(※写真はイメージです/PIXTA)

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文部科学省の「令和5年度子供の学習費調査」によると、私立学校に通う子どもの学習費総額は年間で小学校が約174万円、中学校は約156万円と、保護者にとって極めて重い負担となっています。「子どもへの教育こそ最大の投資」と信じ、私立中高一貫校から一流私立大学まで総額3,100万円の教育費を注ぎ込んだエイジさんも、そんな教育費の重圧を耐え抜いた一人でした。しかし定年を迎えたいま、手元に残ったのは「老後資金ゼロ」という過酷な現実。教育投資によって生じたシニア困窮のリスクに迫ります。※人物名はすべて仮名です。

教育費に全振りした現役時代

「子どもを一流の環境で育て上げることこそが、親としての最大の責任であり、最高の投資だ」

かつて中堅専門商社の課長としてバリバリ働いていたエイジさん(65歳)は、そう信じていました。妻のマコさん(62歳)とも足並みを揃え、一人息子のユウサクさん(28歳)には、本人が望むすべての教育環境を与えてきたのです。

しかし定年を迎えたいま、エイジさんの手元に残ったのは、「老後資金ゼロ」というあまりにも過酷な現実でした。

           かかった費用の目安          内容

小学校〜中学受験     約400万円     有名進学塾への月謝、季節講習、受験料

私立中高一貫校(6年間)    約900万円     授業料、施設費、部活動費、通学定期、通塾費用

大学受験・予備校     約300万円     大手予備校での浪人費用、受験対策講座

都内私立大学(理系)    約700万円     4年間の学費、実験実習費、教材費

一人暮らしの仕送り      約800万円     家賃、光熱費、生活費(月約15万円×48ヵ月、初期費用含む)

合計           3,100万円

「現役時代は年収が900万円ほどありましたから、なんとかなると思っていたんです。妻も『ユウサクの将来のためなら』と、パートに出て、自分の服や化粧品代を削って応援していました」

エイジさんの退職金の大半も、大学後期の学費とユウサクさんの仕送り、そして住宅ローンの繰上げ返済によって、現役を退くと同時に消えていきました。

息子の結婚式、「両親への手紙」にガッカリ

両親の願いどおり、ユウサクさんは誰もが知る一流大学を卒業し、都内の大手企業に見事就職しました。まさに「教育投資の成功例」そのものです。

しかし、ここからエイジさん夫婦の計算は大きな見込み違いが露呈します。

28歳になったユウサクさんは、東京で同世代の女性と結婚し、自分の家庭を持ちました。現役世代の可処分所得が伸び悩む現代、ユウサクさん自身の生活も家賃や将来の子育て資金の準備で決して余裕があるわけではありません。

「父さん、母さん、いままでありがとう。これからは自分たちの力で生きていくから、心配しないで」

結婚式の日、ユウサクさんが語った感謝の言葉は、親からの精神的な自立を意味する素晴らしいものでした。しかしそれは同時に、「これ以上、実家を経済的に支える余裕も、そのつもりもない」というマイルドな宣言でもあったのです。

「息子が立派に自立してくれたのは嬉しい。でも、仕送りをしてくれとはいわないまでも、私たちの老後の心配を少しはしてくれるものだと思っていました。完全に、あてが外れましたね」と、エイジさんは力なく笑います。

65歳、アルバイト生活で思い知る「教育」の残酷さ

現在、エイジさんは平日の早朝から、近所の物流倉庫で軽作業のアルバイトをしています。マコさんもスーパーのパートに週4日出ていますが、夫婦合わせた収入は月約16万円。これに年金を合わせ、日々の食費と光熱費を賄っている状態です。少しでも余剰分が出た月はいまからでもと、今後のために貯蓄へ回しています。

子どもに最高の教育を与えれば、自分たちの老後も間接的に豊かになる、あるいは最悪のときには手を差し伸べてもらえる――そんな昭和の時代に作られた「家族の双方向リターン」の幻想は、現代社会では完全に崩壊しています。

「子どもへの教育投資」がはらむシニア困窮のリスク

エイジさんは「これだけ尽くしたのだから」という見返りを無意識に求めていましたが、ユウサクさんは「自分の実力で成功した」と考えています。

・資産寿命の極端な短縮:定年前に数千万円単位の現金を一気に放出するため、シニア世代にとって最も重要な「複利での資産運用」や「貯蓄のストック」の機会を根本から喪失します。

・「高学歴な子」ほど遠くへ行きがち:一流大学を出て大企業に就職した子どもほど、都心部や海外に拠点を置き、地方の実家へ戻る可能性は極めて低くなります。結果として物理的・精神的な距離が生まれ、親の「老老介護」への関与も薄れがちになります。

親の「期待」と子の「自立」のミスマッチ

アルバイト中、同じようにシニアになっても働き続ける同世代をみつめながら、ぽつりとぼやきました。

「あのとき、私立ではなく公立に行かせていれば。浪人を許さず現役合格を言い聞かせていれば。自宅から通える大学に絞っていれば。いまごろマコを連れて旅行くらい行けたのに……」

教育費の恐ろしいところは、それが「子どものため」という大義名分を持っているため、支払っている最中は予算を減らそうと思いづらい点にあります。しかし、3,100万円の対価として得た「一流企業に勤める息子」というプライドは、エイジさんのいまの暮らしを1円たりとも潤してはくれません。

「我が子の教育」という投資がもたらした、子の成功と、親の老後破産。エイジさんは明日もまた、妻が握ってくれるおにぎりを持って、倉庫のアルバイトへと向かいます。

「子どもの教育費」と「親の老後資金」は、人生における二大巨額支出ですが、決定的な違いがあります。子どもは奨学金や教育ローンを組むことができますが、「親の老後破産を救うローン」は存在しないという点です。子どもへの投資によって自分たちの未来を削り取ることは、美徳のようにみえて、リスクが高い側面も。見返りを求めない愛情だけであれば、気持ちの整理はつくかもしれませんが、その場合にも、現実的な経済状況とのすり合わせも重要です。

大前提として親が「最後まで自立して生きてくれること」が、実は子どもにとってもギフトであることも忘れてはなりません。