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5月、シシド・カフカのデビュー曲「デイドリームライダー」が配信された(http://shishido-kavka.com/html/download.html)。6月に入り、FM、テレビ、そしてライヴと露出も増えてきた。最初は彼女のビジュアルと激しいドラムのパフォーマンスに惹きつけられていた人たちも、いつの間にかその歌詞が耳に残っていることに気づくだろう。最近のJ-POPにはない、剥き出しの強いことば。なぜ彼女は、「強いことば」を選び、唄うのか。キーワードは「山口百恵」。

シシド・カフカ

ドラマー/ヴォーカリスト。
メキシコ生まれ。アルゼンチンで中学時代を過ごし、14歳のときにドラムを叩き始める。18歳でロックバンドのドラムスとしてプロミュージシャンに。5月、自ら作詞した「デイドリームライダー」で配信デビュー。身長175センチ。モデルや女優の仕事も行う。

 

>>オフィシャルサイト 「シシド・カフカ | Official Website THE DRUM'N'GIRL SHISHIDO KAVKA」

■シシド・カフカは人形ですか?

――人は1人ではシシド・カフカにはならない。シシドさんのプロジェクトチームへの興味があります。具体的に伺いましょう。わたしが取材したいと思った直接のきっかけは、4月にシシドさんが山口百恵の「ロックンロール・ウィドウ」をカヴァーしてYouTubeで配信していたことです。これはどなたのアイデアですか?

シシド 山口百恵をカバーしようと言い出したのは、レコード会社のディレクターの方です。

――それはその方が事前に、シシドさんが、山口百恵が好きだということをご存じだったから?

シシド そうですね。山口百恵というキーワードを、皆さんすごく面白がってくださるんですよ。だったらそこをちゃんと出そうじゃないかと。

――それを YouTube で配信。これはどなたのアイデアですか?

シシド それも同じ方ですね。

――こういうアイデアがディレクターさんから出てくる。それを聞いたときのシシドさんの反応は? そこで「ノー」とも言えるんですか?

シシド 言えると思います。わたしはそのときは「楽しそう!」と言ってすぐ食いついたんで(笑)あれですけれど。ちゃんと自分の意見を言える環境は、つくって戴いています。

――それはひじょうに大事なことなので、重ねてお伺いします。今の音楽ビジネスを考えたときに、プロデューサの名前、たとえば秋元康さん、中田ヤスタカさん、いしわたり淳治さん……プロデューサーの名前がある種の売りになっている。では、実際に唄っている人は人形なのか、という興味です。

シシド 「じゃあこれをやりましょう」というアイデアを戴いたとします。そこで嫌なことがあったら、わたし、最初に全部言うんです。「ここが嫌です、あれが嫌です。わたし、これやりたくありません。こういうことが起こるんじゃないですか。こういう過去があるので、こういうことやりたくないです」――全部最初に言うようにしているんです。それを全部聞いて、ちゃんと考えてくださる皆さんなので、そのあとに出た結果には従うようにしています。

自分が思っている自分や「こうありたい」という気持ちって、外から見られている自分と、どうしてもリンクしないじゃないですか。プロデューサー陣の皆さんはそれを冷静に見てくださっていると思いますし、どうやったらうまくいくのかをちゃんと考えてくださっている人たちなので、その決定は信じています。わたしはいちばん最初に意見を全部言って、それ以降は、従う。過去にも何度も、やりたくなかったことをやってみて「ほら、良かったじゃないか」っていうことが何度もあったんですよ。

――それは、たとえばどんなことだったりしますか。

シシド 唄い方ひとつ、アクションひとつ。「こういう動き、したくないんですよね」とわたしが言うのを、ディレクター陣が「1回ちょっとやってみようよ」というのでやってみて、ビデオで見てみたら、「あっ、かっこいい!」と気づいたりとか、そういうちっちゃいことの積み重ねなんですけれど。

――たとえば、この取材を受ける、受けないの判断にも、シシドさんは参加可能なんですか?

