地方都市の貧困問題は深刻だ。ノンフィクションライターの中村淳彦氏は「北関東は生活が成り立たないほど世帯収入が低い。地域には男尊女卑文化が根付いているため、一部では生活費を稼ぐための売春が日常化している」という――。(第1回/全3回)

※本稿は、中村淳彦、藤井達夫『日本が壊れる前に 「貧困」の現場から見えるネオリベの構造』(亜紀書房)の一部を再編集したものです。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bee32

■売春が日常生活の一環になっている

【中村淳彦(ノンフィクションライター)】北関東(茨城、栃木、群馬)はつながりがあって取材したのですけど、当然そんな深い話ではなくて、お母さんたちが普通に売春しているという話。PTAとか自治会とか、そういう公的な場所でも買春男の情報交換みたいなことをしていて、それが本当に一般化している。

ただし、お金があれば、そんなことはしないという大前提はありますね。

【藤井達夫(政治学者)】配分の問題なんです。世のなかにはお金持ちがたくさんいる。でも彼らがお金持ちになればなるほど、貧しいところには配分が滞り、北関東ではカラダを売らなきゃいけない女性が増えてしまう。

【中村】旦那の収入と、お母さんたちの最低賃金のパート収入では、貧困まではいかなくても貧乏から抜けだせない。そこに北関東が脈々と受け継いできた長男信仰や男尊女卑文化が重なって、女性たちが自発的な再分配として売春に手を染めているみたいな。

日常生活の一環に売春がはいっている印象で、悲壮感はまったくないです。

【藤井】働く場所が少ないのと、十分な生活を送れるだけの賃金を得られていないということですね。とすれば、実質的な賃金を上げるというのはやはり一つの手でしょうね。基本的にお金を持っていない、そのことが原因ですから。

■「岡村発言」は批判されるべきだが一部では常識だった

【中村】北関東は男性の消費が活発で、一人一台車を所有している。新車文化もあって収入のわりに高額な車を買ってローンを組んで税金も維持費もかかる。

出費と収入が釣り合ってないのと、ギャンブルとか性風俗も盛んな地域で、お母さんとか子どもに皺寄せがいっている。まさに長男というか男が勝手し放題。

夫は家族と地元が自慢なんだけど、妻はこっそりと不倫売春しているという歪みがありますね。とくに五月の自動車税の時期には売春が活発になるとか。

【藤井】少し前にナインティナインの岡村隆史の発言が問題になりました。

「コロナが終息したら、絶対おもしろいことがあるんですよ。美人さんがお嬢(風俗嬢)やります。短時間でお金を稼がないと苦しいですから」などと言ってむちゃくちゃ叩かれた。

叩かれてしかるべきではあるけれど、でも、ちょっと北関東の現実に目を向けてほしいと思うんです。五月になると売春が増えるというのは、つまりカラダを売らなければやっていけないということですから。好きで売っているはずはない、売らざるをえない社会の現実がある。

【中村】岡村発言は風俗に詳しい者からすれば、単なる常識的な事実でした。

カラダを売らなければならないような状況がある、それだけ。構造的な要因があるということです。北関東は長男だけが優遇される長男信仰が強固に根づいていて、一家で長男だけが大切にされ、長男以外のきょうだいは放っておかれる。

放っておかれるだけならいいですが、長男以外の子どもは軽い存在なので性虐待みたいなことも頻繁にあるんです。先日も群馬県から逃げてきた女性から話を聞いたのですが、実の父親からひたすら強姦される地獄の日々を話してくれました。

【藤井】ただただ悲惨ですね。

■妻のパート代で夫を風俗に送り出す異様さ

【中村】2000年代後半に摘発されてしまったけど、北関東はとにかく性風俗が凄まじかった。

伊勢崎、太田、小山。あと埼玉の越谷、熊谷などの地域では、高校卒業したばかりくらいの年齢の女の子が続々と裏風俗で働いていた。裏風俗というのは店舗型で本番サービスを提供することで、東京では考えられない業態です。

北関東の女性たちは全員が口を揃えて「この地域は男尊女卑が酷過ぎる!」と訴えていましたが、そのような女性の扱いも日常的に売春が行われる要因の一つでしょうね。

【藤井】北関東では地元民たちの性風俗の利用者が多いということですか。

【中村】地元の利用者も多いし、それだけでなく、妻が夜の営みを拒否すると親戚一同がでてきて非難をされて、妻が風俗街まで旦那を送迎するって話も聞きました。遊び代は妻が最低賃金で働いたパート代で支払ったとか。

