マスクをして街を歩く北朝鮮の女性(首都平壌で、2月26日、写真:AP/アフロ)


 北朝鮮は米国などによる制裁に加え、1990年代の飢餓以来、穀物生産が最悪の落ち込みを見せており、約1000万人(人口2489万人の約40%)が深刻な食料不足に陥っていると見られる。

 金正日が政権継承直後の1995年から98年にかけて約300万人が餓死したが、現在、金正恩朝鮮労働党委員長の下でも、深刻な食糧不足の危機が差し迫っている。

 中国で発生した新型肺炎は、それに追い打ちをかけるように北朝鮮に「ダブルパンチ」を見舞う可能性がある。

 新型肺炎拡大で中国から北朝鮮向けの物流が途絶し、食糧を含む支援が大幅に低下する事態となり、北朝鮮人民は文字通り「命綱」が絶たれる事態になった。

 それに加え、北朝鮮国内で新型肺炎の感染が拡大すれば、食糧不足で免疫力が低下した人民は夥しい犠牲を強いられる恐れがある。

 食糧不足による飢餓の深刻化と新肺炎による夥しい人命の犠牲は、金王朝(金正恩)の体制崩壊につながる可能性がある。

 本稿では、北朝鮮の体制崩壊事態がいかに生起し、その後どのように展開するのか、具体的に分析をしてみたい。

[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]

北朝鮮の体制崩壊3つのシナリオ

 飢餓と新型肺炎によるダメージが起因する北朝鮮の体制崩壊のシナリオは無数にあるだろう。本稿では筆者が最も可能性が高いと思う3つのシナリオについて分析する。

 筆者の考えるシナリオは以下のとおりである。図と併せてご覧いただきたい。

シナリオ1:飢餓と新型肺炎などの蔓延により暴動・反乱が生起し、最終的には金正恩が殺害される場合。

 ルーマニア革命(東欧革命の中で唯一多数の市民の流血を伴った革命)がモデル。後継体制がスムーズに決まる場合と抗争・内紛に発展するケースがあろう。

シナリオ2:金正恩氏が死亡(病死、事故死、暗殺など)した場合。

 金日成・正日の死亡がそのモデル。後継者がすんなりと決定する場合と抗争・内紛に発展するケースがあろう。

シナリオ3:図の通り、シナリオ1もシナリオ2も共に金正恩氏の死亡・暗殺以降は、同じ推移(仝綏兌圓スムーズに決まる場合と抗争・内紛が起こる場合に分かれる)を辿ることになる。

 それゆえ、本稿では「金正恩氏殺害から内紛抗争に至るまで(シナリオ1)」、「金正恩氏死亡から内紛抗争に至るまで(シナリオ2)」および「内紛・抗争以降の展開について(シナリオ3)」という3つの区分で説明することにする。

新型肺炎の流行で暴動発生(シナリオ1)

 シナリオ1は、北朝鮮人民は、飢餓と新型肺炎による死の恐怖が引き金となって、暴動や反乱が起こり金正恩氏を殺害するという展開である。

 飢餓の苦しみと新型肺炎による死の恐怖が金正恩氏による弾圧よりも勝れば、人民は金正恩に挑戦する道を選ぶことになる。

 このシナリオを理解するうえで参考になるのはルーマニア革命であろう。

チャウシェスクのルーマニアと北朝鮮は酷似

 ルーマニアはチャウシェスク個人の独裁国家であり「チャウシェスク王朝」と呼ばれた。

 この点、3代にわたり続いている「金王朝」と瓜二つだ。

 2つの王朝は、「経済の疲弊で苦しむ人民と、贅の限りを尽くす独裁者で、人民怨嗟の的」という点でも酷似している。

 金正日は、チャウシェスク夫妻が軍により処刑される映像を見て戦慄したといわれるがそれは、自分と人民の関係がチャウシェスクと同じであることが理由だったからではないか。

 ルーマニアでは、1980年代に入ると経済政策で失敗し、国内経済の疲弊が始まった。

 チャウシェスクは、対外債務の返済のために外貨を稼ぐ目的で国内の消費を切りつめて輸入を抑制する一方、国民の生活必要物資の輸出までも強行した(飢餓輸出)。

 これにより、国民の生活水準は著しく低下し、多くの国民は飢餓状態に陥り、燃料にも困る状態になった。

 その一方で、チャウシェスク自身は豪華な宮殿を建設し、一族を要職に就けるなど国民生活を無視するような政治を続け、国民の間では独裁政権に対しての不満が日増しに強くなった。