シシド それは、相談され……ないときもありますね(笑)。「これ決まったよ」みたいな。でもたぶん、プロデューサー陣が悩んでいるときは、必ずわたしのところに話が来ますね。「ちょっと悩んでるんだよね、どう思う?」っていうのは聞いてくださいますね。

■それだけじゃ片付けられないことってあるじゃない?

――「デイドリームライダー」の歌詞のことを伺います。「いつか土になるわ/死ねば」という歌詞にびっくりしました。最近の歌では滅多に聞かない、耳に残ることばです。久しぶりにどきりとする歌詞を聴いたなと思いました。ああいう、人の耳にきちんと「不快感」を届けることば。

シシド (頷く)

――そういうことばが、シシドさんの歌詞の中には丁寧に使われている。そこはご自身でも意識して歌詞を書かれていますか?

シシド それは自分のひとつの色かなと思っているんです。「キレイキレイな歌詞、わかるけど、そこ、愛なのわかるけど、それだけじゃ片付けられないことってあるじゃない?」ていう気持ちって、あるじゃないですか。そういうところを突いていきたいと思っていて。わたし、キレイな曲を聴いているときに「わかるけどさあ?」って思っちゃうようなひねくれた感じなんで。そういう違和感があるところを、強いことばでどう書くかっていうのは、重要なひとつのテーマというか、課題というか。一緒ですね、テーマと課題(笑)。

――「死ねば」のような鋭いことばを使えば使うほど、「なんて怖いことばを使うのですか」と、嫌われたり、逃げられたりするリスクが発生すると思うんです。そのとき、シシドさんは「それで聴かない人は構わない」という考え方なのか、それとも、聴いてもらうために工夫を重ねて、怖い言葉でも聴いてもらえるようにと考えるのか。

シシド うーん……。ここ(と、胸の前に拳を置き)が、ブレなければ。それ以外の差し引きは、「考える余地あり」です。

――それはさっきのプロデューサーの方々とのミーティングの話に似てますね。

シシド そうですね。たとえば、30分のライヴを全部アップテンポの曲でやったとする。ドラムも前に出て行って、私もものすごくアクションしている。それを聴く人に「疲れた」と言われたとすれば、「あ? 疲れちゃう? 愉しめない? だったら、バラード1曲入れましょ」っていう感じですね。ライヴだ、音楽だというものは、愉しんでもらう、踊ってもらう、生活の中のひとつのビビッドなものになってもらうものだと思うので。

ただ、ここ(と、再び胸の前に拳を置き)を削れと言われたら、そのときは考える。ことばひとつであったりですとか、プレイひとつ、曲ひとつを差し替えるという程度のことであれば、全然問題ありません。でも、もしかしたら「死ねば」ということば、これは絶対入れたいとわたしが思って、「でも、それが駄目なんだ」と言われたら、曲ごとなくなるかもしれないですし、そこはその都度その都度の闘いだと思います。

■山口百恵を遡行する

――どうやってこういう歌詞を書くミュージシャンが生まれたのだろうという興味があります。その仮説が、シシドさんが山口百恵のファンだということなのですが。

シシド 山口百恵さんは、その入口というよりはゴールに近いほうなんです。その前にいろいろ歌謡曲を聴いているんです。越路吹雪さんが最初の入り口で、そこから次々と昭和歌謡を聴いているときに、その歌詞の肌触りというものがすごく面白かったんです。「ええっ、そこが題材なんだ!?」と思わされたり。

――シシドさんはそれをリアルタイムで聴いた年代ではないですよね。お母さんのCD棚から抜いていったんですか?

