【コロナ第5波、米中対立】非常時の統治をどう進めるか?問われる経営者の『覚悟』(その1)
国同士の利害対立は常に存在するが、それを『平和の祭典』として”1つの場”に集まるという五輪の精神と使命は、国のあり方、企業や個人の生き方とも重なり合う。米中対立の時代にあって、日本の立ち位置をどこに求めるか、また経済人の使命とは何か。日本の課題として、デジタル化の遅れがある。コロナ対応で不手際を招くなど課題も多い。東芝のガバナンス、三菱電機の不正検査問題などの不祥事も続く。自立・自律に基づく統治能力、何より経営者の覚悟が問われている。
本誌主幹
文=村田 博文
200超の国・地域から選手団が集う意義
「開催直前まで、日本国内では反対論も多かったが、今回の東京大会には200を超える国や地域から史上最高の選手団が参加した。同じコロナ禍に苦しむ世界中の人たちがこれだけスポーツの祭典に集まったんだということ。ぜひ、閉会式(8月8日)まで、各選手の踏ん張りで感動を与えてほしい」
某経営者の述懐である。
コロナ危機の中で開催が危ぶまれた今回の東京五輪だが、無観客ながらも、各国選手団とテレビ中継を見ている人たちが心を1つにできたことに意義があるということである。
この稿を書いているのは開会式直後。これから8月8日の閉会式まで、逆境の中で自分の技を磨いてきたアスリートたちには、さまざまな感動を生み出してほしいと思う。
開会式典の翌日、某紙には『逆境の祭典』という大見出しが付けられていたが、逆境は常
に人の生活に付きまとう。
平和時と多くの人々が認識していても、世界のどこかで内戦、紛争、テロは起きているという歴史的現実。逆境と順境は交互にやって来るのではなく、順境と思う時にも、転落や崩壊の兆しはあり、それが膨らんだ時に逆境となる。いわば逆境と順境はいつの時代も同居している。
順境の時に、逆境となる兆しをウォッチし、その芽を摘み取るか、それへの備えをしていく。逆境の時は、そこで諦めたり、落ち込むのではなく、耐え抜きながら、反転していくきっかけをつかみ取る。
これは、アスリートが日々体験していること。一流選手ほどもがき苦しむ体験をしており、そうした逆境を乗り越えていく姿に、人々は感動を覚える。
今回、コロナ危機の中で開かれた第32回東京大会は、そのような意味で注目される大会となった。
アスリートたちも、国内世論が真っ二つに割れる中、果たして「出場していいものかどうか」と思い悩んだ。
感染症拡大への不安はもちろんある。しかし、可能な限りの手を打ち、『平和の祭典』をやり遂げようという試みは、文字どおり世界が1つになるという意味で意義深いと言えよう。
常に危機は存在する!
今は、さまざまなリスクが存在し、それが危機として顕在化する可能性が高まる。コロナ禍、異常気象、それに米中対立という問題もある。気候変動によって、自然災害が増えているのもその1つ。
大水害は日本やモンスーン地帯のアジアで多発しているが、それだけではなく、最近は欧州でも出始めた。最近、ドイツ西部で1時間に200㍉の大雨が降るなど、未曾有の自然災害が発生。北米の山火事もあるし、どう考えても気候変動の影響としか考えられない。
