「訪日客4268万人」に頼る危うさ…インバウンド大国・日本の意外な弱点
2025年の訪日客は4268万人--その驚異的な増加は、日本の政策と東アジアの発展が生んだ成果だった。しかし、その成功を支える前提は決して盤石ではない。インバウンド大国・日本の弱点を考える。
話題の新刊『観光を忘れた日本』では、日本で起きている深刻な「観光離れ」という社会問題を、観光の歴史をひもとくことで考察していく。
※本記事は、山口誠著『観光を忘れた日本』より一部を抜粋・編集したものです。
「21世紀の開国」政策
2015年、日本へ入国する外国人の数が、出国する日本人の数を逆転した。そうしてインバウンドがアウトバウンドを超えたのは1970年以来、およそ半世紀ぶりの出来事だった。
いつから、なぜ、訪日するインバウンドは急増したのだろうか。そして観光しなくなった21世紀の日本社会へ、たくさんの観光する外国人たちがやってくる状況を、わたしたちはどのように考えることができるのだろうか。これは日本の観光を考えるうえで、もう一つの重要なテーマである。
そもそもインバウンドの増加が衆目を集めたのは、その数が年間1000万人の大台を突破した2013年ごろだった。同年の秋には国際オリンピックの2020年大会が東京で開催されることが決定し、日本を訪れる外国人が増えることを期待する声が上がった。だがそれは、「増える」程度では収まらなかった。
同年に1036万人だったインバウンドは、3年後の2016年に約2倍の2404万人、5年後の2018年には約3倍の3119万人に達した(上図 5−1)。翌2019年には3188万人を記録したが、2020年のコロナ禍で大幅に減少した。回復まで数年を要したものの、2024年にはコロナ禍の前を超える3687万人に到達し、2025年には4268万人と、驚くべきペースで最多記録を更新し続けた。
そうして日本の総人口の3分の1に相当する大勢の外国人が、この島国へ毎年やってくる時代が到来した。
このような2013年以降のインバウンド急増には、いくつかの要因が考えられる。ここで注目したいのは、日本政府の「21世紀の開国」施策と東アジアの社会的発展が、絶好のタイミングで結びついたことである。
まず日本政府は、2003年の小泉純一郎政権による観光立国宣言とビジット・ジャパン・キャンペーンを皮切りに、2006年の観光立国推進基本法の制定、2008年の観光庁の設立など一連の施策で、訪日インバウンドを誘致する体制を整えていった。バブル崩壊から続く経済不況と社会不安に対する一手として、日本の中央政府は訪日観光に照準し、その拡大のために必要な手立てを10年あまりかけて具体化していったことになる。
なかでも中国などアジア諸国に対する訪日ビザの発給条件を段階的に緩和していく施策や、国内各地の空港の運用を改善し、LCC(格安航空会社)の新規就航や既設空路の増便を後押しする施策などが奏功した結果、観光立国宣言から観光庁の設立を経てインバウンドの記録的な増加を実現した「21世紀の開国」政策は、日本の行政の歴史において稀有な達成を遂げた。
訪日客の7割は「東アジア4域」
同じころ、東アジアの国々で経済成長が続いたことも重要だった。たとえば海外旅行に積極的な中間層が増加するなど、東アジア各地で社会的発展が進んでいったことが、日本を訪れる外国人の誘致にとって追い風となった。その主役は中国と韓国であり、この2ヵ国から日本へやってくる人びとの数は、じつに訪日インバウンドの半数ちかくを占めてきた。ここに台湾と香港を加えれば、年によって変わるものの、日本を訪れるインバウンドの7割前後が、この「東アジア4域」で構成されてきた(下図 5−2)。
いうまでもなく中国、韓国、台湾、香港という4つの地域は、異なる歴史と異なる社会的状況を持つ。そのうえで「東アジア4域」は、21世紀の初頭にそれぞれが中間層の拡大をはじめとする社会の発展を遂げたところ、同時期の日本の「21世紀の開国」施策と結びつき、日本を訪れる人びとの流れを生み出してきた。
つまり21世紀の日本のインバウンド急増とは、中国・韓国・台湾・香港からの訪日客の増加を意味する。もちろん、タイやインドネシアやアメリカやオーストラリアや中東諸国など、その他の国や地域からの訪日外国人も増加しつつあるが、しかしその実数は桁違いに少ない。たとえば前述の「東アジア4域」を除いた、すべての国と地域から訪日するインバウンド数を合算しても、韓国と中国の2ヵ国の合計と同じか、それ以下の規模にしかならない。
こうして日本の「21世紀の開国」施策と、中国・韓国・台湾・香港の社会的発展が結びついた2010年代から、日本を訪れる外国人の数は増加し続けたが、この状況がいつまで続くかは不透明である。
たとえば2025年にも、潮目が変わる出来事があった。同年10月に女性初の内閣総理大臣に就任した高市早苗首相は、その翌11月の国会で「台湾有事は日本の存立危機事態になりうる」と答弁した。これに中国が猛烈に反発し、1週間後の11月14日に日本への渡航の「自粛」を自国民へ呼びかけた。その結果、中国本土に加えて香港からの訪日者数は激減し、日本のインバウンド・ブームに冷や水を浴びせた。
外交摩擦やコロナ禍のような予想できない事態が発生するたびに、訪日インバウンドの数は大きく影響を受けてきたが、そうした突発的な懸念材料に加えて、より長期的で構造的な問題もある。
たとえば韓国と台湾の少子高齢化は、日本と同様かそれ以上に深刻とされ、中国でも人口減少は始まっている。そのため5年後はさておき、10年後や20年後も高い水準で訪日する人びとが「東アジア4域」からやってくるとは考え難い。訪日インバウンドの約7割を占めてきた東アジア4域から人が来なくなれば、日本のインバウンドのバブルは崩壊するだろう。リゾートのバブルのように。
