数字をごまかした"嘘の黒字"を一発で見破った…"伝説の経営者"が現場を見ただけで赤字額まで言い当てたワケ
※本稿は、中野善壽『お金と銭』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。

■ビジネスを成功させるのは有能な人ではない
ビジネスを成功させる強いリーダーの条件とはなんでしょうか。もしも私が問われたら、「弱さと欠点を自覚すること」だと答えます。
なんでも器用にこなせる有能な人ほど、自分の力を過信しがちですが、たった一人の人間ができることなんて、たかが知れています。周りを見渡せば、いつもものごとがうまくいって成功している人はいるかもしれませんが、それも運や縁のおかげであって、本人の実力は10%程度です。
私がいつも思いつきをすぐに実現できるのも、周りで拾ってすぐに動いてくれる仲間がいるからです。人前では堂々としているように見えるかもしれませんが、家に帰って一人になれば情けない人間です。
2018年にドイツのモンブラン国際文化賞をいただいたときも、個人ではなく法人としての受賞の形で、チームを讃えていただくようにお願いをしました。それまでこの賞は、個人に授与されてきました。
■目には見えない力に感謝する
日本人ではオノ・ヨーコさんや小澤征爾さんなどが受賞されています。そのため、チームでの受賞は異例の扱いだったようですが、栄えある舞台で私を助けてくれた仲間が拍手を受けて誇らしい顔をしている様子が、私はとてもうれしかった。
忘れてはいけないのは、運や縁や恵みというものは“目には見えない”という事実です。目には見えないものを理解する努力は、欠かしてはいけないと私は思います。謙虚でいようと気を張る必要はなく、ただ単純に、無力で無知な自分を知って、見えない力に感謝する。
すると自然と、周りに人が集まってくれて、少しずつ力を貸してくれるようになるのです。その人たちとのつながりが、やがてチームとなって、事業で大きなことを成し遂げることも可能にします。
つまり、自分の弱さと欠点を知っているリーダーこそ、強いチームを生むチャンスを秘めている。だから私は、自分の弱さと欠点を隠さず、いつでも役割を分担してもらえる関係を築く努力を続けたいと思います。
■「簿記を勉強しなさい」と伝える理由
会社で一緒に働く若い仲間たちには、「簿記を勉強しなさい」と伝えています。ビジネスを動かすための基礎知識として、会計の数字を読み解く力は必須だからです。私自身も、鈴屋に入社することになったのを機に、一生懸命勉強をしました。

もともと数字の記憶力は高く、10年分くらいのPL(損益計算書)の流れは頭に入っています。
経営で大事なのは数字の「流れ」なので、数年単位での変化を読み解くことが重要です。一方で、「数字を信用し過ぎてはいけない」ということも伝えています。なぜなら手元にある数字はあくまで実績の記録であり、過去のデータに他なりません。
近頃は便利なAIの活用も盛んですが、AIが弾き出す未来予測や分析の根拠になっているものも過去のデータ。つまり、過去の延長線上でしか語られないものであり、アイデアの参考にするには非常に限られた情報になります。
私の感覚では、「未来」は予測可能なものではなく、目の前にある、対応しなければならないことに集中しているある日、突然バーン! と風景を変えてしまうようなもの。ものごとの始まりは、突然変異的にいきなり姿を変えた可能性だってゼロではないと思うのです。
■AI時代にこそ必要なスキルとは
地球や太陽の誕生だって同じです。AIに対抗できるのは、不完全で60点しか取れない人間です。宇宙の成り立ちの神秘を思えば、経営の進化もまた非連続的であるのが自然です。AI時代にこそ、「簿記」と「感性」の両輪を回していきましょう。
「簿記と感性」のバランス感覚について、もう少し具体的に話をしましょう。私ができるだけ現場に行って五感を使ってよく観察していることはすでに述べましたが、そのときに意識しているのが「数字との突き合わせ」です。
毎日持ち歩いている財布にいくら入っているかを把握するのと同じで、会社の数字についても最新のものが常に頭に入っています。そのうえで、現場を見たときに感じる違和感があれば見逃さないようにしています。
数字と現場はほぼ一致するものですが、稀に「数字では問題なさそうだったのに、実際にはこれなの?」と現場で空気感のギャップに気づくことがあるのです。
■数字上では黒字だったが実態は…
つい1年ほど前にも、ある事業の現場を見にいったときに違和感を抱きました。数字上では黒字だったのですが、現場を見ると少しおかしい。
「数字をとりつくろっていない?」
「そんなことはないはずですが……」
「そうかな。私には3000万くらいの赤字が出ているように見えるけれどね。念のため調べてください」
その日の夜、慌てた様子で電話がかかってきました。
「中野さんのおっしゃるとおりでした! たしかに3500万円の赤字が出ていました」
ほぼ正確な数字をなぜ言い当てることができたのか、いたって単純な話です。何人くらいの従業員が働いているのか、コストは月々どれくらいなのか、お客様は月に何人くらい入っていて、使っていただくお金の平均値はどれくらいなのか。
足し算と引き算と掛け算だけで済む算用です。
自分の財布の中身と同じように、会社の部門収支を頭に入れておけば、現場で感じた印象、空気感とのズレにもすぐに気づくことができます。商売の基本は、江戸時代から変わらない「入るを量り、出るを制す」。シンプルに考えることが、答えを導く最短の方法だと思います。

