「バカを見たのは俺だけかよ」昼食代500円を死守した40年。退職金2,500万円の定年夫が知ってしまった、専業主婦妻が管理する〈我が家の通帳〉の中身【FPが解説】
「家計のことは妻にすべて任せている」仕事に邁進してきた昭和世代にとって、それは妻への信頼の証であり、一種の美学でもありました。しかし、お金の価値観のズレは、時間が経てば経つほど夫婦間の修復不可能な溝にもなり得るようです。本記事では、社会保険労務士法人エニシアFP共同代表の三藤桂子氏がAさんの事例とともに、家計管理のブラックボックス化が招く悲劇を読み解きます。※事例は、プライバシーのため一部脚色して記事化したものです。
物価が上がっても死守してきたワンコインランチ
Aさんは大学卒業後、都内の商社に就職。当時はバブル景気真っ只中、不動産や株価が天井知らずで高騰していた時代です。Aさんの初任給は当時の大卒男子の平均と同じ月14万円。Aさんが学生のころに、500円が紙幣から硬貨へと変わり、のちにサラリーマンの胃袋を支える「ワンコインランチ」が注目されるようになりました。
かつてワンコインランチといえば、安くてクオリティの高い料理やボリューム満点の料理が楽しめる代名詞でした。ワンコインランチが全盛期のころ、ランチの時間になると、のぼり旗を出してお客さんの呼び込みをしていたお店がたくさんあり、若き日のAさんもまた、休憩時間になると真っ先にそれを目指して街へ繰り出していました。
しかし、定年が近づくにつれ、500円でランチが食べられるお店は少なくなっていきました。近年の物価の上昇により、ワンコインで食事を済ませるには、会社近くのコンビニでおにぎりやサンドイッチと飲み物を購入するのが精いっぱい。いまでも探せばワンコインランチのお店があるかもしれませんが、多忙のなか、労力をかけて探す時間はありません。しかし、定年まで頑なに「昼食代500円」は死守してきたのです。
安泰の老後計画
部長にまで昇進したAさん。60歳の定年時に退職金2,500万円を受け取りました。年金の見込み額は、企業年金を含め、約280万円です。さらにAさんが65歳になると年下の妻がいる場合に加算される「加給年金(家族手当ともいわれる)」が約41万円つくため、年金総額は約320万円(月額約24万円)となります。
結婚以来、家計管理はすべて妻に任せていました。A家はお小遣い制。通帳とキャッシュカードは妻が管理し、Aさんは毎月決まった額のお小遣いを受け取るスタイルです。
「俺は稼ぐのが仕事、妻は家を守るのが仕事」そんな考えのAさんは、「男が家計の細かいことに口を出すのは野暮だ」という美学のようなものすら持っていました。一方で、老後に使える貯蓄はおそらく3,000万円はあるだろう、と算段を踏んでいました。いままでの努力の甲斐あって、老後は安泰と信じてやまなかったのです。夫婦の価値観は同じのはずだから――。
「現役時代は500円で我慢してきたが、これからは1,000円? 1,500円くらいの少し贅沢なランチをしてもいいかな」そう、これまでのご褒美に、妻をランチへ誘いました。
妻とのランチで覚えた違和感
妻が選んだのは、地元で人気のイタリアンでした。人気店だけに料理は美味しかったのですが、会計時、Aさんは耳を疑います。妻が予約していたのは、デザートとドリンクまでついたコース料理。一人3,000円だったのです。
(3,000円……俺の昼食代、1週間分以上じゃないか)
驚くAさんをよそに、妻は慣れた様子です。Aさんの妻はどちらかというと社交的で、以前からよく「今日は〇〇さんとランチ」「明後日はママ友と」と話していました。ふと、一抹の不安がよぎります。まさか毎回、この金額のランチを食べていたのだろうか……。
帰宅後、Aさんは妻が管理する通帳を確認することに。「あれ? 思っていたより少ないような気がする」A家の通帳は日常生活費として毎月の給与が入金されるようになっています。ところが、給与が振り込まれていたはずの生活費口座は、毎月のように残高が0円近くになっているのです。
「まあ、残ったお金は別の貯蓄用口座に移しているんだろう」そんな楽観的な希望は、家にあるすべての通帳を並べた瞬間、脆くも崩れ去りました。
定年夫が知ってしまった事実
総資産額は、Aさんが予想していた3,000万円を遥かに下回るものでした。妻に詰め寄り、クレジットカードの明細を確認すると、そこには衝撃の履歴が並んでいました。
1枚だけでなく、複数枚のカードからの高額な引き落とし。その内訳は、生活必需品などではありません。頻繁なランチ代、高級化粧品、嗜好品……。ブランドものを好む妻ではありません。日常の消耗品が高価だったようです。高額決済は毎月のように繰り返されていました。
「バカを見たのは、俺だけかよ」
来る日も来る日も500円玉を握りしめて働いてきた40年間。その我慢の結晶は、妻の優雅なランチ代に消えていたのです。
家計管理も透明性が必要
Aさんが味わったのは、単なる金銭的な損失だけではありません。自身の節約とは対照的な妻の散財を知ったとき、裏切りにも似た深い喪失感を覚えました。家計管理を妻に任せっきりにし、透明性が欠如したまま老後を迎えたことで、熟年夫婦の信頼関係が根底から揺るがされたのです。残りの人生をこの妻と過ごせるのか――。悩み抜いた末、Aさんは失われた老後資金を取り戻すため、再就職を決意しました。
「今後は生活費のみ妻に渡すことにします。離婚するにも財産分与や年金分割を考えると難しいです。ただし、価値観の違う妻には家計を任すことはできません」といっています。
Aさんの妻は悪意を持って散財していたわけではないかもしれません。 夫がお小遣い制で家計に関与しない期間が長すぎると、妻の中で「家計=自分のお金」という感覚が無意識に強まってしまうことがあります。Aさんが500円ランチで頑張っているあいだ、妻は「これが我が家の普通のランチ」として3,000円を使っていた。そこには悪気すらなく、ただ金銭感覚の断絶があっただけかもしれません。
Aさんのようなすれ違いを防ぐために、現役世代の夫婦が実践できる「程よい距離感」の家計管理は以下の3点です。
1. 「贅沢」の基準を話し合う
「ランチにいくら使うか」は個人の自由ですが、それが家計から出ている場合は別です。「たまの贅沢はいくらまでならOKか」「普段のランチはいくらか」など、具体的な数字を出して夫婦のものさしを揃えておくことが大切です。
2. 家計を「ブラックボックス」にしない
家計管理を妻(夫)に一任する場合でも、年に一度は総資産を確認する日を作りましょう。「いま、我が家にいくらあるのか」を共有することは、将来の不安を解消するための共同作業です。
3. 「お小遣い制」の見直し
夫だけがお小遣い制にするのではなく、妻の自由費も予算化することをお勧めします。家計の財布と、個人の楽しみのための財布をわけることで、使途不明金がなくなり、お互いにストレスなくお金を使えるようになります。
大切なのは、お互いの価値観を「見える化」すること。 定年後に「こんなはずじゃなかった」と後悔しないために、まずは「うちは老後、どんな生活がしたい?」と話してみることから始めてみてはいかがでしょうか。
〈参考〉
厚生労働省:企業規模、性、学歴別初任給額の推移(産業計)
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/01/kouzou7.html
三藤 桂子
社会保険労務士法人エニシアFP
共同代表
