『ばけばけ』写真提供=NHK

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 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』は、第24週「カイダン、カク、シマス。」から、物語の舞台は、錦織(吉沢亮)が亡くなって10年後の東京へ。東京は、史実ではヘブン(トミー・バストウ)のモデルとなった小泉八雲が生涯を終えた地であり、物語が最終盤へ向かっていることを感じさせる。

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 改めてヘブンとトキ(髙石あかり)の物語を振り返ってみると、ある“キーアクション”があることに気がつく。それが、〈今夜も散歩しましょうか〉とハンバート ハンバートによる主題歌「笑ったり転んだり」の歌詞にもある、散歩である。

 実は、「散歩」という単語は海外から来た日本語学習者には馴染みのある単語。日本語の教科書の例文に「天気がいいから散歩しましょう」というものがあり、勉強し始めてからすぐに覚える言葉として有名なのだそうだ。ヘブンは日常会話の中で自然と日本語を覚えていったが、「散歩」という単語は日本語学習の初心者だった彼を連想させるものともいえる。

 楽しいことも苦しいこともさまざまある日常を、何気ないようにコミカルに描いていく本作において、散歩は日々の行動でありつつ、2人きりになれる特別な時間として、物語の重要な場面でたびたび登場してきた。

 トキの最初の“散歩相手”は傳(堤真一)だろう。最初のお見合いを前に緊張している様子のトキを、傳は怪談スポット・清光院へ同伴させた。トキが怪談好きだということを知ってのことで、史跡とそこにまつわるエピソードもしっかり調べられており、トキは大はしゃぎ。その姿を傳は優しく見守っていた。この後に明らかになることだが、傳はトキの本当の父親。真実を直接伝えられなくとも、こうして2人で過ごす時間はかけがえのないものとなっていた。

 ヘブンとイライザ(シャーロット・ケイト・フォックス)、トキと銀二郎(寛一郎)によるそれぞれの“散歩”も描かれたことがある。その頃、トキはヘブンに惹かれはじめており、かつて東京まで追いかけていった銀二郎と大好きな清光院へ行っても心がときめかない。ヘブンも惹かれていたはずのイライザに、「どこか温かい土地で一緒に滞在記を書こう」と言われても、喜んで返事ができない。むしろトキとヘブンは、互いに花田旅館で鉢合わせてしまった時の方が心が揺らぐ自分に気がつく。散歩は、誰かと2人きりになるからこそ、その相手を自分がどう思っているのか、どうしたいのかという自分の気持ちに向かい合う時間にもなるのかもしれない。

 そして、トキとヘブンの思いが通じあった日にも“散歩”があった。イライザと銀二郎との一件があり、2人が帰ってから街でトキと遭遇したヘブンは気まずさを誤魔化そうとするように一人で散歩しようとする。そんなヘブンにトキが「私も、ご一緒してええですか」と勇気を出して声をかけた。その行き先は、宍道湖畔。眩しい夕陽が水面に反射して、美しくトキとヘブンを浮かび上がらせていく。その中でヘブンは距離を縮め、トキに手を伸ばし、最後にはその手を引き寄せた。年末年始の特別番組を控え、朝ドラの放送がしばらく休止になる日のこれ以上ない、美しい“最終回”だった。

 さらに、熊本でも“散歩”が生んだ名場面がある。フィリピン行きのことを隠していたヘブンとそれを知っていることを隠した上で妊娠も隠していたトキの関係はギクシャクしていた。そんな中でヘブンはトキを散歩に誘う。着いたのは、街を見晴らせる小高い丘。水辺の散歩だった松江とは環境が全く違うことを感じさせる。そこで日本を離れるかどうかの決断を伝えようとしたヘブンを「待って」と遮ったトキ。そこで言わないつもりだった妊娠を伝える。ヘブンは喜びを爆発させ、日本人として、「八雲」として生きていくことを決意していく。

 こうして、2人の人生の大きな転換期には散歩が関係している。家族が増え、住む場所も再び変わったトキとヘブン。これから先、2人の散歩はあと何回見られるのだろうか。ちょっと寂しい気持ちも抱えながら、穏やかな生活を見守っていきたい。(文=久保田ひかる)