台北

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台湾では4月以降、株価が繰り返して過去最高値を更新した。しかし利益を得たのは一部の少数の人で、大部分の人には「関係のない話」だった。さらに多くの若者が住宅価格や物価の高さに直面して、「無力感」にさいなまれ、「向上心」を失っている状態という。香港誌の亜洲週刊が伝えた。

台湾の若者は最近になり「タンピン」(「タン」は左側が「身」で右側が「尚」、「ピン」は「平」)という言葉をよく口にするようになった。日本語の「寝そべり」に該当する言葉で、この言葉は、幼少時から始まり社会人になっても続く厳しい「出世競争」に嫌気がさした中国大陸部の若者の間で発生した「無理なことは何一つしない」という生活スタイルを指す言葉で、2021年に使い始めた。

台湾の若者が「寝そべり」状態になった大きな原因の一つが不動産価格の上昇だ。若者が手にする給与は上昇しているが、住宅価格の上げ幅には到底追いついていない。台湾では、テクノロジー業界で働くエンジニアが10万台湾ドル(約50万円)以上の月給を超えているにもかかわらず、新竹市内の新築物件を買えないと嘆いていると報じられたことがある。一般のサービス業や飲食業あるいは事務職の若者が新築物件を買えないことは、言うまでもない。

例えば2部屋がある住宅物件の価格は、ともすれば1500万台湾ドルから2000万台湾ドル(約7500万−1億円)にもなる。多くの人にとって、仮に数十年飲み食いしなくても、頭金を貯めることすら困難だ。過去には人々が「一生懸命働けば、いつか家を買える」と信じていた。現在では多くの若者が「賃貸住宅に住むしかない。その物件の持ち主になりかわって、建設時の借金を返しているだけだ」と考えている。人生の最も基本的な安住の夢さえも遥か彼方で手が届かなければ、奮闘を促す駆動力が徐々に消失するのは自然の成り行きだ。

多くの若者にとって、挫折感の最大の原因は家が買えないことだけでなく、台湾の資産が絶えず価値を増しているのを見ながら、自分が「富の宴」から排除されていることだ。

台湾の株式市場は最近になりしばしば歴史的な最高値を更新し、特に人工知能(AI)ブームが関連銘柄の大幅な値上がりをけん引した。しかし、多くの末端の労働者はこの「富の宴」を共有できなかった。台湾最大のスーパーマーケットチェーンである全聯の林敏雄会長も、「株式市場が良いのは、少数の人がお金を稼いでいるのであり、すべての人が稼いでいるわけではありません」と表明した。この言葉が共感を引き起こしたのは、まさに多くの人が、ニュースが毎日株式市場の大幅な上昇やテクノロジー界の新興の富裕層の年収が数百万台湾ドルに上ることを報道しているのに、自分の給与には明らかな改善がないことに気づいていたからだ。

資産を持つ人は、株式や不動産を通じて富を蓄積し続けた。一方で、資産を持たない人は給与に頼って生活するしかない。1人の若者が、自分が丸1年努力した結果としての昇給幅が、株式を保有している他人の、1日の資産価値上昇幅に及ばないことに気づけば、その若者の心理的なバランスは崩壊してしまうだろう。

人々はかつて、学生時代から努力して勉強すれば運命を変えられると信じていた。しかし現在ではますます多くの若者が、この「自分も上っていける階段」が依然として存在するかどうかを疑い始めた。

競争がますます激しくなる環境の中で、多くの人が過酷な事実に気づき始めた。たとえ努力して良い学校に合格しても、将来の良い仕事が保証されるとは限らず、たとえ良い仕事を得ても、必ずしも家が買えるとは限らず、たとえ家が買えても、数十年のローンを背負うことになるだろう。台湾の若者にとって人生は、永遠にゴールにたどり着けないマラソンのようになってしまった。

台湾の若者の大多数は、寝そべり族であっても怠惰ではない。依然として出勤し、依然として働き、依然として納税している。ただ彼らは、残業に励むことが家を買うことにつながるとはもはや信じず、勉強が状況の好転を必ずもたらすとはもはや信じず、次の世代が自分よりも良く暮らせるとも、もはや信じていない。

これこそが、社会にとって最も警戒すべきことだ。なぜなら、一つの社会にとって最も恐ろしいのは貧困ではなく、希望を失うことだからだ。若者がもはや家を買うことを夢見ず、家庭を持つことを期待せず、努力することで運命を変えられるとも信じなくなれば、寝そべりはもはや個人の選択ではなく、一つの時代が発した「無言のため息」ということになる。(翻訳・編集/如月隼人)