印象派の「限界」を超えたセザンヌ、ゴーガン、ゴッホ──強烈な個性が現代美術への転換点に【3か月でマスターする 西洋美術】

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新しく始める趣味として、また大人の学びなおしに人気の「美術」。しかし、「美術展に行っても鑑賞方法がよくわからない」「作品の時代背景や歴史が複雑そう」と、さまざまな思いから二の足を踏む方も多いのではないでしょうか。

そんな難しそうに思える美術、なかでも「西洋美術」を楽しむヒントが満載のテキストが『NHK 3か月でマスターする 西洋美術 6月号』です。

今回は本誌より、「第10回 “見たまま”を超えろ! ポスト印象派」(講師:田中久美子・文星芸術大学学長)の一部をご紹介します。印象派の「限界」を超え、新たな表現を切り拓くことで、近代絵画の転換点となった3人の作品を読み解きます。

※本記事はデジタルマガジン用に編集しています。

印象派の「限界」を超えた3人

三者三様の天才たち

 モネやルノワールら印象派の画家たちは、それまでの絵画様式に風穴を開け、美術表現に大きな変化をもたらしました。その印象派に引き寄せられるようにパリに集まった画家のなかから、印象派の限界を超え、独自の作風にたどり着いた画家たちが現れます。セザンヌ、ゴーガン、ゴッホの3人です。3人は印象派から出発し、のちにその様式を打ち破っていったことから、「ポスト印象派」の画家と呼ばれます。

 3人が画家として活動をスタートさせた時期は、印象派が生まれ、広がっていった時期と重なります。セザンヌとゴーガンはピサロに誘われて印象派展に参加していますし、ゴッホも印象派の画家たちと交流するなかでその技法を磨きました。そのため、3人ともキャリアの初期から中期にかけては、印象派の影響が強く感じられる作品を残しています。

 しかし、彼らはそのまま印象派の様式にとどまることはありませんでした。目の前にあるものや光をそのまま描く印象派から抜け出し、三者三様の方法で、自らの観念、感情、人間性を絵画のなかに表現し始めるのです。

強烈な個性は現代美術の足がかりに

 セザンヌ、ゴーガン、ゴッホの3人は「みたものをそのまま描くこと」から脱却した点は同じですが、作品そのものに美術様式としての共通点はありません。たとえば、印象派のモネとルノワールにも個性はありますが、「光の反射を写し取ろうとした」という点でひとくくりにすることができるでしょう。しかし、3人の画風にはそうした共通要素が見当たらず、それぞれがあまりに個性的です。

 個性が強烈すぎるがゆえに、3人とも同時代の人々になかなか評価されませんでした。しかし、次の世代の画家たちには大きな影響を与え、それぞれが20世紀以降の現代美術の出発点となるような存在です。

 ポスト印象派の登場以降、画家の個性はいっそう際立つようになりました。そのため、これ以降はかつてのように美術史上の潮流を「○○派」や「○○主義」といった言葉でまとめることが困難になっていきます。その意味でも、セザンヌ、ゴーガン、ゴッホの登場は、西洋美術にとって「新しい時代」が始まる大きな転換点でした。

「形」を追求した近代絵画の父 セザンヌ

現実を再構築する

 ポール・セザンヌは、1839年、南仏のエクス=アン=プロヴァンス(以下、エクス)で生まれました。22歳でパリに移り、画塾へ通って画家としてのキャリアをスタートさせますが、サロンへの応募は連続で落選。画塾で知り合ったピサロに印象派の手法を学び、第1回、第3回印象派展に参加するものの、やはり絵は売れずじまいでした。

 やがて印象派の表現に疑問を抱くようになったセザンヌは、印象派から離れ、自分の表現を模索していきます。

 セザンヌが志した自らの表現とは、印象派の絵画で失われていた「ものの形」を取り戻す、というものでした。印象派の作品では、光と色の変化を捉えるために対象の輪郭(りんかく)線が描かれず、ものの形は感覚的に希薄に表されていました。セザンヌはそれを「形が雲散霧消(うんさんむしょう)している」といって嫌い、絵のなかで事物に確たる形を与えていったのです。

 しかも、その「形の与え方」にはセザンヌならではの創意工夫がありました。彼は、単に目にみえた形をリアルに描くのではなく、目の前の事物を「円」や「三角形」といった単純な形に整理して再構築しました。

1枚の絵のなかに複数の視点が同居

 セザンヌは形をただ単純化するのではなく、対象を複数の視点から捉えて1枚の絵のなかに収めようとしたことも重要です。

 《台所のテーブル》をみてみましょう。机の右端にある洋梨は正面から捉えていますが、同じ机の左奥にある壺は、やや上から捉えた形で描かれていますね。観る者にどこか不安定さを感じさせるこの表現は、セザンヌが「みたものをそのまま描く」ことを脱し、みたものそれぞれの形を整理したうえで、画面上に再構築していることを示しています。

セザンヌ《台所のテーブル》1888~90年、65×81.5cm、カンヴァスに油彩、オルセー美術館(パリ)

