1月22日、ポスティングシステムでメジャー挑戦を表明していた楽天・田中将大投手が、名門ニューヨーク・ヤンキースと7年総額1億5500万ドル(約161億円)で契約に合意したことが報じられました。過去に「1億ドルプレイヤー」となった投手は12人いますが、そのうちサイ・ヤング賞投手は8人。また、サイ・ヤング賞に選ばれなくても、2008年にリーグチャンピオンシップとワールドシリーズでダブルMVPに輝いたコール・ハメルズ(フィラデルフィア・フィリーズ)や、2012年に完全試合を達成したマット・ケイン(サンフランシスコ・ジャイアンツ)など、1億ドル投手は錚々(そうそう)たるメンツばかり。右投手では、デトロイト・タイガースのジャスティン・バーランダー(7年総額1億8000万ドル)、シアトル・マリナーズのフェリックス・ヘルナンデス(7年総額1億7500万ドル)に次ぐ史上3位の金額です。

 今オフの田中投手の入団劇は、トレード移籍を除外すれば、ヤンキース史上ベスト10以内に入る出来事だと思います。過去を紐(ひも)解くと、ヤンキースは札束攻勢で次々と大物選手を獲得し、「金満球団」と揶揄(やゆ)されてきた歴史があります。FA移籍が解禁となった1970年代以降を振り返ると、まずは1976年、FA制度が導入された年のオフに5年総額290万ドル(約8億4970万円/当時)でボルチモア・オリオールズから引き抜いたレジー・ジャクソンの移籍劇が挙げられるでしょう。1972年から1974まで、チームを3年連続世界一に導いたオークランド・アスレチックスの4番打者を、ヤンキースが大金を積んで獲得したのです。そして移籍1年目の1977年、ジャクソンは周囲の期待に応えるように大活躍。ワールドシリーズ最終戦となる第6戦では3打席連続ホームランを放ち、ヤンキースを世界一に導きました。

 次に挙げるなら、1980年のオフに10年総額1500万ドル(契約内容により最終的に2330万ドル)でサンディエゴ・パドレスから移籍したデーブ・ウィンフィールドです。移籍1年目に自身初のシルバースラッガー賞を受賞し、ヤンキースで8年半プレイ。のちに通算400本塁打・3000本安打を達成して殿堂入りを果たしました。

 ピッチャーの移籍劇をピックアップするなら、1974年オフのキャットフィッシュ・ハンター、1977年オフのリッチ・ゴセージ、2000年オフのマイク・ムッシーナ、そして2008年オフのCC・サバシアの4人でしょう。アスレチックスのエースだったハンターは、オーナーのチャールズ・O・フィンリーと契約交渉で対立。調停委員会が仲裁に入ったことで史上初のフリーエージェントとなり、1974年の大晦日に5年総額375万ドル(約11億2500万円/当時)でヤンキースに移籍しました。当時としては破格の金額だったため、全米中が大騒ぎ。しかし、ハンターはプレッシャーに負けることなく、移籍1年目にリーグトップの23勝をマークし、その金額に相応しい結果を残しました。

 同じく1970年代、ヤンキースに移籍したのがリリーフエースのゴセージです。ピッツバーグ・パイレーツから6年総額360万ドルで引き抜かれ、移籍1年目にセーブ王を獲得してワールドシリーズ制覇にも貢献。のちに福岡ダイエーホークスでもプレイし、最終的にメジャー通算310セーブを記録した名リリリーフです。また、ムッシーナの6年総額8550万ドル(約95億7600万円/当時)と、サバシアの7年総額1億6100万ドル(約146億5100万円/当時)の大型移籍も衝撃的でした。オリオールズのエースだったムッシーナは、ヤンキース1年目に17勝をマークして地区4連覇に貢献。一方、クリーブランド・インディアンスのエースだったサバシアも、移籍1年目で19勝を挙げて最多勝のタイトルを獲得し、ヤンキースを世界一に導きました。

 その他にも、2002年オフに巨人から3年総額2100万ドルで電撃移籍した松井秀喜選手や、2001年オフにアスレチックスから7年総額1億2000万ドルで契約したジェイソン・ジオンビーなど、印象に残る大型契約は数多くあります。上記の選手のうち、殿堂入りを果たしたのは4人(ジャクソン、ウィンフィールド、ハンター、ゴセージ)。田中投手はメジャーで1球も投げていないにもかかわらず、彼らと並ぶほどの大型移籍でヤンキースに入団したのです。彼らは移籍1年目から結果を残しているので、田中投手にもエース級の活躍が求められるでしょう。

「はたして、田中投手はメジャー1年目で何勝できるのか?」。日本では、その点ばかりがクローズアップされています。しかし、それよりも大事なのは、「トータルの数字」ではないでしょうか。もちろん、メジャー1年目は大事なシーズンですが、契約した7年間で最終的にいくつの勝ち星を挙げられるかが重要だと思います。ヤンキースというチームは、毎年優勝争いに絡まないといけません。それが「常勝軍団」に課せられた使命です。そのためにも、ヤンキースの先発を務める投手は、毎年コンスタントに15勝前後は残さないといけないでしょう。仮に1年目で20勝しても、2年目にひとケタ勝利では、ヤンキースでは高い評価を得られないのです。毎年15勝すれば、7年間で105勝。田中投手が目指すラインは、「7年間で100勝」だと思います。

 また、ヤンキースのエースと称されるためには、決して負け越してはいけません。過去にヤンキースで成功した先発投手を見ると良く分かります。たとえば、昨年限りで引退したアンディ・ペティットは、メジャー18年間で負け越したシーズンは一度もありません。前出のムッシーナも、1992年にオリオールズのローテーションに入ってからの18年間で、負け越したのは1回だけ。2001年にヤンキースに移籍してからは、すべて勝ち越しています。毎年優勝争いを演じるためにも、ヤンキースの先発投手には高い勝率が求められるのです。

 現在、ヤンキースのエースとして君臨するサバシアも、2001年のデビュー以来、13年連続してふたケタ勝利を挙げ、一度も負け越したシーズンはありません。その結果、サバシアの昨年までの通算成績は、205勝115敗。200勝以上という数字も素晴らしいのですが、何より負け数の少なさのほうが特筆すべきことでしょう。サバシアはメジャー13年間で90勝分の貯金を稼いでいるのです。田中投手がヤンキースの新たなエースとなるためには、毎年15勝前後を記録して、かつ必ず勝ち越してシーズンを終えることです。7年間で100勝、負け数は50〜60ぐらいが理想だと思います。

 ただ、これだけ期待されるのは、田中投手がメジャーで高く評価されているからです。メジャーリーグには「スカウティングレポート」という、最高が80ポイントで最低が20ポイント、10ポイント単位でランクする尺度があるのですが、田中投手はストレート、スライダー、そしてSFF(スプリット・フィンガード・ファストボール)がすべて70ポイントという高評価を得ています。平均値は50ポイントで、一流ピッチャーでも70ポイントと評価される球種は1個か2個ぐらい。3つの球種で70ポイントという評価は、非常に珍しいことです。いかに田中投手がアメリカで期待されているかが、このレポートからも分かるでしょう。

 たしかに、田中投手に課せられたノルマは非常に高いと思います。しかし、それが名門ヤンキースに大型移籍した者の使命です。毎年コンスタントに成績を残すためにも、ケガすることなくメジャーリーグで頑張ってほしいと思います。

福島良一●解説 analysis by Fukushima Yoshikazu