飛鳥に散らばる石造物の謎を追う──考古学者の視点と「亀石」【徹底踏査 飛鳥・藤原の宮都】
2026年夏の世界遺産登録を目指している奈良県の飛鳥・藤原の宮都。『徹底踏査 飛鳥・藤原の宮都』は、大学で考古学や歴史学の教鞭をとりながら、観光ガイドを30年あまり続けてきた異色の考古学者・来村多加史さんが、歩いて・見て・探る「踏査」を通して飛鳥・藤原エリアに残る石造物の謎に迫る話題の一冊です。
本書より第1章「石造物の謎を解き明かす」の一部をご紹介。考古学における「一丁目一番地」について、さらに飛鳥に残る謎めいた石造物・亀石の踏査レポートです。
『徹底踏査 飛鳥・藤原の宮都』書影
石造物の謎を解き明かす
考古学者の視点とは 考古学の「一丁目一番地」は「モノを見る」ことです。考古学は「モノを通じて過去の人間行動や精神を読み取る学問」なので、研究者どうしが意思の疎通を図る際にも、必ずモノについての見解や感想が会話に割り込みます。モノを語らずして考古学の会話は始まらない、といっても過言ではないでしょう。同じモノを見ても、研究者によって見解が異なり、その違いが議論を呼び、議論を重ねた結果、一つの方向に見解が落ち着いてくると、それが定説となり、学問は次へのステップを踏めるのです。とはいえ、モノによっては、その道のりが遠く、まだまだ定説に至らないものもあります。石器や土器などの日用品は、そもそも日常生活のパターンが一律であるため、容易にその用途が想像できるのですが、祭祀用具や芸術作品など、精神の表象として製作された品々は、思想や独創性といった、考古学では読み取りにくい要素を含み、単独で存在する場合は、なおさら製作の意図が読み取りにくくなります。
読み取りにくいモノに向き合うとき、もしそれが元来の位置から動いていなければ、あるいは元来の位置から遠からざるところにあるならば、考古学者はそのモノが置かれた場所や施設の用途を考えることから解明を始めます。モノが語ってくれなくとも、モノを扱った人々の行動や思いを「状況」から読み取ろうとするのです。この章では、モノの形をよく見ること、モノが置かれた場所の意味を考えることによって謎を解き明かしてゆく楽しさをお伝えしましょう。
ご存じのように、飛鳥には謎めいた石造物が数多く散らばっています。石造物とは「石に手を加えて何らかの形に見えるように仕上げた人工物」を指す言葉ですが、「亀石(かめいし)」や「猿石(さるいし)」など、それに冠された個別の名称は後世の村人たちがつけた愛称であって、作り手が何を作ろうとしたかは、わかりません。石造物と向き合うとき、まずは与えられた名称が石工(いしく)の意図に一致しているのか。それを確かめなければなりません。
もちろん、これまでに調査が積み重ねられ、ずいぶんと学説が交わされました。それによって詳細がわかってきたものもあれば、謎を解ききれない石造物もあります。新たな発見がない限り、これから先も謎が謎のままになることもあるでしょう。ただ、高松塚古墳の壁画のように、飛鳥ではそれまでの定説を吹き飛ばすような発見が相次いできました。まだまだ新しい発見があるぞ、と思わせる。それが飛鳥の魅力でもあるのです。
謎めいた石造物の中でも、猿石・亀石・二面石(にめんせき)は、とびきり異彩を放つ石たちです。その中でも、静かな顔をして地に伏している亀石は、語らない石造物の代表であり、秘められた謎は、見る者の心を引き込みます。考古学者がいかにモノを観察し、いかに謎を解いてゆくかをお伝えする手始めとして、亀石のレポートを綴ります。レポートは、考古学者としての私の見解を論述した部分です。
亀石の形状と加工痕
亀石
高さ2メートル、幅2.77メートル、奥行き4.53メートル