 故郷エクスにある山を描いた《サント=ヴィクトワール山》では、山の形が三角形に単純化されています。また、本作では筆触を一定方向に重ねることで、平面的で構築的な効果が生まれています。

セザンヌ《サント=ヴィクトワール山》 1902~04年、73×91.9cm、カンヴァスに油彩、 フィラデルフィア美術館(フィラデルフィア)

絵を描くことは、現実を「再構築」すること

 セザンヌは、同じモチーフを繰り返し描く画家でした。そのなかでもライフワークとして知られるのが水浴図です。

 晩年に制作された《大水浴図》は、数ある水浴図のなかでも特に評価が高い1枚です。画面の左右から内側へと伸びる木、2組の裸婦の集団がそれぞれ三角形を作るように描かれています。人体さえも幾何学的に表現されており、写実的とはいえません。ものの形を単純化して新しく再構築した、セザンヌの集大成と呼ぶにふさわしい作品でしょう。

セザンヌ《大水浴図》1900~06年、210.5×250.8cm、カンヴァスに油彩、フィラデルフィア美術館(フィラデルフィア)

 セザンヌの作品は、私たちのものの見方、形の捉え方を揺さぶり、固定観念を打ち破ってきます。それこそが、セザンヌが「近代絵画の父」と称される理由なのです。その手法は、ピカソをはじめとするキュビスムにも大きな影響を与えました。

楽園で花開いた豊かな色彩表現 ゴーガン

現実に埋め込まれた観念

 ポスト印象派の2人目に紹介するのは、セザンヌより9歳年下のポール・ゴーガンです。

 パリで生まれたゴーガンは、幼少期をペルーのリマで過ごしました。商船の船員として世界中を航海した後、パリに戻って株式仲買人として働くことになったゴーガンは、趣味で絵を描き始めます。その才は趣味の域を超え、親交のあったピサロを通じて第4回から印象派展に参加。1883年、35歳で画家になることを決意しました。

 ところが作品はなかなか売れず、妻の実家があるオランダや姉が暮らしていたパナマなどを転々とします。88年にはゴッホの誘いで南仏のアルルに居を移しますが、共同生活はわずか2か月で破綻(はたん)。一度パリに戻ったのち、フランス北東部のブルターニュに移住して画家コミュニティに参加しました。

 ゴーガンは、ブルターニュにあるポン=タヴァンという村に何度も足を運んでは、ほかの画家たちとともに制作に励みました。そして、豊かな自然と伝統的な文化に刺激を受けながら、現実の風景のなかに人間の内面や観念的な世界を埋め込む独自の絵画表現を生み出していきます。ブルターニュという土地が、ゴーガンが印象派から脱するきっかけを作ったのです。

 ブルターニュで制作された《説教の幻視》や《黄色いキリスト》は、いずれも聖書の物語とブルターニュの人々や風景がひとつの絵のなかに描かれた作品です。「現実の世界」と「幻想の世界」を同時に表現したこれらの作品は、眼前の事物をありのままに描く印象派とは明確に異なるものでした。

ゴーガン《説教の幻視》1888年、72.2×91cm、カンヴァスに油彩、スコットランド国立美術館(エディンバラ)

より素朴な営みを求めて南洋のタヒチへ

 ブルターニュに暮らす人々の姿を描いたゴーガンは、1891年、より素朴(そぼく)な営みを求めてタヒチへと渡ります。そして、フランスから遠く離れた南洋の島で、自らの表現を花開かせました。

 タヒチで描かれた絵画のなかでも、代表作として挙げられるのが《タヒチの女たち》です。画面いっぱいに大きく描かれた2人の女性は、豊かな肉体を持ち、肌はつやつやと輝いています。左側の女性は片手を地面について座っていますが、この姿は大地と女性の生命力を讃えるモチーフとして、ゴーガンの作品に繰り返し描かれました。

ゴーガン《タヒチの女たち》1891年、69×91.5cm、カンヴァスに油彩、オルセー美術館(パリ)

絵画にみえる信仰と人生観

 ゴーガンは初めてタヒチに渡航してから2年間を当地で暮らし、エキゾチックな風土とそこで生きる人々の姿を力強く描きました。その後フランスに戻るものの、再びタヒチへと渡ります。

 タヒチ時代のゴーガンが描いた作品には、現地の人々や文化にある種の宗教性を持たせた絵がみられます。その究極の形が、2度目のタヒチ渡航後に制作された《我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか》でしょう。画面の右下に赤ん坊、中央に成人、左下に老婆を配置し、人の生から死までを表現しています。ゴーガンの人生哲学や死生観が表れた作品といえるでしょう。

ゴーガン《我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか》1897~98年、139.1×374.6cm、カンヴァスに油彩、ボストン美術館(ボストン)

激しい筆致と色彩に感情を乗せて ゴッホ

みえるものしか描けない画家

 フィンセント・ファン・ゴッホは現代の人々に特に愛される画家の一人でしょう。37年の短い生涯のなかで、画家として活動したのはたったの10年ほど。そのわずかな間に、2000点を超える作品を残しました。

