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宇宙飛行士とハムスターの共通点について教えてください。

いえ、大喜利じゃないんです。まるで接点などなさそうですが、実は、宇宙医学の最前線で結びつきつつあるといいます。

きっかけは、広島大学の研究グループが発表した論文。テーマは「なぜハムスターは冬眠しても筋肉が衰えないのか」…。字面だけだと地味な問いですが、ハム飼いさんからすれば積年の謎かもしれませんね。

ところがこの謎の解明、宇宙の長期滞在を可能にする技術への扉を開くのです。

宇宙では、じっとしているだけで筋肉が溶ける

まず、宇宙飛行士が直面する問題をおさらいしましょう。

地球の生活では重力があり、立ったり歩いたりするだけで、骨格には常に微細な「負荷」がかかっています。その刺激が筋繊維の維持に欠かせない信号を送り続けているのですが、宇宙の無重力環境ではそれが一切なくなります。

重力がなければ踏ん張る必要がありませんし、骨や体を支える必要もなく、いつしか筋肉は「いらないもの」と判断されて分解が始まってしまいます。

もう少し専門的に言うと、筋肉を構成しているタンパク質は常に分解と合成を繰り返しており、その量が均等であれば一定の筋量が維持されます。しかし、宇宙の無重力環境や、あるいは地上でも「寝たきり」の状態になると均等が保てなくなって、分解が合成を上回ってしまうのです。

この「筋萎縮」を防ぐために、国際宇宙ステーション(ISS)の宇宙飛行士たちは毎日2時間程度の運動を義務づけられています。

それでも帰還後は、まともに歩けないほど筋肉が落ちているケースもあるほどです。では、もし火星まで半年あまりもかけて旅するとしたら…、どれだけ鍛え続けたとしても、人間の筋肉がその宇宙時間に耐えられるかは未知数です。

冬眠する動物は何ヶ月も動かないけど、なぜ無事なの?

そこで注目されたのが、冬眠する小動物の「驚異の省エネ能力」です。

ハムスターやシマリス、ツキノワグマといった冬眠動物は、体温をほぼ周囲の気温まで下げ、代謝を通常の2〜5%程度まで落とした状態で数カ月を過ごします。

でも、春に目覚めると何事もなかったかのように動き回れる。「長期間の不活動」という条件は宇宙飛行士と同じなのに、筋肉はほぼ衰えていないのです。

冷静に考えると、ハムスター、すごくない…?

ということで、この謎に正面から挑んだのが、広島大学 大学院医系科学研究科の宮粼充功准教授を中心とする研究グループ。福山大学・北海道大学・北里大学との共同研究による成果は、2025年12月に米国実験生物学会連合の学術誌『The FASEB Journal』に掲載されました。

「死なないけど、動かない」ための幹細胞の戦略

研究チームがまず調べたのは、筋肉を修復・再生する役割を持つ「筋幹細胞」の動きです。筋幹細胞は普段は眠っていますが、筋肉が傷つくと目覚め、修復のために増殖・分化します。いわば筋肉の「修理工場のスタッフ」です。

では冬眠中、この修理スタッフは何をしているのでしょうか。研究チームが非冬眠動物と冬眠動物の筋幹細胞をそれぞれ4℃の低温環境に24〜48時間さらしたところ、マウスやラットなど非冬眠動物の細胞はほとんど死滅しました。一方、ハムスターやシマリス、クマから採取した細胞はほとんど生き残ったのです。

解析の結果、冬眠動物の細胞では「フェロトーシス」と呼ばれる細胞死を抑えるシステムが働いていることがわかりました。

フェロトーシスとは、細胞内の鉄による「脂質の酸化」が引き金になって起きる細胞死の一形態。いわば、細胞が「内側から錆びて」死んでしまうようなイメージです。

さて、ここからが大事なところです。

低温でも生き残った細胞を詳しく解析すると「MyoD(マイオディー)」や「Myogenin(マイオジェニン)」と呼ばれる、筋再生のスイッチとなる遺伝子群の働きも大幅に抑制されていたことがわかったのです。

つまり、「細胞は死なないけど修復も始めない」状態に入っていました。

Image: 広島大学

通常の動物でも人間でも、筋幹細胞が寒さや不活動などのストレスを受けると、焦るように修復を始めようとして結果的に消耗し、アポトーシス(細胞の「自死」)を起こして失われていきます。

ところが、冬眠動物の筋幹細胞は「休眠を保ちながら、適温に戻るまで修復を待機させる」という、スマートな「省エネモード」に切り替わっていたのです。

宮粼准教授は『Popular Science』の取材に対して、「冬眠動物は単に筋肉のダメージを受け入れているのではなく、修復を制御可能な形で意図的かつ積極的に抑制している」と述べています。

冬眠中のハムスターは体温を周期的に大きく下げる「深冬眠」と、体温が常温に戻る「中途覚醒」を繰り返します。この期間中に筋損傷を与えてみた実験でも、筋再生の指標となるタンパク質(eMyHC)がほとんど確認されず、免疫細胞の動員も大幅に抑えられていたことが確認されました。

まるで体全体が「今は直さなくていいから春まで待ちなさい」モードで動いていたのです。

Image: 広島大学

いずれは「人工冬眠」の応用へ!

広島大学のプレスリリースは、この成果が「細胞や臓器の低温保存技術の高度化」「長期不活動による筋萎縮予防」「人工的な冬眠・低代謝医療の開発」などへの応用可能性を広げると強調しています。

まず近い将来への貢献として期待されるのは、入院や介護による「寝たきり」で筋肉が衰える「廃用性萎縮」への対策です。骨折や手術の後、リハビリを頑張っても筋肉が戻りにくいのは、細胞レベルで同じ問題が起きているからだと考えられますからね。

そして、その先にあるのが(…冒頭からずいぶんと引っ張ってしまってすみませんね…)宇宙医学への応用というわけです。

もし、人間の筋幹細胞を人工的に「省エネモード」に入らせることができれば、宇宙飛行士が今より運動に励まなくても筋肉を保てるかもしれません。船内での大事な活動により時間を避けますよね。あるいは理論的には、人間を冬眠させることも可能かも?

もちろん、今回わかったのはあくまでも「何が起きているか」の一端です。研究チームは今後も解明を進め、冬眠状態を人工的に誘導・制御しうる基盤的知見の確立を目指していると掲げています。

ハムスターの体の中で起きていることが、人類未踏の夢を広げる宇宙飛行士の役に立つ。ハムスター、ありがとう!

Source:広島大学 , Journal du Geek , The FASEB Journal , JAXA, Popular Science

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