【我妻 弘崇】谷中銀座の「景観ぶち壊しマンション開発」はなぜ起きた? 東京の「開発」が抱える不合理の正体
「東京は暮らしづらい」
東京に暮らす人のなかには、日々の生活の折りにふれてそう感じている人も多いのではないだろうか。なぜ東京に「暮らしづらい」を感じてしまうのか。なにが東京を「暮らしづらく」しているのか。
【前編】の記事《タワマンは「東京の暮らしづらさ」の原因なのか? 都市工学の専門家の目からみえること》では、ライターの我妻弘崇氏がタワマンの「功罪」について専門家の見解を聞いた。後編では、東京の開発の不合理について考える。
景観ぶち壊し
観光名所として知られる、谷中銀座入口の階段「夕やけだんだん」。その真正面脇にマンションが建設され、“階段の上から真正面に沈む夕日”がほぼ見えなくなったことが注目を集めた。
階段のすぐそばに、分譲(7階建て)と賃貸(6階建て)、計2棟のマンションが建設中で、実際にその場に立つと夕日の方向が建物で大きく遮られていることが分かる。SNS上では、「景観ぶち壊し」「無粋すぎる」といった批判が噴出し、開発に異を唱える声も少なくない。
前編《タワマンは「東京の暮らしづらさ」の原因なのか? 都市工学の専門家の目からみえること》では、タワーマンション(以下、タワマン)が林立する影響について考察した。
その中で、大規模な開発事業を行う前に、その事業が環境にどのような影響を与えるかを事前に調査・予測・評価し、その結果を踏まえて事業計画に環境配慮を組み込む「環境アセスメント」という制度があることに触れた。なお、この制度の対象は、東京都の場合、高さ100m超かつ延べ面積10万?超の開発であり、冒頭のマンションは対象外である。
半面、環境アセスメントは、単独の開発(タワマン1棟)が環境に与える影響だけを評価する仕組みになっているため、複数のマンションが近い場所に集まって建設されることによる複合的な影響を必ずしも正確に評価できていない。
十分な議論がされないまま開発が行われるという点で、タワマン林立には多くの課題がある――のだが、この「夕やけだんだん」の開発事例は、タワマンとは異なる課題があることを示していると言えるだろう。
「遺産」が守られない
「自治体などが江戸時代から残る街並みなどを保存するといったケースは珍しくありません。一方で、昭和の時代に建てられた街並みも、十分に歴史遺産ではないか?という声もあります。現在、こうした建物も対象にすべきではないという議論が行われている」
こう話すのは、東京大学大学院工学系研究科教授・村山顕人氏だ。主に都市計画を専門とする村山氏によれば、近代以前の古い町並みとは違い、たとえ風情があっても比較的近年に建てられた街並みの場合、開発の手を止めるのは難しいという。
例えば、江戸時代の面影を残す川越(埼玉県)や倉敷(岡山県)、今井町(奈良県)は、いずれも「国の制度(文化財保護法など)」に加え、「自治体の景観・まちづくり系の条例・計画」によって歴史的町並みを守っている。
川越のケースで言えば、蔵造りの町並みの中心部は「川越市川越重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)」として、文化財保護法に基づき指定され、その上で川越市独自の「川越市景観条例」「川越市歴史的建築物の保存及び活用に関する条例」などを整備し、外観変更・増改築の際は市の許可や協議を必要とする仕組みがある。
ところが、谷中銀座を含む「谷根千(谷中・根津・千駄木)」は、国の文化財保護法による「重伝建」などに指定されている区域ではない。もっといえば、東京23区内には文化財保護法に基づく「重伝建」の指定を受けた場所はない。
根津神社本殿、ニコライ堂など個別で「重要文化財(建造物)」に指定されているものは23区内にもあるのだが、これらは単体の建物保護で、町並み全体を対象とした重伝建とは異なる。
東京都独自の「歴史的建造物選定制度」や区ごとの景観条例で一部保護が進んではいるものの、川越・倉敷のような重伝建+条例の組み合わせほど強力ではないため、街の景観を損ないかねない開発の手が及びやすいというわけだ。