シシド 家には昭和歌謡、ないですね。両親、若いので。父親なんか特に若くて、それこそEXILEとか、J-POP聴いてるんじゃないですかね(笑)。母親はデヴィッド・ボウイに始まり、安全地帯、米米CLUB。昭和歌謡は、わが家にはなかったですね。

――ではどうやって遭遇し、遡るんですか。

シシド バイト先……(笑)。そこの店長が、なんていうんですか、古風なわけじゃないんですけれど、人間として面白い人なんですよ。

――バイト、何屋さんなんですか。

シシド ワインバーです(笑)。そこの店長が、すっごい生々しいというか。正直な人なんです。その人が、店で昭和歌謡をよくかけていたんです。

――ほう……って、えっ? ワインバーで昭和歌謡?

シシド そうなんですよ(笑)。ジャズとかもたまにかかりますけど、昭和歌謡が多くて。その人が何かのパーティのときに越路吹雪さんを唄いたいと言い出して、じゃあみんなで越路吹雪さんを練習しようとなったときが始まりなんです。

――それ、シシドさんが大学生のときですか?

シシド 大学を卒業してからです。わたし、もともとモノマネ歌合戦を見るのも好きだったんです。それで古い歌をけっこう知ってはいたんですけれど、「あ、ちゃんと聴いたことなかったな」と思って聴き始めて、面白くなっていって、どんどん、どんどん、遡って探っていったんです。いろんな人に「なんかいい歌手いませんか」って訊いて。前から知っていて口ずさめるけれど、意味を考えないで唄っていた歌詞をちゃんと読み返してみたりとか。

山口百恵さんも遡っているんです。引退コンサートでマイクを置いたあのシーンから入っているんですよ。逆回しなんです(笑)。引退コンサートでマイクを置くシーンが、やっぱり強烈なんです。髪に飾りを付けて、白いドレスを着て、こうやってマイクを置いて去って行くっていうシーン。わたしの山口百恵さんって、最初のイメージがそれなんです。モノマネする人も絶対その格好で出てくるんで。

――あっ、そうか。

シシド 存在感、大きいですね。歌手というだけでなく、女性像としても。だからたぶん、昭和歌謡の中でもいちばんガーンって来たんだと思います。

■選択肢になりたい

――山口百恵が凄いのは、今だに関係者を潤すということです。つい最近も関連書が出ましたし、特製のCDや写真集もいまだに出る。単にビジネスの話というだけではなく、70年代といえば山口百恵に触れざるをえないくらいの存在感がある。シシド・カフカは、そういうレベルの社会現象になりたいですか。

シシド 社会現象! 考えたこともなかったですけれど……。

――ここまで伺ってきて、シシドさんが考えていることは、「何かゴールを設定して、そこに向かって行く」という戦略とは違うということは感じています。日々「精進」していくことによって、結果として先にゴールがある、という考え方なのかな、と。

シシド そう。そうですね。

――ただ、社会現象のレベルまで行くと、人はその歌を忘れない。歌が届くとはそういうことなのかな、と。そこまで行ってみたいと思いますか。

シシド  ちょっと、かたちが違うかな……。阿木燿子さんがいて、宇崎竜童さんがいて、山口百恵さんがいてというトライアングルとは、わたしがつくっているものの感 覚が少し違うから。社会現象かあ……。なってみたいかな、どうかな(笑)? 生活はふつうにしたいですけれど……。でも、なんだろう、いい意味で影響が出るなら、いいかな(笑)。

――シシドさんが登場したことで、たとえば学校のブラスバンド部でドラムを叩いている女の子がいたとすれば、シシドさんは、その子にとって影響を与えるアイコンになると思うのですが。

シシド 型にはまらない子たちは、これから絶対出てくると思います。でも、わたしはたぶんそこで「思うようにやれば?」って言うんですよ。わたし自身はビジョンがないぶん、その場その場の選択で、やりたいように、思うようにやると思うんです。自分のスタイルが、「この人、なんかもう、ほんとに思うようにやってんなあ。なんだ、それって“あり”なんだ」という聴く人のひとつの選択肢としてあればいいかなと。そういうやり方を提示できたらいいなと思っています。