、自分の人生に対して思いを巡らすことが増えていた時期でした。
大学を卒業してから大手メーカーで約40年、会社員生活を順調に過ごしてきたTさん。就職した当時は、1980年代の初めです。バブル経済へと向かっていく当時の日本は、いまでは考えられないほどの熱気にあふれていました。多くの会社員は始発電車で出勤し、終電で帰ってくるという生活をしていたのです。
夫Tさんにとって、それが大変だったかというと決してそうではなく、むしろ「黄金時代」としての記憶が勝っています。会社のなかでは同志ともいえる仲間が増え、同僚や上司と夜は居酒屋で飲みながら仕事について激論を交わし、取引先との接待とはいえ日曜日のゴルフも楽しかった。普段も特に差し迫った仕事はないのにいつまでも残業していたものです。同僚と無駄話をしながらの深夜の残業もまた、充実した時間でした。
しかし、次第に日本社会は窮屈なものに変わっていきました。パソコンのログインによって労働時間が管理されるようになり、部下を食事に誘うこともパワハラと言われかねません。部署の忘年会のときに、部下の男性が「会費を払って上司たちの武勇伝を聞く飲み会は罰ゲームでしかないです」と発言したと人づてに聞いたことで、Tさんは一気に委縮するようになりました。「もうなにもいわない、なにもしないのが一番だ」。そんな風に考えるように。
追い打ちをかけたのは60歳になるころに始まったコロナ禍です。Tさんもフルリモート勤務となり、ただでさえ少なくなっていたコミュニケーションの場はチャットへと変わりました。仕事の潤滑油だったはずの同僚との無駄話はゼロです。
「もしこのまま5年後に定年退職をしたら、俺は友達すらいない毎日が待っているのではないか……」そう気づくきっかけでした。
そんななか、Tさんはふと旅先でみた山の輪郭を思い浮かべることがありました。あの山がみえる場所で朝を迎えたら、どれほど違う一日になるだろう。大自然を背に自宅で家庭菜園でもしたら、どれほど清々しいだろう……。そんなTさんにとって、地方移住は息苦しくなった会社員生活からのリセットだったのです。
「東京はもういい、地方に移住してゼロから人間関係を作り、のびのびと人生を生きたい」そんな気持ちが芽生えました。妻Aさんが「ここで暮らせたら幸せだろうね」といったとき、Tさんは救われたような気持ちになりました。「なんだ、妻も同じ気持ちだったんだ」と。
「妻を連れて新しい土地でやり直したい」と、心に決めました。
5年間の「独りよがりな」準備
それからの5年間は、移住についての情報収集に費やしました。
妻を連れて全国各地の田舎を訪れてみました。都内で開催される移住フェアにも足を運び、すでに移住した先輩夫婦たちの体験談に耳を傾けます。この情報収集の主役は夫Tさん。妻はTさんに付き添うだけ。夫から感想を求められると、妻は「いいね」「素敵だね」と同調するばかり。
夫Tさんは、妻のテンションがどんどん低くなっていくことに気づいていませんでした。
最終的に夫Tさんが決めたのは、小さな町でした。移住者支援が充実しており、気候も温暖で、温泉も近い。なにより、夫Tさんが二度三度と足を運ぶうちに地元の人たちとも顔なじみになり、「引っ越してくる日を待ってるよ」と言われるほどの関係が育っていたのです。
夫Tさんは定年後の生活費シミュレーションも丁寧に行いました。都内の自宅マンションを売却すれば、現地に土地付きの一戸建てを購入しても相当の余裕が生まれます。家庭菜園を楽しみながら、退職金と年金、これまでの貯蓄で十分に暮らしていける計算でした。
妻Aさんがやってみたかったというガーデニングも、十分楽しめる広さの庭があります。「どう? 待ちきれないんじゃないか?」と夫Tさんが妻に質問すると、「うん、そうだね……」と言葉は多くありません。何冊か買ってきたガーデニング雑誌も読んでいる様子はありません。
定年退職に情緒が揺さぶられる夫、祝ってくれた妻
そして迎えた65歳の春。夫Tさんは無事に定年退職を迎えました。