 1886年、パリへ移ったゴッホは、ピサロやゴーガンなど印象派に連なる画家たちと交流してその技法を学びました。パリ時代の絵は、オランダ時代とは別人のように明るく変わっています。

 また、ゴッホは日本の浮世絵に魅了されて模写を繰り返したことでも知られ、浮世絵の構図を作品に取り入れたり、背景に描いたりしました。

ゴッホ《タンギー爺さん》1887年、92×75cm、カンヴァスに油彩、ロダン美術館(パリ)

南仏アルルの日々

 1888年、ゴッホは浮世絵にあるような「日本の太陽」を求めて、南仏のアルルに移住します。

 アルルでは画家たちのユートピアを作ろうと仲間を募(つの)るのですが、応じたのはゴーガンただひとり。そのゴーガンともすぐに仲違(なかたが)いし、精神的に不安定になったゴッホは、自分の耳を切り落としてしまいます。しかし、ゴッホはこの危うい時期に、明るく鮮やかな色彩と、自身の感情を強くうねる筆致でぶつける独自の表現を手に入れました。

 ゴッホは‶みえるものしか描けない″画家でした。ゴーガンはそれを批判し、もっと観念的なものを表現するよう助言するのですが、ゴッホにはそれができません。ただ、ゴッホの絵は、目にみえない彼の感情や人間性を伝える力を持っているのも事実です。

 外の世界を描きながら、内側の感情や人間性が表れる──ゴッホの作品は、それまでの絵画様式とはまったく異なるがゆえに、次世代の画家たちに大きな影響を与えていきます。

《ひまわり》を生んだアルルの15か月

 ゴッホがアルルで過ごしたのは、わずか1年3か月に過ぎません。しかしゴッホは、のちに彼の代名詞となる《ひまわり》や《夜のカフェ・テラス》など、200点を超える作品をこの地で生み出しました。

ゴッホ《夜のカフェ・テラス》1888年、80.7×65.3cm、カンヴァスに油彩、クレラー・ミュラー美術館(オランダ中部)

病のなかで描き続けた最期の日々

 ゴーガンがアルルを去ったのち、心を病んで精神療養院に入院したゴッホは、度重なる発作に苦しみながらも、部屋からみえる景色や風景を絵に残し続けました。

 この時期の作品には、ゴッホ独特のうねるような筆致が強く表れています。その代表例が《星月夜》です。空はぐるぐると渦うずを巻いて荒々しく、ゴッホの不安定な心や不安を表しているかのよう。ゴッホは‶みえるものしか描けない″画家ですから、彼の目には夜空がこんな風に映っていたのかもしれません。

ゴッホ《星月夜》1889年、73.7×92.1cm、カンヴァスに油彩、ニューヨーク近代美術館(ニューヨーク)

 目にみえるものに自らの感情を乗せ、激しく個性的な色と筆致で表現したゴッホの作品は、生前高く評価されることはありませんでした。しかし、のちの画家たちに新たな表現の道を示した功績は大きく、今なお世界中の人の心を捉えて離しません。

『NHK 3か月でマスターする 西洋美術』シリーズは、古代ギリシャを出発点に、ルネサンス、バロック・ロココ、写実主義から印象派、現代美術まで、約4000年に及ぶ西洋美術の作品を豊富な写真と図解でわかりやすく紹介していきます。

<4月号>
第1回 人間美を追求 ギリシャ・ローマ
第2回 祈りを描いた千年 中世
第3回 三巨匠の競演 ルネサンス
第4回 細かすぎる描写 アルプス以北のルネサンス

<5月号>
第5回 ドラマチックに心をつかめ! バロック・ロココ
第6回 理性か 情熱か 新古典vsロマン
第7回 名もなき人へのまなざし 写実主義
第8回 マネとモネ 2人の挑戦 印象派Ⅰ

<6月号>
第9回 パリの喧騒を描く 印象派Ⅱ
第10回 “見たまま”を超えろ! ポスト印象派
第11回 魂の告白 世紀末美術
第12回 そして扉は開かれた 現代美術

講師:田中久美子(たなか・くみこ)

文星芸術大学学長。専門はフランス中世・近世美術史。東京藝術大学美術学部芸術学科卒業、オレゴン州立大学美術史学科修士課程修了、東京藝術大学大学院美術研究科芸術学専攻修士課程修了、同・博士課程後期を単位取得満期退学。著書に『フォンテーヌブローの饗宴』(ありな書房)、『世界でもっとも美しい装飾写本』(エムディエヌコーポレーション)、『レオナルド・ダ・ヴィンチの世界』(共著、東京堂出版)など。『名画の読解力』(エムディエヌコーポレーション)、『#名画で学ぶ主婦業』(宝島社)などの監修も務める。

■『NHK 3か月でマスターする 西洋美術 6月号』
■講師 田中久美子
■トップ画像 ゴッホ《星月夜》1889年、73.7×92.1cm、カンヴァスに油彩、ニューヨーク近代美術館(ニューヨーク)