大きな荷物を持って駅のエレベーターに並んでいるとき、高齢者など配慮が必要な人に列を譲るべきなのか。医師の木村知氏は「とくに暑い季節『たった数分の待機』が命取りになる人たちがいる。こうした人たちがなんの遠慮も説明もなく使えることが大前提だ。ただし“譲らない人”を責めるのは筋違い。問題の根本はもっと深いところにある」という――。
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■夏到来で深刻化する“ある問題”

5月に入って一気に気温が上昇し、首都圏では早くも真夏日となる日も出てきました。今後は外出するたびに暑さと向き合わねばならない日が、いっそう増えてくることでしょう。

くわえて昨今、通勤通学客だけでなく、国内外の旅行者の姿も通年化しました。

ラッシュアワーというただでさえ混雑する時間帯は、以前にも増して駅構内や電車内は多くの人たちでごった返し、体感温度がさらに上がることになるでしょう。

健康な人でさえ暑さと人ごみで疲弊してしまう毎日がもはや目前ですが、それ以上に、高齢者や呼吸器・循環器に疾患をかかえている人、思うように体を動かすことのできない人たちにとっては、冬とはまた違った過酷な季節を迎えることになります。

そんなすべての人たちにとって辛いシーズンを前に、医師として以前から懸念している問題を本記事では取り上げたいと思います。

それは公共交通機関における「優先」をめぐる問題です。

公共交通機関は不特定多数の人たちが利用します。高齢者、身体に障害を持つ人、幼い子どもを連れている人、さらに外見ではわからない事情を抱えている人、これらの人たちが安全かつ安心して移動できるように車内や駅構内ではさまざまな工夫や配慮がなされています。

優先席、エレベーターの設置はあるが…

たとえば車両にはその座席を必要とする人のための優先席が設置され、駅構内には垂直移動が困難な人のためエスカレーターやエレベーターといった設備が整備されてきています。

このようなハード面の整備は年々進められてきてはいるものの、じっさいの運用としてはどうなのか。バリアフリー法や駅の施設管理者である鉄道事業者の意図した運用になっているのでしょうか。

国土交通省も、これらの旅客施設などのエレベーターや車両の優先席について、「必要としている方が必要な時に利用できるよう」に適正利用を推進していますが、よく観察していると、必ずしもその運用が本来の目的を反映しておらず、本来優先されるべき人が「後回し」とされている運用が見えてきます。

大型連休や盆暮れのような多くの人が移動する時期でなくとも、多くの旅行客が巨大なキャリーケースをひとつばかりかふたつ以上も持ち運ぶ光景が、近年、主要駅では日常的に見られます。

そして駅のホームにひとつしかない狭いエレベーター前には、これらのキャリーケースが長い列を作ることもしばしばです。

■本当に必要な人が「後回し」になっている

このような状況で、静かに「後回し」になっている人たちの存在に、いったいどれだけの人が気づいているでしょうか。

たとえば車いすでないと移動できない人の場合、駅のホームから地下通路や階上の改札口へはエレベーターを使うしかありません。ベビーカーも同様です。

こうしたエレベーターでないと移動が不可能な人たちは、キャリーケースの長い列の後ろに並ぶことになってしまうと、その列が掃けて乗ることができるまで2〜3回は待たねばならない状況に遭遇してしまうこともあるのです。

長い列を見てあきらめ、慣れない松葉杖をつきながら不安定な足取りでかなり離れたエスカレーターまで歩いていくことにした、足にギプスを巻いた学生。

大きな荷物を2つずつ運ぶ旅行客でほぼいっぱいになったエレベーターで、わずかにスペースはあったものの、車いすでは入れず、次を待たざるを得なかった人。

ご存じの方も多いと思いますが、駅のエレベーターわきには掲示があって、高齢者や身体の不自由な人、妊婦やベビーカーに乗せた幼児を連れている人など、階段やエスカレーターの利用が困難もしくは危険である人たちを優先するよう明示されています。

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■「数分の待機」が命取りになる

一方で、大きな荷物を運ぶ人や階段など他の手段で移動することが可能な人の利用を禁ずる表示もありません。

大きな荷物を運ぶ人にとっては、階段やエスカレーターを利用するよりエレベーターを使うほうが便利で安全という見方もありますし、じっさい事業者の案内にも「大型荷物の人は安全のためにエレベーターへ」との誘導がされている場合もあります。

またエスカレーターで移動できるサイズの荷物を携行している人のなかには、「エスカレーターの片側を歩行する人のために空けなければならない」という因習に従うのがわずらわしいからエレベーターを利用するという人もいるようです。(この問題についてはプレジデントオンラインで何度か取り上げています。詳しく知りたい人は記事「「片側を空けるために長蛇の列に並ぶ」なんてバカらしい…「エスカレーターの右側」に1年間立ち続けた驚きの結果」を一読ください。)

つまりエレベーターというインフラは少しずつ整備されてきてはいるものの、それを利用したいと考える人が圧倒的に多いことから、本来の目的どおりに運用されずに、“早い者勝ち”でエレベーターが使用される現状があるのです。

しかも、これからの猛暑の季節には、こうした状況はたんなる「不便」ではすみません。ほんの数分間の待機であっても、暑さの影響を受けやすい高齢者や持病のある人、乳幼児にとっては、熱中症や体調悪化のリスクを高めるバリアとなりうるのです。

優先席付近のスペースが荷物置き場に…

一方、電車内にも外国人、日本人の区別なく大きなトランクを持ち込む旅客が増えており、車端部の優先席付近のスペースが荷物置き場として「活用」されている光景も、珍しくはありません。