「保全」が行われてこなかった
村山氏は、近代以降に作られた街並みも、「対象として考える段階にあるのではないか」と提言する。
「欧米の多くの街は、1960年代までに大きな曲がり角を迎えた経験があります。車が普及するモータリゼーションが起き、市街地が郊外へと拡大し、人々は車の利用を前提とした郊外住宅地に暮らすようになった。そのため、街の中心部やその周辺は空洞化し、衰退していった。経済的に郊外に引っ越すことができない人たちが街の中心部やその周辺に取り残されるという状況になったわけです」
都市全体の視点で考えれば不健全な状態である。都市を更新するという運動が活発になったのは自然な流れだった。
「街全体を再開発してピカピカにしても、流入者が増えるわけではないし、そもそもそのようなことをする主体がいない。そこで、取り壊す必要がある建物は壊して必要な分だけつくり直した。直せるところを「修復」し、状態が良いところは「保全」した。
都市の更新あるいは再生には、本来、3つの手法があります。それが「再開発」「修復」「保全」です。東京の街も、この3つの手法をうまく組み合わせ、バランスよく再生していかなければいけません。しかし東京では、1960年代以降バブル経済が崩壊する1990年代初頭までは全体的に成長していたので、「再開発」が優先され、「修復」「保全」が十分に行われて来なかった」
中には、東京に残る木造住宅密集地域に関して、防災の観点から修復されるケースもあるという。しかし、「明治神宮外苑の再開発に伴い、樹木が伐採・移植される」「中野サンプラザ再開発(建築費高騰で2025年6月協定解除・白紙化したが)」「夕やけだんだん横にマンション建設」といったニュースを耳にするたびに、東京から表情が失われていくように感じるのは、思い違いだろうか。新たに造られるのは、大型商業施設ばかり。オールディーズ・バット・グッディー。古くて一体なぜ悪い。
「つくり続ける街ではなく、手に負える範囲で持続的に再生できる街に変えていかないといけない」。そう村山氏が話すように、東京は‟つくる”から‟できる”に発想を転換する局面を迎えている。また、つくり続ければ、当然、街の精神性にも影響を与えてしまうことは想像に難しくない。
「ジェントリフィケーション」の問題
「現在、建設資材や労務費が高騰しているため、新築建物の賃料や分譲価格も上がるでしょう。ジェントリフィケーションが起こりやすくなる」
ジェントリフィケーションとは、低所得者層が多く住む都心部の地域に、中・高所得者層が移り住むことで、居住者の階層が上昇し、街全体の環境(建物、商業施設、治安など)が向上する現象だ。その半面、もともといた住人が行き場を失うなど負の側面もはらみ、「高級化」とも訳される。
JR高円寺駅から阿佐ヶ谷方面へ伸びる約200mのガード下商店街が、 老朽化による地震・火災リスクから再整備されることが決まっている。2026年3月までに立ち退き完了、春に解体工事を予定しているという。高円寺は、決して低所得者層が多く住む都心部の地域ではないが、高円寺のガード下は、昼間からいったい何の仕事をしているか分からないようなおっさんや若者が楽しそうに酒を飲み交わす――、死語になりつつある‟サブカル”的な匂いが残る空間が広がり、古き良き中央線沿線の街という個性を体現しているような場所だった。
土地所有者はJR東日本都市開発だから、5年後はまったく変わった風景になっているだろう。そのとき、あのおっさんや若者はどこにいるんだろうか。高架下を保育園・学童などに転用することで、ファミリー層向けに生活支援スペースを展開するといった「正」の面もある。だが、開発だけでは、その街特有の哲学やプライドは失われてしまう。「修復」「保全」を上手に組み合わせなければ、どの街も似たような街になってしまう。
あきらめきれない街・東京
それにもかかわらず、東京を開発し続けるのは、「まだ‟可能性がある”からです」。そう言って、村山氏は苦笑する。