 この有様は、国民生活を犠牲にして贅の小限りを尽くす金王朝3代と酷似している。

ルーマニア革命の経緯

 1989年12月16日、ルーマニア西部辺境のティミショアラでデモが発生した。これに対して治安警察が発砲、多数の死傷者が出た。

 12月21日 、首都ブカレストで約10万人を動員した翼賛集会でチャウシェスクの演説中にティミショアラ事件に抗議する若者2人が2発の爆弾を爆発させた。

 この様子は、国営放送で生中継されていたが、群集が爆発でパニック状態になっている姿を見てチャウシェスクがたじろぐ姿が映し出された。

 この爆発が引き金となって「チャウシェスク翼賛集会」が真逆の「独裁への抗議集会」に激変した。

 これに対して治安警察が発砲し、多数の死傷者を出す事態となった。軍隊も動員されたが、車両で抗議集会の妨害をする程度にとどまり、直接市民を殺傷することはなかった。

 この状態に危機感を覚えたチャウシェスクはミリャ国防相に対し、軍隊による群集への発砲を指示した。

 国防相はこの命令を拒否したためチャウシェスクの逆鱗に触れ、その後ミリャは自室で死体となって発見された。

 翌日、国営放送は「国防相が自殺した」と報じたが、市民の間では「処刑」の噂が広まった。

 軍首脳の中にも国防相処刑説が広がり、これが大統領に反旗を翻すきっかけとなった。同日夜には軍隊が広場に集まる市民の側に立ち、共産党本部等の政府機関の占拠が始まった。

 12月22日、チャウシェスクはブカレストから脱出し、政権は崩壊した。

 チャウシェスクは妻や側近と共にヘリコプターでの脱出を図ったが、逃亡劇において多くの裏切りに遭いついには逮捕された。

 12月25日、チャウシェスク夫妻は「大量虐殺と不正蓄財の罪」により死刑判決を受け、即日銃殺刑が執行された。

 ルーマニア革命の注目点は、

.船礇Ε轡Д好の暴政に国民の不満が沸点近くまで上昇していたこと

軍がチャウシェスク側から国民側に転じたこと

ソ連が介入する意思も能力もなかったこと

 の3点である。

飢餓と新型肺炎で暴動・反乱が起き金正恩氏が殺害される場合

 ルーマニア革命前夜のように、北朝鮮は金王朝3代にわたり、人民は圧政・飢餓などに苦しんでいる。

 それに耐えられずに脱北する者も後を絶たない。その点では、ルーマニアと同じように、機会さえあれば金正恩体制に対して暴動や反乱を起こす下地は出来上がっている。

 それに対して、金王朝3代は国民に対する監視・統治を強化し、軍を手懐け、軍は人民の暴動・反乱を封殺してきた。

 しかし、飢餓と新型肺炎(コレラや結核も)の蔓延が深刻化すれば、人民の暴動や軍の反乱が自然発生的に起こる可能性がある。

 その様相は、ルーマニア革命がヒントになろう。

 首都平壌から程遠い、国境の僻地で起きた小規模デモが平壌に飛び火し、首都を中心に燃え上り、金体制を打倒しようという大規模な暴動・反乱に発展するケースだ。

 その際、金正恩氏は、父の金正日が「先軍政治」で手懐けたはずの人民軍に鎮圧を命ずるが、軍やそれに背いて人民側に与する。

 挙句には、軍と人民は手を組んで金正恩氏を処刑するというシナリオだ。

 人民の暴動・反乱のほかに、軍のクーデターが考えられる。実は、これまでにも何度かクーデター未遂が起きている。

 1992年には、軍のソ連留学組のエリートが中心となり、金日成・正日親子の暗殺を計画した。

 1994年には朝鮮人民軍第6軍団が蜂起を計画したが、いずれも実行前に情報が漏れ、制圧されている。

 もしも、金正恩氏が処刑されることなれば、その後は金正恩体制に替わる権力体制がスムーズに確立される場合と、抗争・内紛に発展する場合とがあろう。

金正恩死亡の場合(シナリオ2)

