夫婦で腎臓移植をする。人生を左右する手術を経て、夫婦の関係はどのように変わったのか? そこから見えてくる夫婦・家族のかたちとは? 新刊『それでも、母になる: 生理のない私に子どもができて考えた家族のこと』(ポプラ社)より特別公開!

前回はこちら:夫はなぜ妻への「腎臓提供」を決めたのか、その恐怖と本心

夫から腎臓を分けてもらった

そして迎えた手術当日。

はるかさんは1週間前から、たくまさんは前日から、入院し準備を進めていた。

オペの直前に医師から最終的な覚悟 を問われ、同意をしたところで、ふたりで歩いてオペ室へ向かった。

別々の部屋に入り、希望を持ってどこか少しわくわくしているはるかさんに相反して、たくまさんは手術台に上る際、恐怖で足ががくがく震えた。

同じタイミングで全身麻酔を打ち、内視鏡でたくまさんの腎臓を取り出し、はるかさんの身体のなかに埋め込んでいく。たくまさんは2時間半ほど、はるかさんは待機時間も含めて6時間ほどの時を経て、手術は無事終了。

腎臓病の診断を受けて25年、腎不全になって2年、38歳の頃に、はるかさんは夫から健康な腎臓をひとつ分けてもらった。

HCU(高度治療室)ではるかさんが眠りから覚めると、父と義父と義母に名前を呼ばれ、なんだか世界が騒々しかった。意識はあるが、身体中が痛い。

一般病棟に入院しているたくまさんと術後に会った際、たくまさんが「包丁でメッタ刺しにされた感じ」とつらそうな表情を見せたことも気がかりだった。

深まったふたりの夫婦関係

術後、たくまさんは3日間、はるかさんは6日間入院し、帰宅。お互いにメスを入れた身体が痛くて動けず、近くに暮らすたくまさんの両親の手を借りざるを得なかった。

移植手術をする前、はるかさんの心のなかには「愛が冷めて、夫が変わってしまったらどうしよう」という心配があった。だからこそ、たくまさんの沈んだ表情やどこかよそよそしい会話に敏感になり、胸がちくちく痛んだ。

たくまさんは傷口を見るのが怖いとはるかさんの身体にも触れようとしない。お互いが動いてベッドが揺れるだけで痛みを感じるため、一緒には眠らなかった。そんな、どこかギクシャクした夫婦関係に、はるかさんは不安を抱いた。

ところが、それは杞憂に終わる。術後1ヵ月が経過した頃、徐々に身体が回復してくると、これまでの夫婦関係に戻った。たくまさんはいつも通り優しく、同じベッドで寝るようになり、はるかさんの身体にも触れた。

はるかさんへの愛が冷めたわけではなく、たくまさんは術後の身体の痛みと仕事復帰へのプレッシャーに押され、心に余裕がないだけだったのだ。ふたりの夫婦関係は、これまで通りに、いや、これまで以上に深まっていた。

病気とは一人で戦うものなのか

腎臓移植後、夫婦関係にどんな変化があったのか。

「結婚当初からずっと仲は良くて、移植後に関係性が変わったというよりは、深まったという感じ。身体の一部をシェアしてくれた夫の存在がめちゃくちゃ愛おしい」

関係性は大きく変わってはいないけれど、はるかさんは自分自身とたくまさんにそれぞれ変化を感じるという。

健康な腎臓をひとつ分けてもらったはるかさんの身体は目に見えて回復した。疲れにくく、むくまない。身体の状態は心につながり、感受性が豊かになり、世の中が美しく見え、人に優しくできる。

「血液がどくどく流れると、感情もどくどく揺れ動いて、生きるのが楽しくなった」

移植後、もともと明るい性格のはるかさんはさらによく笑うようになった。それにつられて、たくまさんも笑う。はるかさんから見て「内気で恥ずかしがり屋」のたくまさんは、変顔をしたりおちゃらけたりするようになった。ふたりで笑い合う時間も明らかに増えた。

また、たくまさんは、はるかさんに対して、父親のように振る舞うようにもなった。まるで子を諭すような口調で「21時になったよ。薬を飲みなさい」「0時になったよ。寝なさい」と言う。

それまでは、病気のことははるかさんにお任せで、どこか"他人事"だったけれど、身体の一部を共有したことで、たくまさんにとっても"自分事"になった。移植した腎臓を一緒に守っていこう、と。

「病気とは一人で戦うものだ」と思っていたはるかさんにとって、たくまさんのこの変化は、新たな戦友を得たような、心強いものだった。

15年来の付き合いで、はじめて見るたくまさんの新しい一面。それを引き出しているのは、はるかさん自身の変化なのだろう。

臓器も、命も、はんぶんこ

はるかさんが時折、ページをめくる絵本がある。「なんでもはんぶんこして、ふたりで仲良くしようね」というメッセージが込められたその絵本の登場人物に、自分たちの姿を重ねる。

「まるで、私と夫のことが書かれているよう。臓器も、命も、はんぶんこ。いかにも私たちらしい生き方だなって思う」

移植手術をする半年前、仕事を通じて、はるかさんはたまたまその絵本の作者と会う機会を得た。その際、夫婦間移植を控えていることを伝えると、作家からこんな言葉が返ってきた。

「なんとも色っぽい手術だな。ほぼ上手くいきそうだ」

その言葉通り、移植手術を終えたはるかさんとたくまさんは"ほぼ"上手くいっている。これからも"絶対"はないと思うけれど、臓器をはんぶんこしたふたりは、"ほぼ"上手く関係性を築いていくのだろう。

はるかさんのお腹には約20cmほどの、たくまさんの身体には4ヵ所に約1〜7cmほどの傷跡が刻まれている。術後1ヵ月は痛々しくて見ることもできなかった赤い縫合痕を、はるかさんは今、「夫婦お揃いのタトゥーのようだ」と笑う。腎臓という泌尿器系の臓器を共有したことで、トイレに行くタイミングが重なるようになったのだとか。

目に見えるものも見えないものも、はんぶんこしたたくまさんとの「つながり」がはるかさんに生きる喜びを与えている。