太田や伊勢崎はあまりに若い普通の女性が働いていたので、男性客が関東全域から集まっていましたね。当時のあの性風俗街は、日本を代表するレベルでしょう。だから北関東は生活のすぐ隣りに売春がある、そういうところでみんなが育っているんです。

■風俗街が生まれる地理的条件

【藤井】歴史的に言えば、季節労働者や期間労働者、家族を持たない男たちが単身で労働に来る場所には、必ず風俗街ができるものです。群馬県には労働集約型製造業の大きな会社がありますよね。現在の問題はそれだけでは説明できないと思いますが。

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【中村】2000年代後半に風俗街がなくなったことで、不倫売春に移行したっていう仮説も作れますね。

群馬県は工場が多いので、大企業の一番下っ端や子会社の正社員がいる。正社員は男性で、労働組合にも守られている。女性は非正規で賃金格差も大きい。そういう事情がいくつも重なって、売春が盛んだという状況を生んだ。長男信仰が温存されていて男らしさ、女らしさがすごく守られている地域ですしね。

【藤井】僕が暮らしている東京根津には江戸時代から明治にかけて、有名な遊廓がありました。根津神社の建設で宮大工が全国から集まる。それに伴い、宮大工の相手をする女性が自然と集まって今でいう風俗街が生まれたと聞いたことがあります。

しかし、明治に入って東大ができると、東大から坂を下れば根津の遊廓。学生が遊廓に入り浸って勉強しなくなってはいかんということで、根津の風俗街は江東区の洲崎に移されたとか。

【中村】いまも昔も風俗街ができる背景というのは同じなのですね。

■福祉的な役割も果たす性風俗産業

売春は江戸時代からありますが、貧困に喘ぐ身分の低い家の娘が売られる人身売買的なものでした。奴隷的な労働を禁止する芸娼妓解放令とか、娼妓取締規則とか、時代によって法規制をしながら育まれてきた。

前にも言いましたが、いまの風営法の性風俗関連特殊営業の業態は自民党が昭和時代に福祉国家を形成していく過程で作ったものです。リベラルの人は売春反対となるので、風俗産業は政治的には保守的な産業といえる。売春は「自助」枠、「共助」にも近いかもしれません。

【藤井】性産業の問題は、リベラルには痛いところ。なぜならリベラルは女性の権利や決定権を常に重視しますが、性産業に従事することだって、自己決定権の行使だと言えちゃいますから。

生活費が一〇万円足りないとして、それを補うのにはいろいろな方法があるけれど、もっとも手っ取り早い方法を選択しているだけ、とも言える。自己責任論と自己決定論は紙一重。本人がやると決めて売春しているわけですから、選択権の行使であり、悪いことではない、という論理が成り立ちます。

【中村】自己決定といっても、環境が影響するじゃないですか。

地元や中学・高校の友だちから誘われたり、スカウトマンやAVプロダクションからアダルトビデオ出演を肯定するように洗脳されるとか、いろいろ想定できますね。

しかも根本に、貧困がある。そこから抜けだすための売春は自己決定で、口を挟む余地はないと感じますね。自己決定を否定しないで別の選択を与えるのはいいと思いますが。

■ジェンダー間の圧倒的な非対称性

【中村】ただ逆パターンはあるかもしれない。新宿二丁目でカラダを売ったお金でミュージシャンを続けているとか、デザイナーになったという男性もいる。男性がカラダを売る場合、自己決定権になるわけですか。

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【藤井】もちろん、なりますが、やはり男性の自己決定権の行使であっても、現在の社会の構造のなかにおいて理解する必要がありますよね。その点は、女性の場合とまったく変わりはありません。

ただ、なんといっても、ジェンダーは非対称的というか、対等ではなくて、男/女という区別はそれ自体で権力関係によって貫かれています。私たちの社会では、男性には社会的な選択の可能性が、女性に比べて圧倒的に開かれているのは紛れもない事実だと僕は思います。

この社会は残念ながら未だに男性中心であり、学歴やスキルのない女性の選択肢は非常に限られている。

【中村】北関東では男性と女性は圧倒的に非対称です。

【藤井】フェミニストが本当に手を差し伸べるべきというか連帯すべきなのは、自立もできなければ競争にも自分にも弱い、依存的な人たちなわけでしょ。

ただそういう人たちからすると、フェミニストは自分たちとは意見も違えば、生まれや育ち、生き方というかキャリアも違う、分かり合えるはずもないということで、当事者間で対立まではいかなくても、ディスコミュニケーションが起きてしまう可能性はあるのではないでしょうか。

■勝ち組リベラルには見えない貧困層の現実

【中村】上流階級と人権派やフェミニストは相性がいいというか、言っていることが同じですね。で、風俗嬢や貧困当事者とは相性が悪い。まさにディスコミュニケーション状態です。

