トイレタリー事業は化粧品事業と違って卸店を通じた流通形態なので、主力の『TSUBAKI』をリニューアルして積極的に広告宣伝を展開したり、もう一度基盤づくりをしました。

 そのうち中国向けのパーソナルケア事業が伸びて、全体ではまた1000億円規模の事業になっていますが、事業の将来を見据えたとき、ビジネス全体を俯瞰するとどうしても優先順位が低くなってしまう。

 研究開発でも化粧品関連の肌研究はものすごくやっていますが、トイレタリー系の研究は二の次になってしまうことがある。

 厳しい競争環境のなか、開発だけでなく、広告宣伝費もやはり化粧品が優先になる。

 そうなると、ここにいる社員は、どうやって夢を持つのかと。資生堂の社員という所属意識だけでなく、モチベーション高く、自分たちの事業に誇りを持てるか。自分のキャリアアップができるか。この課題を何とかしたいとずっと考えていました。

 ── 資生堂の中にいる意味を社員の立場になって考えたと。

 魚谷 そうです。それから、2つめの側面は創業の原点です。特に化粧品事業を本格的に始めた初代社長の福原信三さんは芸術家を志した人で、化粧品は女性に夢を提供するビジネスなので品質はもちろん、パッケージや広告も〝憧れ感〟を持てる商品にしようと芸術大学の人にデザインをお願いするなど、すべてにこだわってモノづくりをしてきました。こうして化粧品の持つ価値を創出したことが資生堂の発展の基盤になっています。

 その後、現在の「ビューティーコンサルタント(BC)」の前身となる「ミスシセイドウ」を育成してお客様の肌の状況を見て化粧品の使い方をお伝えする付加価値の高いビジネスモデルを構築しました。

 それから90年近く経ったいま、国内に9000人、全世界に2万人のBCがいるので、その分、固定費の人件費が非常に大きくなりますが、この人たちが実は化粧品事業の根幹を支える付加価値なんです。

 ですから、そういうことが資生堂の原点としてあるとしたらパーソナルケア事業は日本の高度成長期にかなりの発展をしたけれど、これから先を考えると、やはり高い付加価値の美を追求する会社ということになります。

 進化が著しいデジタル技術を活用しつつ、BCを中心とするカウンセリング主体の事業モデルを、日本だけでなく、世界で展開していくべきであろうと。

 トイレタリーというのは大量生産型で、価格帯も事業モデルも化粧品とは全く違うので、資生堂は創業の原点のところに集中することにして、トイレタリーはその事業に集中して取り組める環境を作るべきだと決断をしました。

 ただし、わたしは事業売却という言葉には若干違和感を持っています。確かにパーソナルケア事業を1600億円で譲渡するわけですが、わたしたちも新会社に対して間接的に35%を出資します。これは最初から考えていたことです。

角川ドワンゴが進めるデジタル時代の「新しい教育」のカタチ

 ── 35%の意味は?

 魚谷 35 %というのは、非常に重要な意思決定に関わる立場です。当社にとっても大きな出資になりますから運命共同体であると。

 ですから、この会社が、トイレタリー専業の会社として、R&Dもマーケティングも自分たちで運営し、資生堂に依存するのではなく、自立して、夢を持てる会社になるまでサポートしていきます。資生堂の中では優先順位が低くても、この会社では積極的に投資をすると。

 それからCVC社は海外の実績を見ても、長期的な視点で投資し、いい会社に育て、できれば上場を実現したいという会社です。よくいわれる短期的なファンドとは中身が違うことも確認していますし、社員の雇用や報酬条件もすべてそのまま移管することも保障しています。

 単なる売却ではない、新しいビジネススキームであることをご理解いただきたいのです。


はやくから進出し成功した中国事業

 ── 資生堂は中国でも人気のブランドですが、改めて中国事業の考え方を聞かせて下さい。

 魚谷 資生堂は1981年に中国の北京で販売を開始しています。日本企業としてはかなり早い時期で、福原義春さん(現・名誉会長)は〝井戸を掘った人〟として北京市の名誉市民にもなっています。福原さんがスタートされて、中国で資生堂が化粧文化を根付かせ、信頼される名前になったことは大事な財産になっています。

 ── 漢字の社名にも馴染みがあるのかもしれないですね。

 魚谷 そうですね。社名はもともと中国の古典「易経」から付けたこともあります。商品については最初から、高級化粧品を中心に扱っていたので、資生堂は技術力が高くて、効果も高い、良い化粧品だと中国の方に評価されています。

 資生堂に続く形で海外メーカーが参入し、今、大変な競争状態になっていますが、それでもなお大きな可能性を感じています。おかげ様でこの数年間、中国事業は2000億円を超える売上規模に成長しています。わたしが入った頃の倍以上の規模になり、さらに伸長しています。

 また、中国はデジタル分野の発展した国なので、Eコマースなどのビジネスモデルについても、とても参考になることが多いんです。中国国内向けには、北京や上海に生産工場がありますが、日本の工場で作った商品も中国に輸出しているので、今後増加するニーズに応えるため、この3年間で、日本に新たな工場を3つ竣工するという大きな投資をしています。

 日本のメーカーである資生堂が、グローバルでいろいろな地域のニーズを取り入れた商品を開発することはとても重要ですが、メイドインジャパンの価値と、高い製造品質の管理を通じて、より一層、ブランド価値を磨いていきたいと思っています。




資生堂社長兼CEO
魚谷 雅彦
Uotani Masahiko

うおたに・まさひこ
1954年6月奈良県生まれ。1977年同志社大学卒業後、ライオン入社。
83年コロンビア大学でMBA取得。その後、シティバンク、クラフト・ジャパン(現・モンデリーズ・ジャパン)を経て、
94年日本コカ・コーラに取締役上級副社長・マーケティング本部長として入社、2001年10月同社社長、06年会長。
07年ブランドヴィジョンを設立して社長に就任。13年4月資生堂マーケティング統括顧問、14年4月執行役員社長、
同年6月代表取締役に就任。