樋口直哉さんの居酒屋風肉じゃがレシピを公開【日本の定番料理10の謎】

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少ない水分と濃いめの調味料で具材を一気に加熱した「すき焼き型」から、蓋をして蒸し煮にする「蒸し煮型」を経て、出汁を使ってじゃがいもに味を含ませる「煮含め型」へ── 日本の食の変化とともに肉じゃがは進化してきました。

人気料理家の樋口直哉さんが歴史×科学の視点でレシピをひも解き、日本人が愛する「あの味」がなぜ定番になったのかに迫る『日本の定番料理10の謎 ポテトサラダはなぜ「おかず」になったのか』が2026年5月11日に発売。

今回は本書第1章「居酒屋の肉じゃがはなぜうまいのか」より、樋口さんの居酒屋風肉じゃがレシピを特別公開します。

書影

居酒屋風「煮含め型」肉じゃが

 煮含め型は出汁を使ってじゃがいもに味を含ませるのが特徴で、時間が経っても味わいが落ちにくいという特徴があります。定食屋さんの副菜などに小鉢で付いてくるイメージです。『きょうの料理』に適当なレシピがなかったので、僭越(せんえつ)ながら僕のレシピを参考までに掲載します。

肉じゃが(2~3人分)

牛薄切り肉 200g
牛脂10g(なければごま油 大さじ1)
玉ねぎ1コ
じゃがいも 500g
出汁 500㏄(鰹節と昆布でとる。水でも可)
調味料〕 砂糖、しょうゆ

1 じゃがいもは皮をむき、1・5㎝厚さに切る。ラップをかけて電子レンジ(600W)に5分かけ、そのまま3分蒸らす。玉ねぎは皮をむいて半分に切り、さらに繊維を断つように7㎜厚さにスライスする。

2 鍋に牛脂(スーパーでもらえるもの)を入れ、弱火にかける。じくじくと脂が染み出し、かすかに色づいてきたら、玉ねぎを加えて中火で軽く炒める。玉ねぎがしんなりしてきたら出汁を注いで鍋底を木べらなどでこそぐ。

3 沸いたところに1じゃがいも、砂糖30g、しょうゆ大さじ2を加える。弱火にし、牛肉を加え5分煮る。火を止めて、しょうゆ大さじ1/2を加え、余熱で10分火を通す。器に盛り付け、あれば絹さやなどで青味を添えるとよい。

 じゃがいもは電子レンジを使って煮る前に火を通しておきます。レンジを使っての加熱は効率がいいため、ペクチンが硬化する時間を与えずに素早く加熱できますし、あらかじめじゃがいもに火を通しておけば、肉を加えてから加熱する時間を短くできる、というメリットがあります。肉を入れてからの加熱時間が長くなると煮汁はおいしくなりますが、肉の味が抜けるというデメリットが出てくるからです。

 10分余熱で加熱します。もっと長い時間置いておけばさらにじゃがいもに味が入りますが、煮物の味の染み込みは加熱温度×時間に比例します。「煮物は冷めるときに味が染み込む」という俗説がありますが、正確には火を止めて冷ますのは煮汁を煮詰めずに味を入れるためなのです。

 たっぷりの出汁を使ってじゃがいもに火を通し、砂糖を加えれば冷めてもおいしい肉じゃがになります。居酒屋の肉じゃがが冷めてもおいしい理由は水分と砂糖にあったのです。

食卓は時代を映す鏡

 肉じゃが一つとってもその裏では様々な現象が起こっています。例えば塩分を入れた水または出汁でじゃがいもを煮ると、ほくほくとほぐれる食感になります。これは食塩のナトリウムイオンによりペクチンとカルシウムとの結合が妨げられ、ペクチンが溶けにくくなるからです。煮崩れを絶対に起こしたくない、という場合は塩を入れずにじゃがいもを茹でてから、熱い調味液につけ、そのまま冷ましたりします。
 
 補足ですが、失敗パターンについても考えてみましょう。じゃがいもが硬い場合は温度が低かったか、加熱不足なので、レンジで加熱すればリカバーできるでしょう。また、肉が硬い場合はしゃぶしゃぶ用などの薄切り肉、それもできたら脂肪が多い霜降り肉を使ってみてください。脂肪は加熱しても縮まないため、やわらかさを楽しめるからです。

 味が薄い場合はどうでしょうか。その場合はじゃがいもと肉を取り出してから、煮汁を煮詰め、材料を戻すといいでしょう。鍋の口径や火の強さによって水分の蒸発量が異なるので、次に作る時は加える水の量を減らせばいいわけです。逆に味が濃すぎる場合は水分を増やしましょう。

 味付けも時代によって変わり続けています。ご飯のおかずになる濃いめの味付けが必要とされた時代からおかずが増え、ご飯をあまり食べなくなった現代では求められる味付けも食材の持ち味を生かすような形に変わってきました。

 時には肉じゃがを作りながら過去の時代に思いを馳せるのも必要かもしれません。僕らの食卓は過去の積み重ねで成り立っているのですから。

この続きは『日本の定番料理10の謎』でお楽しみください。本書は以下の構成で日本人が愛する「あの味」がなぜ定番になったのか、驚きのルーツに迫ります。

第1章 居酒屋の肉じゃがはなぜうまいのか
第2章 ハンバーグはいつから家庭の定番になったのか
第3章 なぜ生姜焼きはご飯に合うのか
第4章 から揚げは「和食」なのか
第5章 ポテトサラダはなぜ「おかず」になったのか
第6章 麻婆豆腐はなぜやみつきになるのか
第7章 炭で焼いた魚はなぜおいしいのか
第8章 なぜパスタは日本で愛されるのか
第9章 なぜプロのチャーハンはパラパラなのか
第10章 なぜみそ汁に出汁は必要なくなったのか

著者紹介

樋口直哉(ひぐち・なおや)
作家・料理家。1981年生まれ。服部栄養専門学校卒業。2005年、『さよならアメリカ』(講談社)で第48回群像新人文学賞を受賞し、作家デビュー。同作は第133回芥川龍之介賞の候補にもなった。料理家としての著書に『新しい料理の教科書』(マガジンハウス)、『料理1日目』(光文社)など多数。「きょうの料理」、「激突メシあがれ」(いずれもNHK)などのメディアにも出演し、調理科学に基づいたわかりやすい解説が人気を博す。
※刊行時の情報です

◆撮影・川上朋子