1カ月以上も狭い密室で生活する潜水艦では、どうやってストレスを解消しているのか――。

【画像】海上自衛隊の潜水艦内の3段ベッドはこんなに狭い

 新型コロナウイルス感染拡大を受けて、安倍晋三首相は4月7日に「緊急事態宣言」を発令し、7都府県を対象に不要不急の外出自粛を要請。会見では「オフィスでの仕事は原則自宅で行うようにしてほしい」とも述べ、テレワークが全国的に広がりつつある。急に始まった“巣ごもり”生活で募るストレスを、どうコントロールすればよいのか。

 潜水艦で12年間任務にあたり、潜水艦「はやしお」艦長などを務めた元海将、伊藤俊幸氏(金沢工業大学虎ノ門大学院教授)に、海上自衛隊流のストレス・コントロール術を聞いた。(初出:2020年3月20日)


在宅ストレスの鍵を握るのはカレーとロッキー? ©iStock.com / getty

潜水艦での生活はどうなっているのか

 私が長い時間を過ごした潜水艦での生活は、文字通りの「閉鎖空間」です。しかし、どんな毎日なのかイメージできない人も多いでしょう。まずはそこからお話しします。

 潜水艦は、20代から50代までの立場も年齢も違う乗員約70人で航海しています。任務によっては1ヵ月以上、狭い密室で共同生活を送ります。

 それだけの人数が集まっていますが、嵐の日でも船体は揺れずとても静かです。居場所を悟られてはいけない潜水艦にとって、食器が棚に当たった音ひとつで敵に位置が知られてしまうので、艦内で音を立てることは厳禁。加えて、酸素も限られていますから、有酸素運動はおろか体操も難しい環境です。

 位置を知られてはいけない以上、電波も発信できません。家族と連絡を取ることも出来ず、インターネットもつながりません。出港後は、本部と連絡を取ることさえほぼない。当然、太陽の光を浴びることもありません。

 日本は世界第6位の排他的経済水域の広さを誇る海洋国家です。そんな広大な範囲を舞台に、過酷な環境のなかで日夜、失敗の許されない任務が課せられています。考えただけで息が詰まるストレスフルな環境です。気性が荒いもの同士の小競り合いも日常茶飯事ではないかと思うかも知れません。

 しかし、航海中に大きなトラブルは起こりません。それは、なぜなのでしょうか?

食堂で『ロッキー』を鑑賞して気分転換

 私の艦長時代、乗員のストレスをコントロールするためにしていたことで、まず思い出すのは、彼らに「任務以外のことに頭を切り替える時間」を与えていたことです。

 閉鎖空間にいるからこそ、潜水艦内のことではない全く別のことに意識を向けさせる。緊張状態が長く続くと、自律神経にも悪影響を及ぼします。半ば強制的に「いま船のなかにいる」ということから頭を切り替える必要があるのです。

 そこで重宝したのが、映画鑑賞でした。出港前に基地に常備されているDVDを借りこみ、食堂で上映します。映画が始まると、任務が終わった乗員が次々に集まり、途中からでも同じ画面を見る。音を出してはいけませんから、全員がヘッドフォン姿。しーんと静まりかえった、ヘッドフォン姿の自衛官で埋め尽くされる薄暗い食堂……。想像すると異様な光景かも知れませんが、こうして映画の世界に没入します。

 私が勤務していた頃は『ロッキー』など、流行のハリウッド映画をよく見ました。涙腺の緩い私は、見終わった後につい感動して涙を流してしまいましたが、泣くとスッキリして効果的でした。

 ほかにも、私たちの頃はトランプを持ち込んでブラックジャックなどに興じていました。いまの乗員たちはゲーム機も持ち込んでいるようです。単に娯楽ということではなく、ストレスをコントロールするうえで、いつもと違うことに没頭する時間は非常に重要なのです。

 ある研究で自殺の多い都市について調査したところ、その都市は「職住近接」が進んでいて「通勤がない」ことが大きなストレス要因となっていたそうです。これも映画鑑賞と同じ理屈でしょう。職場と住居との間で「切り替え」ができないと、ずっとひとつのことに意識が向けられて、ストレスのかかった状態が続いてしまう。在宅ワークが求められているいまだからこそ、大切な視点だと思います。

充実した食事で生活リズムを作る

 ストレス対策において、もうひとつ大きなポイントだったのは「食事」です。

 新しく艦長に着任した際、下士官たちから真っ先に「料理長を替えてください!」と要望が上がったことがありました。なぜはじめの要望が料理長なのかと疑問に思いましたが、いざ人が替わってみると、それまで出来合だったハンバーグが手ごねに変わり、すべての食事が目に見えておいしくなった。艦内の空気はがらりと変わり、みんな生き生きとし始めたのがわかりました。

 冗談みたいな話ですが、食事は士気に直結する要因です。実際、潜水艦乗員の「糧食費」は海上自衛隊の他の隊より多く設定されています。それだけ、自衛隊のなかでも食事はストレスに大きく関わっていると理解されているのです。

