天才が天才に驚いた瞬間とは?(撮影/高橋定敬)

写真拡大

 1951年、伝説の棋士と呼ばれた升田幸三は、大阪にある日本将棋連盟関西本部で偶然目にした少年棋士の対局を見届け、終局後にこうつぶやいた。

【写真】2016年、藤井聡太と将棋盤を挟んで向き合う加藤一二三の真剣な眼差し

〈この子、凡ならず〉

 この少年棋士こそ、のちに「神武以来の天才」と称される加藤一二三(80)である。

「升田先生がそっと寄ってきてわたくしの将棋をみてくれたんです。しかも『この子は才能がある』ではなく、『この子は非凡だ』と文語体で褒められて、とても励みになりました。すでにスターだった升田先生の言葉で、自分の将棋に自信が持てました」(加藤、以下「」内同)

 歴代1位となる63年の現役生活を誇る加藤は、長い棋士人生で幾多の「勝負師の言葉」と出会い、自らの糧とした。1968年に加藤が初タイトルの「十段」を獲得したのち、不本意な成績が続いた時は、またしても升田が声をかけた。

〈加藤くん、君はいま行き詰まっている。でもそれがいいんだ。君は潜んでいる龍だ。いずれ空高く駆け上がって、何人も及ばない大活躍をする日が来ると信じているよ〉

 そう言って升田が加藤に渡した色紙には〈潜龍(せんりゅう)〉という二文字が書かれていた。

「升田先生がすごいのは、普通の人なら『いまはスランプでも頑張れ』と言うところを、『いまがいいんだ。いずれ空に昇る』と仰ったところです。実際にそれからわたくしは名人になり、引退までに1324勝しました。勝負師たる升田先生は、わたくしの将来を読み切ったんです」

 加藤に次ぐ史上2人目の中学生棋士となった谷川浩司(57)の言葉にも含蓄がある。

〈私は常に2勝1敗を心がけ、ついに1000勝を達成した〉

「わたくしは対局前に『負ける』と思ったことはなく、『一局一局勝っていけば1000勝する』という勝負哲学でしたが、谷川さんは2勝1敗という明確な目標を立て、1000勝に到達しました。将棋界で1、2を争う負けず嫌いの谷川さんが、敗北を織り込んで目標を立てていたことには目から鱗でした」

 2016年に史上最年少プロ棋士となった藤井聡太(17)は、デビュー戦でそれまでの最年少記録を持っていた加藤を破ったのち、〈加藤先生がおやつを取り出して食べたのを見て、その仕草が可愛らしいと思った〉と述べた。

「14歳の少年棋士がわたくしの仕草を『可愛らしい』と表現したことに仰天しました。デビュー戦なのにすごい余裕です」

 その後、藤井は将棋界のトップ棋士との対局を前にした決意表明で、〈楽しんで指したい〉と言い放った。

「通常は『緊張します』『胸を借りたい』と語るところです。藤井さんが投了後に人目を憚らず泣く姿を見たことがありますが、彼は常に自分の勝利を疑わないのでいざ負けるとショックが大きいのでしょう。棋士は対局前に弱気になると、相手が大きく見えて不利になります。トップ棋士との戦いを前に『楽しみたい』と語る藤井さんは、勝負師の資質に恵まれています」

 9×9の81マスが無限の可能性を秘める将棋界。歴戦の棋士たちが織り成す思考と名言は、次世代に受け継がれていく。

●かとう・ひふみ/1940年生まれ、福岡県出身。1954年8月、史上最年少の14歳7か月で四段となりプロに。この記録は藤井聡太現七段が2016年に14歳2か月でプロになるまで62年間破られなかった。通算対局数歴代1位で、タイトルは合計8期獲得。2017年の現役引退後は芸能活動を行ないながら、仙台白百合女子大客員教授も務める。

※週刊ポスト2020年2月28日・3月6日号