送別会のようなものは一切なく、私物を入れた紙袋を片手に帰宅したTさんを出迎えた妻Aさんは、手料理でささやかなお祝いをしました。二人でグラスを合わせながら、「いよいよ引っ越しだな」と夫Tさんがいうと、妻はなにも答えず微笑んでいるだけ。その日は静かに眠りにつきました。
定年退職前に想像していたとおり、退職した翌日から孤独感が襲ってきました。もう会社に行かなくていいのは楽だけど、きっと今日から誰からも連絡は来ない。会社から持ち帰ってきた私物を特に確認もせずごみ袋に詰めていると、やはり自分の人生への虚しさがこみ上げてきました。
「家族を養うために頑張ってきた、自分の人生は無駄にしたかもしれないけれど、これからやり直せるさ」
移住をして、あの町の一員になって人生をやり直そう。地元の人の歓迎ぶりだけが望みです。マンションの売却の段取りも済み、引っ越し業者を手配しはじめたころ、妻Aさんが改まって「少し話がしたい」とTさんに言いました。
5年の移住計画が「熟年離婚」に変わった日…まさかの「ドタキャン」理由
「わたしは一緒に行きません。ごめんね、離婚してください」
夫Tさんは、自分の耳を疑いました。
「え? どういうこと? なにをいってるのかわからないよ。もとはといえば、君が田舎に住みたいと言ったんじゃないか」
妻Aさんはまず、いままで黙っていたことを謝りました。そして話しはじめたのは、子どもたちのこと。娘2人は都内に住んでいて、それぞれ子供を出産する予定でした。同時に小さな孫ができると、いざとなったら母親の自分が駆け付けて助けてあげたいと思っていると言います。
次に、交友関係です。妻Aさんは、長年親しくしてきた友達がいます。陶芸教室やテニスサークル、ボランティア活動など、毎日充実した予定があるのです。この関係をリセットすることは自分にとって大損害でしかないと夫に伝えました。
さらに医療の問題。妻Aさんは40代のはじめに、軽い脳梗塞を経験しています。後遺症はほとんどないものの、60代に入っていつ再発するか不安です。血圧も170を超える日がたまにあります。「申し訳ないけど、あそこに住んで再発したら搬送が遅れて死んでしまうかもしれない」と切実な様子です。確かに、救急車が到着するまで30分以上もかかるような場所では命の危険がつきまとうことは否めません。
「私は、東京を離れたくない。ずっと気まずくていえなかったの。きっとあなたはもうここで暮らしたくないでしょうから、離婚するしかないと決めていました」
それを聞いて夫Tさんは唖然としました。正直な気持ちとしては妻が無責任に思えて腹が立ちました。早く言ってくれよという気持ちと、この5年間いろいろ調べてきた自分をみていながら、なぜ黙っていたんだという憤り。
「じゃあ、中止しよう。それでいいね?」夫Tさんは憮然としていいますが、妻Aさんはなおも翻しません。
「離婚する決意は固めているから。ごめんね」
実は、移住計画のすれ違いはひとつのきっかけに過ぎず、根底にあるのはそもそもの夫婦間のすれ違いだったようです。会社を居場所にして家庭を顧みなかった夫。1人で子育てをしてきた妻。子供たちが小さいころにもう夫への期待はなくなり、気持ちは離れていました。
夫はいつも思いつきで妻の本音も聞かずに振りまわしては、1人で満足していたのです。家族を放置してきた夫は、よく「家族愛」という言葉を使い、その都度、妻は寒気がする思いでした。夫が理想とする夫婦関係は妻にとっては白々しい絵空事でしかなく、妻はもう夫に付き合う気がありません。
定年退職をしたら妻の人間関係をすべて壊して、不便な田舎でスローライフごっこをしたいと望む夫。夫が早くに亡くなったら、妻はその後、1人でどうやってその田舎で暮らしていけばいいのか。夫にそんなビジョンなどなにもないことを、妻Aさんはわかっていました。「勝手に生きてきて老いた夫の孤独に付き合う気はない」。それが妻の本音だったのです。
「こんなのんびりしたところで暮らせたら幸せだろうね」。夫Tさんが聞いてその気になったその言葉の裏には、「少なくとも夫のあなたとではない」という前提があったことに、もっと早くに気づくべきだったのでしょう。
長岡理知
長岡FP事務所
代表