【藤井】勝ち組のリベラル層はフェミニスト団体と折り合いが非常にいい。その象徴、ネオリベの勝ち組がヒラリー・クリントン、超スーパーエリートですね。フェミニストのリーダーって、基本的に能力が高くて、男性との競争に打ち勝ってきた人たち。

だから競争への親和性が高いし、そもそも生き方とか考え方とかが自立的です。一方、性産業は依存型。男の欲望に依存することで成り立っている。

【中村】いまの日本は与党も野党もみんなネオリベ勝者なので、貧困の現実が見えない。どっちに転んでも格差は広がるし、丸く収まらない。そうこうしているうちに貧困と格差が広がり尽くしてしまって手に負えないことになってしまった。

【藤井】フェミニズムの内部からも当然、そこには批判はあります。

歴史を振り返ると、たとえば、ブラックフェミニズムがあった。白人、中産階級出身で、高学歴なフェミニストに対して、黒人のフェミニストが批判するわけですよ、「あなたたちの主張する女性の権利と私たちのとは違う」って。

女性としての差別だけではなく人種や社会階層としても差別されているのだと彼女らは訴えたんです。彼女らの主張によって、フェミニズムは運動においても理論においてもとても豊かになり、より洗練されましたが、対立あるいは分断は、相変わらず続く気がしますね。

■抽象的な「平等」にしか興味がないリベラル層の欺瞞

【藤井】もう一つ問題だと思うのは、リベラルの形式主義的な面です。そもそもリベラルの前提とする人間観はきわめて抽象的で形式的です。権利は法律で保障します、公の場所での言葉を規制します、といっても、それは形式にすぎない。

中村淳彦、藤井達夫『日本が壊れる前に 「貧困」の現場から見えるネオリベの構造』(亜紀書房)

現実に手を付けるということは、社会の構造を変える必要が出てきます。それは大変なので、せめて言葉だけでもというわけです。

リベラルのいう正義を実現しようとするなら、資本主義の問題、すなわち、この場合だと身体や労働の商品化の問題に踏み込まざるを得ない。しかし、近代に生まれたリベラルにはそれはできないと思いますよ。リベラルと資本主義は血縁関係にありますから。

【中村】リベラル層のいう平等とは、あくまで形式上の平等ってことですね。

【藤井】形式上の平等さえ法律でつくっておけば、実際がどうなっていようが無関心、放置しちゃう。それは欺瞞だと一九世紀のマルクス以降、ずっと非難されていますね。

マルクスの『ユダヤ人問題によせて』なんかは、リベラリズムのそうした形式主義を徹底的に批判していて、今読んでも痛快ですよ。

■フェミニストや人権派が貧困女性を追いつめている

【中村】岡村発言はリベラル層が岡村を集団リンチして、風俗関係者や底辺層の女性たちは現実をわかっているのでスルーかフォローした。当事者としては、まったくそのとおりだという話で。風俗に従事するのは現実に貧しい人であって、そこで追求されるのは目先の利益だけ。

だから、岡村みたいにお金を落としてくれる人は、それだけでいいんだという発想が根底にある。丸く収まっていたその再分配機能を、先ほどの承認欲求を求めるリベラル層が正論で妨害したみたいな状況でしたね。

【藤井】なるほど。それにしても、中村さんは承認欲求には手厳しい(笑)。

【中村】リベラル層や女性団体、人権派の人たちは女性の人権を守ろうと言うけれど、上流階級である彼らの言うとおりの社会になってしまったら、結果、彼女たちの人生はボロボロになってしまう。

認めてもらった価値が否定されて、賃金が減るわけですから。そうすると、もっと危険だったり、搾取の激しい違法な領域に流れてしまう。また、北関東みたいにお母さんたちの売春に姿を変えるかもしれない。そういうことがずっと繰り返されている。言葉だけで、現実はまったく動いていない。

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藤井 達夫(ふじい・たつお)
政治学者
1973年岐阜県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科政治学専攻博士後期課程退学(単位取得)。現在、同大学院ほかで非常勤講師として教鞭をとる。近年の研究の関心は、現代民主主義理論。共著に『公共性の政治理論』(ナカニシヤ出版)、共訳に『熟議民主主義ハンドブック』(現代人文社)など。
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中村 淳彦(なかむら・あつひこ)
ノンフィクションライター
1972年生まれ。主著に『名前のない女たち』『ワタミ渡邉美樹 日本を崩壊させるブラックモンスター』など。新潮新書『日本の風俗嬢』は1位書店が続出してベストセラーに。
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(政治学者 藤井 達夫、ノンフィクションライター 中村 淳彦)