古墳の石室と思われる益田岩船(ますだのいわふね)を除けば、最大級の石造物であり、真上から見て杏仁形(きょうにんぎょう。アーモンド形)をした自然石の一部を加工して、大亀の姿にしている(図表)。長さでは酒船石(さかふねいし)の5.5メートルに及ばないものの、高さが酒船石の2倍もあるため、立体的である。南西に向けられた顔は腫れぼったい瞼(まぶた)が特徴的で、眠たそうである。一般に石碑の台座(亀趺。きふ)に彫り出される亀はキトラ古墳の玄武(げんぶ)図のように目を怒らせたものが多いが、それらに比べると、ずいぶん柔和である。鼻は三角形に尖(とが)り、鼻筋が通っていそうだが、やや欠けていて不明瞭。両頰は垂直に削られて長い三角形の面ができ、それが鼻先で顔面とともに収束するため、よけいに顔が尖った印象を受ける。左右とも頰の横に指が刻まれた前足が添えられている。頰にあてがっているため、脚の動きが封じられ、威嚇する雰囲気はまったく感じられない。甲羅は前半身の縁が平たく面取りされ、後半身は肋甲(ろっこう)と縁甲(えんこう)との屈折が表現されている。背筋にあたる椎甲(ついこう)の最後尾が後方に向けて尖っているのは水の抵抗を少なくする海亀の特徴であるが、海亀は前足が鰭(ひれ)状になって指が退化している。海亀の甲羅だけを見てデザインをしたのだろうか。両側面が張り出し気味にそぎ落とされているのは、自然石の段階からの割れによるものかも知れないが、亀から見て右側面に縦方向の溝が少なくとも10筋ばかり残る。それは石の面を平坦にするための加工であり、まずは並行する溝を彫り、その溝を消すように平滑(へいかつ)に仕上げてゆく技法である。益田岩船には溝がさらに顕著に残り、技法の一致をもって同時期の石造物であると唱える向きもある。
亀石の図表
このような形の特徴を書きとめてゆくうちに、ぼんやりと眺めていては気づかないことが、次々に判明してゆきます。興味深いのは、亀石の下方に溝状の加工痕が残っていることです。下から見られることも意識したのならば、石組みの上に置く天井石(いし)のような用途も考えられます。いずれにしても、亀石の周りは未発掘なので、元からその場所にあった巨石を彫ったのか、どこかで製作されて移設されたものなのかも定かでありません。私は中学生時代に亀石を初めて見たとき、石室入口の天井石かと妄想しましたが、即座に否定される妄想でもなさそうです。妄想を他人に押しつけるのは感心しませんが、心の中に抱くことは悪いことではありません。ただ、それが妄想で終わるか学説に発展するかは、お見せしたような観察レポートを作るか作らないかで決まります。また、慣れてくると、逐一メモをとらなくても、観察したことが頭に入り、記憶に残ってゆきます。記憶が蓄積すると、いつかどこかでつながり、学説に発展することもあります。
『徹底踏査 飛鳥・藤原の宮都』では、飛鳥地域の石造物を残さず紹介し、地上に残る古代の文化財(宮殿跡、寺院跡、古墳、陵墓、石造物など)について、自ら歩いて観察する<踏査>を駆使し、地形を読み、文献をひも解き、仮説を検証していきます。図版100点、観光ガイドも務める著者ならではのオリジナル踏査マップも充実。考古学者が実践する推理の追体験が楽しめる一冊です。
【構成】
第1章 石造物の謎を解き明かす <考古学者の視点1>モノをじっくり観察する
第2章 飛鳥京の基準線を探る <考古学者の視点2>都市設計の計画性を解き明かす
第3章 狂心渠をたどる <考古学者の視点3>「芋蔓型」で論を立て展開する
第4章 藤原京の理念を貫く「聖なるライン」を検証する <考古学者の視点4>平面・立面・断面でとらえる
第5章 飛鳥陵墓区の風水を観る <考古学者の視点5>風景を読み取る
1958年生まれ。考古学者。博士(文学)。関西大学大学院修士課程、博士課程を経て、北京大学考古系に留学。2年半にわたる留学期間に中国全土の皇帝陵や都城遺跡を単独調査。2025年3月まで阪南大学教授を務めた。教鞭を執るかたわら、観光ガイドとしても活動、30年あまりの実績をもつ。研究者・現地案内者・歴史考証家として現場主義を貫くフィールドワーカー。著書は『高松塚とキトラ 古墳壁画の謎』(講談社)、『上下する天文 キトラ・高松塚古墳の謎』(教育評論社)ほか多数。
◆『徹底踏査 飛鳥・藤原の宮都』
◆文 来村多加史
◆図表 飛鳥資料館編『あすかの石造物』(2000年)掲載の実測図をイラストに改変
◆写真 https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Kameishi,_zenkei.jpg(Saigen Jiro, CC0, ウィキメディア・コモンズ経由で)
※本写真は本書に掲載していません。
