今うまいものを食わないでどうする…年金2人暮らしで〈食費月15万円超〉。大食漢・食通の65歳夫の「飽くなき欲」に妻が抱いた恐怖【FPの助言 】
「老後は自然とお金を使わなくなる」――そう思っていませんか? レジャーも減り、食べる量も落ち着く。だから生活費も下がるはず、と。しかし実際には、現役時代の価値観がそのまま持ち込まれ、思わぬ支出が膨らむ家庭もあります。年金25万円、貯蓄3,000万円。それでも食費は月15万円。「健康なうちに美味しいものを」と語る60代夫の主張は正しいのか。その言葉の裏に潜む、見落としがちな落とし穴とは…… FPの三原由紀氏が解説します。
「ケチくさいことを言うな」食通・大食漢の夫と、ため息をつく妻
横浜市に暮らす山本隆一さん(仮名・65歳)は、昨年食品メーカーを退職しました。営業一筋に働いてきた40年間。ピーク時の年収は900万円近くありました。
バブル期には食通のクライアントを高級レストランや寿司店でもてなす日々。「いいものを知るのも営業のうちだ」と言われ、実際に舌も鍛えられていきました。
現在は妻・恵子さん(仮名・65歳)と2人暮らし。子どもは独立しています。退職金を含めた金融資産は、リタイア時点で約3,000万円。夫婦の年金は合計で月25万円ほど。住宅ローンは完済済みです。
数字だけを見れば、大きな不安もなさそうな老後に見えるでしょう。しかし、家計を預かる恵子さんからは、ため息が漏れます。
「うちの夫、食にうるさくて量もすごく食べるんですよ。悪いことじゃないですが、時間が出来て夫婦での外食が増えたこともあって、食費が月15万円を超えることもある。年金暮らしの夫婦2人でこれは、使い過ぎですよね…」
年金暮らしになったタイミングで、恵子さん自身は支出を見直す必要があると感じていました。ところが、食費を減らそうとスーパーで特売の肉や魚を買うと、隆一さんはすぐに気づくのです。
「この牛肉、いつものと違うな」
「料理は素材がすべて。いい食材なら、シンプルに焼くだけでもうまい」
それが隆一さんの持論です。 そして、こう続けます。
「美味しく自分の歯で食べられるのは、あと10年くらいだろう。ケチくさいこと言うなよ」
恵子さんも、その気持ちは理解できます。長い間家族のために稼いでくれた夫。健康で、自由に外出でき、美味しいものを味わえる時間は限られている。それは事実です。ただ一方で、年金生活はこの先20年、30年と続く可能性があります。
本当にこのままでいいのだろうか――そんな不安と恐怖が少しずつ大きくなっていきました。
「老後は支出が減る」は、本当なのか?
総務省の家計調査(2024年)によると、高齢夫婦無職世帯の平均的な食費は月7万6,252円です。山本家の15万円は、そのほぼ倍にあたります。もちろん、平均に合わせる必要はありません。問題は「この支出が続いた場合、どうなるのか」を把握しているかどうかです。
仮に、食費が15万円、その他の生活費が18万円とすれば、支出は月33万円です。年金25万円との差額は、毎月8万円の赤字です。年間で96万円。10年で約1,000万円にもなります。
3,000万円の貯蓄があっても、老後の後半期に医療費や介護費が増えたとき、どれだけ残っているでしょうか。
老後はお金を使わなくなる、とよく言われます。確かに旅行や交際費は減るかもしれません。しかし一方で、在宅時間の増加や、長年培った価値観は簡単には変わりません。
特に、隆一さんにとって「食」は仕事の誇りであり、自分らしさでもあります。退職によって社会的役割が変わるなか、その拠り所がより強くなることもあるのです。これは単なる浪費というより、“自分らしさを手放さないための行為”と言ったほうが近いかもしれません。
「思ったより…減るな」数字を見た夫が変わった日
状況が変化したきっかけは、些細な出来事でした。
車検費用と家電の買い替え、庭のウッドデッキの張り替えなどが重なり、恵子さんは定期預金を200万円取り崩しました。ATMの明細に印字された残高は、2,000万円台の半ば。リタイアしたときには「3,000万円あるから大丈夫」そう思ってきたはずなのに、“お金が減るスピード”を改めて実感したのです。
さらに 数日後、同年代の友人との何気ない会話が背中を押しました。
「うちはもう毎月貯金の取り崩しよ。ちゃんと計算してみたら、思ったよりずっと早く減るんだから、怖いわよ」
危機感を強めた恵子さんは、自治体の広報で見かけた「人生100年時代の生活設計」という講座に参加してみることにしました。大げさな決意ではありません。「一度、数字で確認したい」それだけでした。
そこで知ったのが、将来にわたって「お金がどう入ってきて、どう出ていき、資産がどう変化するか」を時系列で見える化した表(キャッシュフロー表)です。
・何歳まで生きる前提で考えるか
・毎年いくら取り崩すのか
・資産はどのくらいのペースで減るのか
・医療費や介護費に備える余力はあるのか
帰宅後、恵子さんは隆一さんにこう切り出しました。
「あなたを責めたいわけじゃない。ただ、ちょっと一緒に見てほしいの」
講座で教わった簡易的な方法で試算してみると、現在のペースでは毎月約8万円の赤字。10年で約1,000万円が減る計算でした。
隆一さんは、しばらく黙って数字を見つめていました。
「思ったより…減るな」
この言葉に、恵子さんは胸がほっとするような気持ちになったといいます。
今も未来も、人生を楽しむために
隆一さんの言う「健康なうちに楽しみたい」という考え方は、老後設計の一つの形――いわゆる“前厚(まえあつ)”という発想に近いものです。元気で活動的な10〜15年(前半)に多めに使い、後半は自然に支出が落ち着くという設計です。それ自体は、決して間違いではありません。問題は、それが”設計された前厚”かどうかです。
話し合いの末、山本夫妻はこう決めました。
・高級食材は週1回
・外食は月2回まで
・食費の目安は月12万円
夫婦で月12万円の食費は、一般的に見ればまだ高額です。ただ、人生の後半は食べる量や欲も減ってくることを前提に、「元気なうちは、今の楽しみを我慢しすぎない」ことを優先することにしました。何も決めずに使い続ける状態から抜け出したこと自体が、夫婦にとって大きな前進だったのです。
隆一さんは、最後にこう言いました。
「人生の最後までうまいものを食べたい。そのためにはお金も続かなきゃ、どうしようもないからね」
老後は我慢の時間ではありません。しかし、自由は“持続できる設計”があってこそ安心に変わります。
あなたの家庭ではどうでしょうか。今の支出は、戦略でしょうか。それとも、習慣の延長でしょうか。 一度、これからの収支を数字で書き出して未来をのぞいてみる。それは節約のためだけではなく、これからの時間を、安心して楽しみ続けるための確認につながるはずです。
三原 由紀
プレ定年専門FP®
