高市総理は、株価重視で円安を放置しているようにも見える…

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「有事の円買い」から「有事の円売り」へ

 アメリカとイスラエルがイランを攻撃し、中東情勢が緊迫化してから、円安が進んでいる。ドル円相場は158円台で、ユーロ円相場は184円台をうかがっている(3月11日現在)。

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 円安を招いている原因はいくつか指摘されている。1つは、日銀が追加の利上げをできなくなる、との観測が強まったことが挙げられる。原油価格が急騰すれば、物価が上がって経済に悪影響が出るので日銀は利上げに慎重になる、というわけだ。物価が上昇すると、高市政権が食料品の消費税率の引き下げを断行しかねず、すると日本の財政状況が悪化する、という読みもあるようだ。

高市総理は、株価重視で円安を放置しているようにも見える…

 しかし、イラン情勢が緊迫化してから円安が進んだ最大の原因は、原油価格が上昇すると、エネルギーの大半を海外に依存する日本の貿易収支が急激に悪化する、という懸念だと思われる。このような有事には日本経済の弱点が露呈する、ということが明らかになったともいえる。

 以前は「有事の円買い」といわれた。世界規模で紛争や災害、あるいは大きな経済危機が発生した場合、株などに投資されていた資金の逃げ場として円が買われ、円高が進むという経験則があった。円がそれだけ安全性の高い通貨だと認識されていたということだ。日本が名立たる経常黒字国で、対外純債権国だったことが背景にあったのだが、いまや状況はすっかり変わってしまった。

 現在の日本は慢性的な貿易赤字国である。とくに15年前の東日本大震災以降、原油やLNGの輸入が激増すると同時に、産業の海外移転が進んで赤字が常態化。2022年以降はウクライナ戦争を受けての資源高や円安が加わり、赤字の規模が拡大した。この期におよんで原油価格が高騰すれば、日本の貿易収支はさらに悪化する。なにしろ、日本のエネルギー自給率は12〜13%にすぎず、なにがあろうと海外から買わなければならないのである。

 そんな状況を嫌っていま円が売られるのは、至極当然のことと思われる。

原油高が物価を直撃するのは円安だから

 そもそも貿易収支が云々という前に、原油価格が高騰すれば、いまの日本の状況では物価高が進まざるをえない。あえて「いまの日本の状況では」と強調したのは、原油は基本的にドル建てで取り引きされるからで、この円安のもとでドル建てでは、日本が受けるダメージはほかの国以上に大きくならざるをえない。

 原油高騰の影響がおよぶのは、物流コストに対してだけではない。たいていの食料の生産には燃料が欠かせないし、プラスティック容器やフィルムなどの日用品の材料も石油である。そもそも、電力なしで製造できるものなどほとんどないことを思えば、あらゆる物価に跳ね返ってくる。

 しかも、この原油高が皮肉な状況につながる懸念もある。市場は現在、高市政権が原油高に起因する物価高への対策として積極財政を進め、さらなる財政悪化を招くことを嫌っているようだ。このように財政悪化への懸念があるから、日本国債も売られて債券安が進んでいる。現在、いわゆる「高市トレード」で上昇した株価は乱高下しつつも、物価高や景気減速が心配されて下げ基調にある。そういうとき、ふつうは債券が買われるのだが、やはり財政悪化への懸念が強いため、日本国債も売られている。

 そこで状況を打開しようとして、高市政権が積極財政を強引に推し進めたり、消費税減税を断行したり、あるいは日銀が追加利上げをするのを牽制したりすれば、さらに円安が進んでしまう。すなわち身動きするほど、文字どおりのドツボにはまってしまう。

 結局、こうした有事を受けて痛感させられるのは、円安を放置しておいてはいけない、ということである。

円安のままでは日本がいかに脆弱か

 あらためて私たちが認識しなければならないのは、日本は世界でも例外的な輸入依存国だということだ。食料品の自給率は38%(カロリーベース)にすぎず、62%は海外からの輸入に頼るほかない。エネルギーの自給率は前述のように12〜13%で、すなわち87〜88%は輸入するしかない。

 これらの自給率を高めていく必要があるのはもちろんだが、それは短期間に達成できる課題ではない。そうである以上、円の価値を高めて、必要なものをできるだけ安価に買えるようにしておくしかないはずだ。ただでさえ円安は、有権者がもっとも気がかりな物価高の最大の原因なのだが、こうして有事を迎えると、安い円がさらに安くなり、高くなっている物価がさらに上昇する。

 高市総理は株価を最重視し、株価が上がるように円安を放置しているようにも見える。だが、こうした有事を受け、円安のままでは日本がいかに脆弱であるか、学んでくれないものだろうか。原油が高騰して物価高や景気減速が懸念されれば、膨らんだ株価などあっという間に弾けてしまうのだから。

 原油が急騰しただけで、ガソリンの暫定税率を廃止した効果など消えてしまうし、食品の消費税率を2年にかぎってゼロにしたところで、その効果も得られないまま、財政や日本経済への負荷だけが残る。それに円安では、大災害にも対処できない。

 3月15日で東日本大震災の発生から15年が経過したが、残念ながら日本では、今後も大地震をはじめとする災害が発生する危険性が常につきまとう。高市総理は5年間で約20兆円を投じ、「令和の国土強靭化」を強く推し進めるという。だが、いざ災害が発生したときに重要なのは、急いで復旧に取り組める国家の体力だが、円安のせいでなにからなにまでコスト高では、まともな復旧も覚束ない。しかも、以前は「有事の円買い」で大地震のたびに円が上昇したが、いまは逆で、2024年1月の能登半島地震後も円は急落した。

「有事の円買い」が望めない以上、こうした有事を機に円の「強靭化」をこそ意識して進めてほしい。円安のデメリットはたくさんありすぎて、ここには列挙しきれないが、少なくとも、今回のような原油の高騰の可能性まで考えるとなおさら、円安の是正を抜きに物価高対策、ひいては経済対策は進められないはずである。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部