(※写真はイメージです/PIXTA)

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超高齢社会を迎え、働き盛りの世代が直面する介護問題。介護者が子ども、しかも独身だった場合、経済的・精神的な負担が一人に集中し、生活が困窮するリスクも孕んでいます。ある男性のケースを見ていきます。

「僕が壊れるか、母が壊れるか」限界を迎えたシングル介護の現実

都内で働く佐藤健一さん(50歳・仮名)は、独身で、75歳になる母・和子さんと実家で二人暮らしをしていました。父を早くに亡くした佐藤さんにとって、和子さんは唯一の家族であり、支えでした。しかし、3年前に和子さんにアルツハイマー型認知症の兆候が表れたことで、穏やかだった生活は一変します。

「最初は、ちょっとした物忘れだと思っていました。でも、次第に火の不始末や、夜中に家を飛び出してしまう徘徊が始まり……。仕事中もスマホの着信が気になって、集中できなくなりました」

佐藤さんの月収は35万円、年収にすると550万円ほど。月12万円ほどの和子さんの年金もありましたが、贅沢ができるほどの余裕はありません。そこに母の介護が加わり、大きな負担となりました。

それでも、親子二人三脚で生きてきた佐藤さんは、母を自宅で看取ることが親孝行だと信じ、デイサービスや訪問介護を組み合わせながら仕事を続けてきました。しかし、症状が進むにつれ和子さんの性格は攻撃的になり、深夜に大声を出したり、佐藤さんを泥棒扱いしたりすることが増えたといいます。

「一番辛かったのは、母から『あんた、誰?』と冷たい目で見られた時です。睡眠不足が続き、僕自身が会社でミスを連発するようになりました。ある夜、ついに感情が爆発してしまい、母を怒鳴りつけてしまった。その時、このままでは母に手を挙げてしまう、最悪の結果を選んでしまう……自分が壊れてしまう恐怖を感じたんです」

佐藤さんは、母を老人ホームへ入所させる決断を下しました。しかし、入所費用や今後の生活費を考えると、年金と給与だけでは心もとないことが判明します。悩んだ末、佐藤さんは親子二代で暮らした築40年の実家を売却することを決めました。

「母を施設に送り届けた帰り道、空っぽになった実家を見て、涙が止まりませんでした。親不孝者だと自分を責める気持ちは今もあります。でも、施設で穏やかな顔をしている母を見ると、これで良かったのだと言い聞かせるしかありません」

現在は、駅近くのワンルームマンションで一人暮らしを始めた佐藤さん。実家の売却益は、すべて母の介護費用と、自身の将来のための備えに充てられています。

「介護離職」を避けるための「実家売却」

総務省『令和4年就業構造基本調査』によると、過去1年間に介護・看護を理由に離職した人は約10.6万人にのぼり、そのなかでも40代から50代の「働き盛り」の層が高い割合を占めています。

介護者が独身者の場合、介護を分担するパートナーがいないため、経済的・精神的負担が一点に集中します。厚生労働省『介護保険事業状況報告』などを参考にすると、民間の有料老人ホームの入居一時金や月額利用料は地域や設備によって異なりますが、月額20万円を超えるケースも少なくありません。

ここで多くの人が突きつけられるのが、「どうやって介護費用を捻出するか」という切実な問題です。貯蓄を切り崩すのにも限界があるなか、佐藤さんのように「実家を売却して資金を作る」という選択は、現実的な手段となります。

佐藤さんの場合、すでに自宅は本人名義になっていたといいますが、一般的に注意が必要なのは「認知症による資産凍結」のリスクです。

親の判断能力が失われ、本人の意思確認ができないとみなされると、親名義の不動産の売却手続きは法律上、極めて困難になります。いざ「お金が必要だから家を売ろう」と思っても、制度の壁に阻まれて身動きが取れなくなるケースは少なくありません。

法務省が推進する「成年後見制度」や、事前に家族で管理を決め合っておく「家族信託」などの仕組みを、親が元気なうちから検討しておくことも選択肢のひとつです。

「親を捨てる」のではなく「専門家に託す」。この意識の切り替えと、早期の資金・法律面の確認こそが、親子共倒れを防ぐ鍵となります。