 シナリオ2は、金正恩氏が、病気、事故、暗殺などで死亡するという展開である。

 新型肺炎で金正恩氏が死亡する可能性は低い。とはいえ、彼が過度の肥満であるのは明白で、糖尿病の疑いもあるほか、心臓・腎臓疾患という家族歴もある。

 そんな彼に、飢餓に加え新型肺炎の流行で人民の死亡が激増する事態になれば彼に対する怨嗟の声は高まるのは必至だ。

 それが彼のストレスを高め、健康を損なうリスクに繋がる。

 また、3代も続く金王朝政権は、体制を維持するために鎖国状態を続けているが、今に至るも人民の生活を改善できる展望が開けない。

 人民の不満を背景にレジームチェンジを図る目的で、金正恩氏の暗殺を狙うグループが出てくるのは当然だ。

 北朝鮮が「お荷物」と感じる中国はそれを狙っている可能性もある。

 金日成、正日が死亡した際は、「白頭山の血筋」を引く後継者が決まっていた。

 しかし、金正恩には3人の子供がいると言われるが、後を継ぐには早い。まるで、豊臣秀吉と秀頼の関係に似ている。

 それゆえ、金正恩氏が死んだら後継者問題は難題になろう。金正恩が重用している妹の金与正(キム・ヨジョン)が過渡的な「女帝」になる選択肢もある。

 しかし、金正恩氏が後継する際に後ろ盾となった叔母の金敬姫とその夫の張成沢のような後見人は見当たらない。

 現状から判断すれば、後継問題で紛糾し、抗争・内紛が始まる可能性は高い。

内紛・抗争以降の展開について(シナリオ3)

 シナリオ3においては、後継体制を巡り抗争する北朝鮮内の各派閥に加え利害関係を持つ米国、中国、ロシア、韓国が深く関わることになろう。紙幅の関係で要点のみ簡潔に述べる。

内紛・抗争後の展望

 北朝鮮内の各派閥に加え利害関係を持つ米国、中国、ロシア、韓国が関わる抗争・内紛は、次の3つに収束するパターンが考えられる。

 塀祥萃未蝓某特翅寮の誕生

韓国による統合

C羚颪砲茲詈珊

 これらに加えて、最悪の場合は

ぢ2次朝鮮戦争にエスカレートする可能性も排除できない。

 また、「韓国による統合」の場合も「統一朝鮮国家(仮称)」の外交スタンスは「中立」「親米」「親中」のパターンが考えられるが、地政学的に見て「親中」となる可能性が高いだろう。

コップの中の嵐:中国の影響が支配的

 朝鮮戦争以来70年近くも続いた半島を「韓国と北朝鮮に分断した枠組み」は米国、中国、ロシア、韓国が受け入れられるものであった。

 シナリオ1・2のように、金正恩氏が死亡して体制が崩壊しても、これらの4国は基本的には、北朝鮮の内紛・抗争を「コップの中の嵐」に留め、後継体制がスムーズに決まることを望むだろう。

 これまで中国が北朝鮮の事実上の宗主国であった関係から、後継体制の決定は中国の強い影響下に置かれるだろう。

波乱要素:第2次朝鮮戦争の芽

 米国と韓国は、北朝鮮におけるクーデター、革命、大規模亡命・大量脱北、大量破壊兵器流出、北朝鮮国内における韓国人人質事件、大規模自然災害、その他「体制を動揺させる急激な変化」が発生した場合に備えて作戦計画5029(OPLAN 5029)を策定済である。

 冷静に判断すれば、韓国の経済力・人口では破綻状態の北朝鮮を統一するのは至難であろう。

 韓国は、現実的には、統一は望まないはずだ。

 しかし、政府の一部には、千載一遇の「統一のチャンス」と捉え、韓国軍を限定的に「38度線」から北進させるかもしれない。

 そうなれば韓国軍が北朝鮮内の抗争・内紛に巻き込まれる可能性がある。

 韓国軍が限定的とはいえ北進させれば、中国も軍事介入し、結果として米国も巻き込んで第2次朝鮮戦争にエスカレートする可能性が出てくる。

 一方の米国は、このドサクサの機会に北朝鮮の核・ミサイル・ノウハウを完全に破壊・撤去することを望むだろう。

 米軍はそのために空爆や海兵隊を投入する作戦計画を有しているはずだ。

 もしも、その計画を発動すれば、中国が敏感に反応して、米中が戦端を開く可能性がある。

結言

 新型肺炎は従来の世界秩序を変える「世界的な世直し」に繋がる可能性がある。

 特に、朝鮮半島においては朝鮮戦争以来の大激変が起こるかもしれない。

 日本は、「金正恩体制の崩壊」などと言葉だけで片づけることなく、そのシナリオについて深く究明し、それが日本に及ぼす脅威を徹底的に分析し、それに対する備えをしなければならない。

 筆者は、浅学にもかかわらずその一案を示した。

筆者:福山 隆