【10月28日になると、ラモス瑠偉は少し悲しそうな顔をする。いつも静かに迎えるこの日は……。】

朝起きる前から「おめでとう!」とか「水くさい!」という電話をたくさんもらったけど、何が何なのかわからないよ。僕がJクラブの監督に就任するという話が新聞に掲載されたようだ。でも、僕から発表できることは何もありません。期待して読んでくれた人、ごめんなさい。どうやってあんな記事ができたのか、想像はできるけどね。

だからこの件については静かにしておいてください。同じように、前園の件についても静かにしておいてほしい。前園は悪いことをしたのだから、謝って反省して自粛して、というのは当然だよ。僕といるときはあまりお酒を飲まないのに、何をやってるんだと思う。そしてやってしまったことは、もう取り戻せない。

だけど、前園はいい人間だし、相手の方が許してくれているようだから、いつかは復帰してほしい。それまでは僕もそっとしておこうと思う。

本当だったら、今日は「ドーハの悲劇」について書こうかとも思ってた。もうあれから20年も経って、「ドーハの悲劇」と言っても知らない人も増えてきたんじゃないかな。

10月28日、ドーハでワールドカップ最終予選を戦っていた日本は、イラクとの試合の残り17秒で同点ゴールを入れられ、その失点のせいで本大会への初出場を逃した。

いろんなところで語ってきたし、ここで改めて書かなくてもいいと思う。だけど、一つだけ、今の選手たちには知っておいてほしいことは書いておくよ。

当時の日本代表選手は、未来を背負ながら戦っていた。ずっとガラガラのスタジアムでプレーしていたのに、Jリーグができて盛り上がってきた。その火を絶やしてはいけないという責任が両肩に乗っていた。

結果的に初出場を果たせなかったけれど、後で考えるとすんなり出場するよりも、ワールドカップに対する盛り上がりは続いたんじゃないかと思う。今だからやっと言える台詞だけどね。

代表に選ばれた選手は、日本のサッカーそのものを背負っているのだと思い出してほしい。その重みが強さに変わることもあるのだから。