もう少しだ!  もう少しがんばれ!  もうじきすぐに楽になる!

 コージは虚ろな目で天井を睨み、口に装填されたマスクをひっぺがし、荒い息を吸い、すぐ又口につけた。その動作を何度もくり返した。

 こんなむごいことがあっていいのだろうか!  鼻につき上げる涙をおさえながら心の中で僕は思っていた。

 胃カメラを飲むという検査の時ですら、今病院では点滴によって意識のレベルを下げてくれ、全く苦痛なく挿管してくれる。今の医学はそこまでできる。できる筈なのに死を前にして彼はここまでのたうちまわっている。彼の意識はしっかり生きている。生きて苦痛の極限にいる。医学は人命を救うことを究極の目的としているというが、今目の前にくり拡げられていることは、人道的と果たして言えるのだろうか。楽にできるのにしてやらないこと。これは拷問であり、明らかに非人道的行為である。こんなむごいことが許されていいのだろうか!

 2時間程、彼の手をさすり続け、荒い呼吸音が少しおさまったのを見て、僕はもう居たたまれず病室を後にした。



 家に帰っても眠れなかった。

 様々なことが頭に飛来した。
 
 86年人生を生きて様々な死に僕は立ち会っている。祖父の死、父の死、祖母の死、伯母の死。それぞれがそれなりの苦しみを経て、最後の息を必死で吸おうとし、それが吸えなくて息絶えた。だが今回のコージの姿は、かつて見た中で類のない程、凄惨で残酷な時間だった。

 これは僻地の病院の事件で、しかも深夜の出来事であり、更にはコロナで逼迫し疲弊し果てている医療態勢の中でのことだったから致し方のないことだったのだろうか。

 僕にはそうは思えなかった。

 断わっておくが、その晩必死で対応してくれた看護師、遠くから指示を出してくれた医師、それらの医療関係者の対応を責めるつもりは毛頭ない。

 僕のもっともひっかかるのは人命尊重という古来の四文字を未だに唯一の金科玉条とし、苦痛からの解放というもう一つの大きな使命である筈の医学の本分というものを、医が忘れてはいまいかということである。

 人工呼吸、胃漏、透析、エクモ、エトセトラ。医学は目を見張る進歩を遂げ、人の生命を永びかせた。その功績は無論認める。しかし命を永びかせる、そのことに余りにこだわりすぎたため、植物人間の存在を生み、物理的生存を重視するあまり、たとえば尊厳死、安楽死の問題をタブーという檻の中に閉じこめて真剣な議論の俎上にすらのせないで逃げている。そのことに僕は違和感を感じる。

 果たして医はそういうものでいいのだろうか。

 たとえばコロナによる医療崩壊。

 入る病院が見つからなくて救急車で何軒もたらい廻しにされ、あるいは医師の手に触れることも叶わず、家庭で死を迎える不幸な患者。彼らはどんな死と対面するのだろう。それはやっぱりコージのような、のたうち廻っての死になるのだろうか。

 医学にその技術がないなら仕方ない。しかし、あるのに使ってもらえない。意識のレベルを下げることができるのに延命のためにそれも用いない。そういう延命はごめん蒙りたい。苦しさから解放され、一気に死にたい。そのために僕は、尊厳死協会に入会している。コージもまたそのために入会していた。

 その日の昼すぎ、コージはやっと息を引き取った。

 よかった!

 おつかれ様!

 という言葉しか、僕の頭には浮かばなかった。



 四十数年前、富良野に移住を決意したとき、一番先に僕のしたことは、町を歩いて病院の所在を確認したことである。

 町の中央にさほど大きくない、富良野協会病院という総合病院があった。それは都会で見るような近代的な大病院ではなく、恐らく設備や医療のレベルも最先端の都会のものに比べて何年か遅れたものだろうと思われたが、此処に移住を決意した以上、何年か遅れの医療の基準で命を終えれば良いのだと覚悟した。

 今その病院は建て直されて、四十年前とは比較にならない設備と医療を備えた新しいものに生まれ変わっている。だがその病院で僕はコージの、最後の日の苦しみに立ち会ったのである。それが僻地の病院だからとは、僕は断じて思わない。

 それは医術の進歩とは関係ない、医学という一つの学問の中での思考のあやまり、いわば哲学の欠如である気がする。

 そのことに僕は今、口惜しさと怒りを噛みしめている。