日本メディアが喧伝した「EVの墓場」はミスリード 世界最大の自動車市場・中国ではEV化推進の潮流は変わらない
2026年5月、ホンダは「2040年に販売する新車をすべてEV(電気自動車)かFCV(燃料電池車)にする」とした"脱ガソリン宣言"の撤回を発表。日産もアメリカ工場でのEV生産中止を決定した。独VWや米GMなど欧米メーカーも相次いでEVシフトを見直すなど、「EV失速」の流れが顕著になっている。
【写真】中国で大量に廃棄されたEV、「EVの墓場」はカー・シェア事業失敗のなれの果て
その中で、中国メーカーだけがEV生産を拡大し続け、完全自動運転車の開発にも邁進している。一時期、中国でEVが大量に廃棄された様子が「EVの墓場」として紹介されていたが、なぜ中国はEV化を推進し続けられるのか? 現地取材を重ねているジャーナリストの富坂聰氏が解説する。
富坂氏の最新刊『おそるべき「中国一強」時代』より抜粋・再構成。
「EVの墓場」と嘲笑する日本メディアの錯誤
中国は、完全自動運転に対応する電気自動車(EV=Electric Vehicle)など、新エネルギー車(NEV=New Energy Vehicle)の普及にも余念がない。中国がNEVの累計販売台数で、ついに4000万台を突破したと胸を張ったのも、5G通信基地が急拡大したのと同じ2025 年だ。これにより中国は、NEVの生産と販売において、10年連続で世界首位を維持し続けたことになる。
中国国家発展・改革委員会は2025年10月、2027 年末までに全国で2800万か所の充電設備を設置すると発表した。完成すれば8000万台分の需要を満たすことになる。現在の充電設備は約2000 万か所だから、2 年で1000 万か所近く増設する計画だ。つまり、世界最大の自動車市場を抱える中国は、EV化を少しも後退させるつもりはないというわけだ。
EV化の進展では、日本のメディアが「EV失速」をミスリードしたのは記憶に新しい。
新型コロナ禍に加え、温暖化にも環境対策の効果にも懐疑的なドナルド・トランプ大統領の登場。さらにはロシア・ウクライナ戦争によってエネルギー事情が逼迫し、これにインフレの進行が重なったことで、従来は環境に配慮したEV化の推進に熱心だった欧州委員会(EC)にも「見直し」の空気が広がったことがきっかけだった。
日本で「EVの墓場」が最初に話題になったのは2020 年。浙江省嘉興市の万民村という小さな村で6000〜7000台の廃棄EVが見つかり、ネットで話題になったのだった。だが、その廃棄車輛は全て「環球車享汽車租賃有限公司」の所属で、上海でカー・シェアリング事業を営む同社が捨てた車だとすぐに判明した。
同じような「墓場」は同省杭州市、桐廬県のほか、山東省や重慶市でも見つかっているが、いずれも同じパターンだ。つまり、たいていはカー・シェア事業失敗のなれの果て、あるいは補助金目当ての小規模EVメーカーが別会社でカー・シェアを運営し、同じグループ内で売買することで政府からの補助金を掠め取ろうというスキームの末だった。これらは一時的な現象であり、2020年以降、とくに2022年を過ぎるとほぼ姿を消している。
アメリカの2倍以上ある自国市場だけで十分に回していける
日本にしてみれば、「EV化」という避けられない時代の潮流が一瞬でも弱まり、そこに「メイド・イン・ジャパン」の最後の砦であるガソリンエンジンの復活への期待も重なったことで、耳あたりがよかったのかもしれない。航続距離の問題などEV自体が抱える欠点から、EV化に大きく舵を切った政策への批判まで、ありとあらゆる"アンチEV"の情報がメディアにあふれた。中国のEVがガラパゴス化するとの予測まで流れてきた。
だが日本のメディアがEV失速の「証拠」と喧伝した「EVの墓場」は、カー・シェア事業の失敗だったり補助金の不正受給だったりの問題として取り上げるのが適当なテーマであって、EV産業の苦境の説明にはならない。
自動車産業がいま極めて高度なリサイクルシステムを備えていることを考えても、日本のメディアが伝えたように「EVの墓場」をもって、EV化の風を読み違えた中国を嘲笑する材料とはなりえないのである。
それにも増して不可解なのは、中国の自動車市場への評価だ。2010年にはすでにアメリカを抜き世界最大の自動車市場となり、現在の市場規模はアメリカの2倍以上にも膨らんでいる。つまり、たとえEV化が中国だけで進んだとしても、中国のEVメーカーは自国市場だけで十分に回していけるわけで、ガラパゴスになどなりようがないのだ。
事実、EV界のリーディングカンパニー、BYD(比亜迪/Build Your Dreams)は、アメリカからの関税攻勢にさらされる中で進出の可否を問われ、「その答えはワシントンに訊いてほしい」とジョークで返している。コメントの真意は、"巨大な自国市場があるのだから、あえて無理をしてアメリカ市場へ進出する意味はない"ということである。
技術の視点から見ても、EV化の潮流は必然と言える。世界の自動車メーカーにとって、「未来」とは人工知能(AI)との結合であり、完全自動運転化だ。当然、ガソリンエンジン車より、EVの方が親和性は高い。
そして、中国では今、大量の電力を供給する太陽光・風力などの巨大発電施設が続々と建設され、EV社会を支えるインフラが強化されているのである。
【プロフィール】
富坂 聰(とみさか・さとし)
1964年愛知県生まれ。拓殖大学海外事情研究所教授、ジャーナリスト。北京大学中文系中退。週刊誌記者を経て、フリーに。北京中枢の内部情報から在日中国人犯罪まで現代中国問題に精通する。『「龍の伝人」たち』『潜入―在日中国人の犯罪』『中国の地下経済』『「反中」中国論』など、「日中問題」に関する著作多数。一方で、"中日ドラゴンズ問題"についての新書も話題。