電車内の優先席付近にも、エレベーターと同様に優先されるべき人たちを記した掲示シールが貼られていますが、ここにも該当者以外の利用を禁ずる表記はありません。

たしかに広い空間でやや奥まった場所なので、通路やドア付近といった他の乗客の乗り降りの邪魔にならないという意味では「置き場」としては利用しやすいとは言えます。

しかしこのスペースも、本来の目的は車いすやベビーカーのためのものです。大きなキャリーケースが占有することで、これらの本来優先されるべき人たちがドア付近にはじき出されている現状もあります。

また大きな荷物がバリケードとなっていることで、「ヘルプマーク」を付けた人が優先席まで到達できずに入口付近で立ちすくんでいる状況も、しばしば見かけます。

写真=iStock.com/spudsstuff
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■思わず拍手した外国人男性の行動

このような日常では、せっかく「必要としている方が必要な時に利用できるよう」にと環境が整備されているにもかかわらず、その目的が形骸化してしまっていると言えましょう。

エレベーターも優先席も、その利用にあたっては、あくまで優先されるべき人への配慮を求めることを前提としているため、「該当者以外は利用禁止」との表記がないことは現時点では当然かもしれません。

そしてこれらの装置やスペースは、居合わせた人どうしの譲り合いに任されているのが現状と言えます。

しかしじっさいは、先に並んだ人や先に荷物を置いた人が「優先権」を獲得しており、とても譲り合いが十分に機能しているとは言えません。

そうしたなか、先日、都会の喧騒のなかである出来事に遭遇しました。

エレベーターの到着を待つ列に並んでいたベビーカーを押す外国人男性が、自分が乗り込める順番であったにもかかわらず、すぐ後ろに立つ杖をついた高齢者に気づいた瞬間、「先に乗ってください」と身振りで示して譲ったのです。

■共生は「思いやり」では成り立たない

この男性の行動に、私は心の中で拍手しました。しかし、こうした個人間の譲り合いや、たまたまその場に居合わせた「善意の人」が存在しないと優先の問題が解決できないのでは、あまりに心もとないと言わざるを得ません。

最近よく「共生」あるいは「合理的配慮」という言葉が、困難を抱えている人やさまざまな事情から優先を必要としている人たちにたいして、「周りの人たちが手をさしのべて助けよう」との主旨で使われます。

しかし、本来これらは配慮を要する人たちへの思いやりを啓発するための言葉ではありません。

「共生」とは「共に生きる」であって、周囲の人が困っている人に手を差しのべる美談で社会を満たすことを夢みる言葉ではありません。

抱える障害や困難の有無によって分け隔てられることなく、互いの人格と個性を尊重しながら共に生きる社会をつくること、そのために社会の側にある障壁を減らしていこうとすることが本来の意味です。

「合理的配慮」も同じです。困っている人への特別扱いや、善意による施しを意味する言葉ではありません。

■全面禁止にすべき“慣行”

障害のある人が、社会にあるバリアのために不利益を受けているとき、それを過重な負担のない範囲で取り除き、他の人と同じように利用できる状況を整えるための調整を意味するものです。

こうした視点から、これまで述べてきた問題にいかに対処すべきかを考えてみましょう。

繰り返しますが、居合わせた人や気づいた人の善意に依存しない対処法の検討です。

まずおこなうべきは、エレベーターや優先席の機能を広く再確認してもらう作業です。具体的にはポスターなどの掲示だけでなく、駅や車内での多言語によるアナウンスです。

エスカレーターで運べる荷物はエレベーターを使わないようアナウンスするとともに、いまだに改善されない“エスカレーターの片側空け”の慣行もすべての駅で全面禁止とすることで、エレベーターを使わずとも安全に荷物を運べる環境を作ることも重要です。

写真=iStock.com/samxmeg
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そして大きな荷物を運ぶ人については、車内への持ち込みや駅構内での移動を減らすべく、配送や預かり所の利用をうながす制度設計も望まれます。

■そもそも「優先席」は必要か

車内での荷物置き場については、車端部に座席を除去した荷物専用のスペースを設置した車両を編成に組み込むのも一案でしょう。そしてその結果、優先席が減少してしまわないよう、車端部に限定しない優先席の設置も検討されるべきではないでしょうか。

そもそも「優先席」というものの存在から再考すべきかもしれません。すべての座席が優先席としての性格を有しているとの認識を広めていくことが、今回の問題をよりわかりやすく解決へと導くのではないかと私は思います。

配慮の足りない人をなじるのではなく、また配慮に長けた人の善意にのみ依存するのではなく、優先を必要とする人が、そのつど遠慮したり説明したりしなくても必要な設備を使えるよう、運用と環境の側を変えていくこと、そしてすべての人が社会に存在する“見えざるバリア”を見つけ出し、自分ごととして解決策を考えるようになることこそが、「共生社会」の出発点になるのではないでしょうか。

夏の旅行シーズンまで、まだ時間はあります。本稿をきっかけとして、まずは身近な場所で「バリア探し」を始めてみませんか。

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木村 知(きむら・とも)
医師
1968年生まれ。医師。東京科学大学医学部臨床教授。在宅医療を中心に、多くの患者の診療、看取りをおこないつつ、医学部生・研修医の臨床教育指導にも従事、後進の育成も手掛けている。医療者ならではの視点で、時事問題、政治問題についても積極的に発信。新聞・週刊誌にも多数のコメントを提供している。著書に『大往生の作法 在宅医だからわかった人生最終コーナーの歩き方』『病気は社会が引き起こす インフルエンザ大流行のワケ』(いずれも角川新書)など。note
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(医師 木村 知)