■モノの機能をアピールする時代は終わった
かつて、経営学者のドラッカーは「顧客を見よ」と説きました。しかし、「顧客の時代」は終わったと私は感じています。
今は、顧客ではなく「ファン」の時代。モノが十分に供給されていなかった時代には、モノを欲する顧客に対し、“機能”をアピールして顧客の数を増やすのがビジネスの成功につながりました。
時は過ぎ、ひととおりの機能が揃ったモノが隅々にまで行き渡る時代に、私たちは生きています。人々は、モノに機能だけではなく“自分だけが理解できる満足感”を求めるようになったのです。
心や感性への満足感でつながったストーリーです。
デキゴトを通じて、自分自身が感じる意味を見出すことを希望している人が増えているのかもしれません。また、原価を算出しやすい機能で勝負することはやがて価格競争につながりますが、満足感や誇りにつながるストーリーで勝負すれば価格競争とは無縁です。
「頑張ってお金を払ってでも求める豊かさや幸せ感、満足感とはなんなのか?」この問いについて考え続けることが、これからのビジネスには欠かせないはずです。
■多くの人に売れる商品ではいけない
お金をたくさん稼ぎたいときに、多くの人は「たくさんの人に売ればいい」と発想するのではないでしょうか。しかし、実は万人受けするものの価値、皆と同じモノという安心感の上に立った価値は長続きしません。

広く浅く受け取られた価値は、あっという間に飽きられてしまいます。狭く深く届く価値のほうがずっと強いのです。「大きい」「多い」という規模の原理だけで成功を語るのも間違っています。
1日50人分しか作れないけれど、「ここのおばあちゃんが作るお団子じゃないとダメなの」と熱烈なファンの行列が絶えない、街角の小さな和菓子屋さん。そんな「小さくて強い商売」がよいお手本です。
アパレル業界にいた頃、「無難なデザインのセーターを100枚売るよりも、どこにもないユニークなデザインのセーターを10枚売りたい」と考えていました。どこにもないものを作って売れるほうがうれしいし、楽しい気持ちになりませんか。
■「高くても買いたい」と思ってもらう
10倍の値段をつければ、売り上げは100枚売るのと同じです。原材料原価率も下がり、結果利益率も上がるので、給与を上げ、短い労働時間で効果的に良いものを作る時間を生み出し、関係する人々に豊かで幸せなゆったりとした時間を創ることが可能になります。
「高くてもこれを買いたい」と言ってくれる人に響く価値をつくるほうが、ビジネスとしてはるかに強く、豊かさや幸せ感につながるのです。
「これは私のために生まれた商品だ」
誰かにそう思ってもらえるものを目指すのが、ビジネスの根幹です。ユニフォームのような、人と同じものを着て安心する1億人よりも、ファンになってくれる1人を想像しながら、ものを作ったり、サービスを届けよう。私はいつもそんな構えで、仕事をしています。

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中野 善壽(なかの・よしひさ)
東方文化支援財団代表理事
1944年生まれ。伊勢丹、鈴屋を経て、1991年より台湾に渡り、中国力覇集団、遠東集団などの財閥系企業で経営者を歴任。2011年に寺田倉庫CEOに就任し、文化芸術分野との連携によるエリアリバイバルを実現。2018年、モンブラン国際文化賞受賞、東方文化支援財団を設立。2021年からは熱海の老舗リゾート「ACAO SPA&RESORT」の創生に携わった。現在は若手経営者のための私塾「中野塾」を主宰し、次世代に知見を還元する活動も行う。著書に『ぜんぶ、すてれば』『お金と銭』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『孤独からはじめよう』(ダイヤモンド社)など。物質的な豊かさにとらわれず、精神的・文化的価値に重きを置いた経営哲学や生き方が共感を呼んでいる。
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(東方文化支援財団代表理事 中野 善壽)