「東京は世界的に見てもオペレーションが極めてうまくいっている大都市です。故障や事故で電車が運行を見合わせると交通機関が麻痺してしまいますが、慢性的な道路交通渋滞問題を抱えているアジアの大都市などに比べれば、はるかにうまく機能している。加えて、大気汚染もなく、治安も良ければ、文化も魅力的でご飯も美味しい。天災のリスクこそありますが、海外から投資が集まりやすい場所でもある。
そのため、国際的に見たとき、もっと開発してもいいという考えもあるほどです。海外の研究者と話すと、「東京には、もっとポテンシャルがあるのにどうしてやらないんだ?」と言われることも珍しくない。だからこそ、開発に重きを置いてしまうとも言える。一方、日本全体を見れば人口と経済の縮小が進んでいる。国土計画としては東京への一極集中の問題で、賛否両論があるのです」
そして、日本の近代における開発背景は、諸外国と比較して「特殊」とも付言する。
「世界を見渡しても、これだけ私鉄が多い国はありません。一般的に考えれば、公共交通は税金を使って公共が主体でやるべきものです。しかし、明治の日本には渋沢栄一や小林一三など、民間企業にもかかわらず高い公共心を持って、事業を拡大する人物や企業が少なくなかった。そうしたパブリックマインドがインフラを作り上げ、今に続いているところがある」
ビルを建てる際に足元や屋上の緑を増やす、あるいは災害時の避難場所、生活支援スペースを作るといった向社会的なアクションは、受け継がれたイズムだろう。東京は公共心と金儲けが同居する、不思議な場所。結果的にそれが、ゆるやかな衰退を作り出しているのかもしれないが……。
「大規模な再開発ができるのは、基本的に大企業です。東京は企業がつくり、企業によって成り立っているところがある。多くの企業は、都心にあります。郊外で暮らすにしてもなるべく駅の近くに住みたいと思う人は多いでしょう。
そうしたニーズに応えるために、大企業は限られた敷地に数多くの人が暮らせるタワマンをつくり、実際に多くの人が購入する。ですから、今の時代のニーズに応えることも都市計画のミッションであるという立場をとれば、それも正しいとも言えるんですね。一方で副作用もある」
「あこがれ」の変化
私は話を聞いていて、かつてはニュータウンだったものが、現代ではタワマンに取って代わっただけ――。あこがれの対象が変わっただけなのだと気が付いた。
この国は、ずっと同じ軌道をなぞっている。その考え方自体が老朽化しているような気がするのだが、あこがれが一定数以上あって、首都圏の人口が膨れ続ける限り、開発の波はやまないし、タワマンも増え続けるに違いない。「修復」「保全」といった声は、「開発」という大きな声にかき消されてしまうのだろう。なぜなら東京は、大企業ありきの場所だからだ。
「タワマンのような大きなものを開発したはいいけれど、50年後、100年後、我々ははじめてタワマンの大規模修繕や取り壊しと向き合うことになります。この規模では前例がないため、どうなるか分からない。そういう意味でも、新しい大きなものを次々とつくるのではなく、今あるものを再利用するといった考えが根付いていってほしい」
すべてがうまくいっているときはいい。しかし、イレギュラーなことが起きたら? そうした観点からも、何かをスクラップして、新たなものをビルドするよりも、今あるものを‟いかす”開発が増えてもいいのではないだろうか。
1960年代前半(東京五輪前)の激動の東京を描いたルポルタージュ、開高健の『ずばり東京』に、こんな一文がある。
‟身を粉にしてはたらくことがたのしいのだというマゾヒスティックな“快楽説”に私は賛成しないのである。どれだけのんびり怠けられるかということで一国の文化の文明の高低が知れるというのが私の一つの感想である。この点では日本は“先進国”でもなければ“中進国”でもなくハッキリと、“後進国”だと私は思う”
そろそろのんびりしていいと思うのは、私だけだろうか。
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