映画『炎上』

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 リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週は、新宿駅地下のダンジョン感が好きな玉置が『炎上』をプッシュします。 

参考:新宿・歌舞伎町で生きる森七菜らの姿が 映画『炎上』予告編、ポスター、場面写真公開

『炎上』 彼女にとっては間違いなく、ここが「天国」だった。

 住む場所にも、食べるものにも(表面的には)困らないこの恵まれた日本において、おそらく今、最も“死”に近い場所。それが歌舞伎町・トー横。本作は、そんな現代の行き止まりのような場所で生きる若者たちの生態を、鮮烈に、そしてグロテスクなまでの美しさで描き切った衝撃作だ。

 本作が扱うテーマは、トー横、自殺、薬物、リスカ、虐待、新興宗教、売春、そして殺人。字面だけを見れば、あまりにも攻めすぎていて、目を背けたくなるほどダークで突っ込んだテーマのオンパレードだ。しかし、本作のカメラは決して対象にのめり込みすぎない。過剰な同情や肩入れを周到に避け、ただ静かに、見つめるように生々しく切り取っていく。

 ここ1年でも歌舞伎町という街を題材にした映像作品は急増しているが(『愚か者の身分』、『ミーツ・ザ・ワールド』、Netflixシリーズ『九条の大罪』)、本作はその中でも群を抜いて攻め入っている。それでいて社会問題として風呂敷を広げすぎることはせず、あくまで「トー横界隈で生きる者たちの物語」としてまとめている点に、作り手の誠実さを感じる。

 まず何よりも語られるべきは、本作が森七菜の「初単独主演作」であるという事実だろう。2025年の彼女は助演女優としてひっぱりだこであり、数々の作品で強烈な爪痕を残してきた(『秒速5センチメートル』の個人的MVPは圧倒的に森七菜)。そんな引く手あまたの彼女が、記念すべき初単独主演にこの作品を選んだというのだから、その事実だけで震える。監督の並々ならぬ覚悟はもちろんのこと、役者・森七菜の恐ろしいほどの覚悟がヒリヒリと伝わってくる。

 これまで彼女が武器にしてきた、パブリックイメージとしての「かわいい!」「元気!」といった要素は、本作にはない。彼女が演じるのは、カルト宗教を信仰する父親からの虐待によって強い吃音を抱え、トー横に逃げ込んできた「じゅじゅ」という少女だ。NHKドラマ『ひらやすみ』や『秒速5センチメートル』で見せた透明感のある少女らしさでもなく、『国宝』で見せたすごみのある情念でもない。そこにあるのは、体当たりで、痛々しくて、すり減って弱り切った「現代的な少女」のリアルな生身の姿だけである。

 そんな彼女が身を投じた「トー横の世界」も極めて特異な手触りだ。救いのない物語の背景で、無機質に輝く歌舞伎町のネオンサイン。そして、いちごみるくに混ぜられた水色のケミカルな液体や、かわいらしい星型の錠剤といったチープでポップなアイテムたち。この絶望的な物語と、ティーン特有のキラキラとした装飾の「ギャップと融合」が、本作のビジュアルを唯一無二の美しさへと押し上げている。

 そして、その毒々しいコントラストに包まれた作品全体の手触りは、観ているこちら側まで飲み込まれそうになるほど生々しく、危うい。まるで「ガラスの破片が混じった甘い泥水」をゆっくりと飲み込んでいるような、もしくは飲み込まされているような感覚に陥るのだ。強烈な気持ち悪さと息苦しさ、それとちょっぴりの「多幸感」。作品全体がもたらすこの麻薬的な没入感は、観ていて非常に苦しくなるのだが、目を離すことはできない。

 この麻薬的な世界観の中では、当然、グロテスクな描写や性的なシーンも登場する。ここで驚かされるのが、その革新的な演出アプローチだ。本作はそうしたシーンにおいて、直接的な描写をそのまま見せることはしない。かといって、安易に暗転や省略で逃げるわけでもない。「ピンクのラメラメのバイブ」といった毒々しいメタファーに置き換えたり、「汚れを相殺する」ために頭の中で爆音のベートーヴェンを鳴り響かせたりと、演出表現として見事に落とし込んでいるのだ。

 それは決して上品な「見せない美学」などではない。ポップなアイテムに変換し、誤魔化そうとする彼女たちの防衛本能を描くことで、より残酷にわからせてくる。そのポップで無邪気な表現が、逆に観客の想像力を容赦なく掻き立てるため、生で見るよりも遥かに痛々しく感じてしまう。この逆説的な演出を容易く使いこなす長久允監督が心底恐ろしい。

 その先進的な演出の凄みは、じゅじゅの過去を描く回想シーンでも爆発していた。劇中、彼女のトラウマの元凶である「父親からの体罰シーン」が何度も繰り返しフラッシュバックする。しかし、1つとして同じカットは使い回されず、じゅじゅの心理状態や置かれている状況によって、カメラのアングルも、光の当たり方も、映り方も見事に変化していく。全編を通して1つひとつのカットに一切の手加減が感じられないこの執念深い演出には、ただただ圧倒された。

 基本的には救いのない物語だ。だが、日本で一番死が近いこの場所で、じゅじゅは確かに一瞬の「天国」を見たのだと思う。現代の日本映画が到達した、新しくて、痛くて、美しい地獄。ぜひ劇場で、その泥水を飲み込むような衝撃を体験してみてほしい。(文=玉置正義)