 潜水艦では、夜食も含めた1日4食が用意されています。特に、私の船では月曜日の夜はステーキでした。みんなこれが楽しみで、当日は朝からいつも以上の活気にあふれていました。

 こういうと、「良い物さえ食べればいいのか」と思われるかも知れませんが、時間も大切です。食事は気分を切り替えるメリハリにもなりますし、生活のリズムを作る上でも大きなきっかけになります。

 潜水艦では、6時間の3交代制でシフトを回しています。1日に6時間ずつ生活がずれるので、勤務次第では明け方に就寝する人もいます。しかし、朝のトーストにはじまり、昼、夜、夜食が絶対時間で規則正しく出る。人によっては寝る前にトーストを食べる人もいますが、食事が決まった時間で出るので、そこから自分なりにリズムを整えていくのです。

 余談ですが、海上自衛隊で食事の話をすると、「曜日がわからなくなるので、金曜日にカレーを食べている」という逸話を思い出す人もいるかもしれません。実は、あれは間違いです。

 土曜日が午前勤務だけの「半ドン」だったころ、乗員がすぐ帰宅できるように、土曜の昼食は1週間の残った具材を一気に煮込めて、後片付けも簡単なカレーにしていた。それが週休2日制になり金曜日にスライドした、というのが本当の理由です。

艦長が野菜のみじん切りをする職場

 さらに、ストレス対策として、私が艦長として最も大切にしていたことがあります。それは、乗員に「こんなことを言ったら叱責されるのでは……」という不安を感じさせず、自分で考え、自由に発言・行動できる状態を作ることです。集団の「心理的安全性」が確保されている状態をどう作るのか、を常に意識していました。

 自衛隊というと、上官の命令が絶対で、厳しい規律でがんじがらめになっているというイメージを持つ人もいるかも知れません。しかし、現実の潜水艦は違います。むしろ、上官がトップダウンで締めつけることは非常に危険。乗員が一斉に同じ方向を向いてしまうと、ひとりひとりが自分の頭で考えなくなり、重大なミスにつながりかねません。地上ではトイレットペーパーの買い占めで済むかも知れませんが、潜水艦ではひとつ間違うだけで、即人命を左右する大事故が起こってしまいます。

 つまり閉鎖空間だからこそ、何でも言い合える環境が大切なのです。階級意識が非常に希薄で上官にも自由に意見を進言し、艦長もそれに対して否定をしません。「了解」か「待て」というだけ。戦場では最後まで艦長が生きている保障はありませんから、誰もが「自分ならこの艦をどうするか」と考える必要があるのです。

 艦の設計も、乗員同士のコミュニケーションが取りやすいよう作られています。士官室も、廊下沿いにあって、扉も開いていますから、行き来する下士官からも丸見えです。艦長の私が厨房に立ち寄ったら、「暇だったら手伝ってください!」と言われ、野菜のみじん切りを手伝ったこともありました。それほどフラットな関係でした。

 こうしたリーダーの形を「サーバント・リーダー」といいます。自らが先導するのではなく、召使いのように乗務員たちが自発的に行動できるように支えていくやり方は、組織が最終的に成果を出すうえでも大切なものです。

 閉鎖空間では、飛び交う情報にただ従ってしまうのではなく、自分の頭で考えて自分なりの意見を持ち、それを自由にコミュニケーションしていくことが欠かせません。

本当に辛い人には無理をさせない

 もともと潜水艦乗りに選ばれるのは、CAS(Cattele Anxiety Scale)と呼ばれる心理テストでストレス耐性が非常に高いと認定された、いわば“楽天家”のメンバーに限られています。

 それでも、潜水艦という職場は特殊な環境です。なかには不調を訴える乗員もいます。

 ある出港初日の夜、艦長室にいる私を訪ねてきた若い乗員がいました。真っ青な顔をして「自分は初めて潜水艦に乗るのですが、いま海のなかにいると思うと不安でたまりません」と打ち明けはじめたのです。先輩たちに相談し、それでも解決することが出来ず、思い詰めて艦長室に来たのでしょう。これはただごとではないと判断し、すぐに本部に連絡。深夜ではありましたが潜水艦を浮上させ、要請したヘリで下船させました。

 極端な対応だと思われるかも知れませんが、潜水艦では誰もが大きな責任を抱えています。船の浮沈を決めるバルブを握るのは一部の上官だけの仕事ではありません。もし追い込まれた乗員が、操作中にパニックを起こして船を急浮上させるようなことがあれば、大事故になる。なだめて「がんばれ」ということが、逆効果にもなりかねません。「無理だ」というシグナルは、見逃すわけにいかないのです。

 究極の閉鎖空間だからこそ、乗員が互いの技術や人格を信頼し、上下関係を正しく意識しながら誰もが自分で考えて意見をいえることが大切です。

 いま、新型コロナウイルスの蔓延で特殊な環境にある私たちも、思い詰めることなく、うまく気分を切り替えながら、ひとつひとつ自分の頭で考えて行動することが必要なのかも知れません。

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