厳格な家で育った“お嬢様”が刺青を入れ、舌先を2つに割ったワケ。祖母からの援助(100万円)で豊胸手術も
◆厳格な家で育った“お嬢様”の幼少期
――刺青が非常に強いインパクトを残しますが、一方で蓮さんは堅実なご家庭で育ったとか。
蓮ひさぎ:そうですね、実家は三重県にあるのですが、普通よりは厳格な家で育ったと思います。幼い頃から、お茶、お花、乗馬などをやらせてもらって、ちょっとしたお嬢様気分で育ったかもしれません。田舎なので家が大きいんです。そんなわけで、毎年家で開催する誕生日会には、クラスの半数の子が集まってお祝いしてくれるのが常でした。
――初めて刺青を入れたのはいつですか。
蓮ひさぎ:18歳のときです。デザイナーをしている友人がいて、その子に協力したいと思って自分に彫ることにしたんです。蓮をモチーフにしたデザインを入れました。蓮を入れたのは、自分が仏教徒であることを示すためです。それと、敬愛する平沢進さんの『Lotus』(=蓮)にちなんでもいます。私はスプリットタンもしていますが、すべて基準は「可愛いかどうか」なんです。
――厳格なご家庭だと、刺青はご法度ではないですか。
蓮ひさぎ:最初はめちゃくちゃ怒られました。私は高校生になるまで本当に絵に描いたようなお嬢様で、友だちと遊ぶよりも書籍を読むようなタイプでした。家は髪を染めるのも禁止、ピアスをするのも禁止だったくらいですから。ただ、高校生になると、平沢進に目覚めてしまって。彼のライブに行くために、イメージカラーであった赤色に髪を染めました。また、彼の真似をして両耳にピアスをしたんです。当初はイヤリングでしたが、頭痛がするのでピアスは許されました。はじめのうちはライブに行くときだけの染髪も徐々にうやむやになって……という感じでしょうか。
――どのあたりでご家族は蓮さんのファッションについて諦めたのでしょうね。
蓮ひさぎ:ただ、現在でも結構刺青については怒られますよ。「一緒に温泉に行けないじゃないの」とかそんな理由ですが。あと、ニップルピアスについては「自傷行為ではないか」と言われたりしました。単純にキラキラしたものが好きなだけなのですが……。あるところから、家族も私を突然変異だと諦めてくれた感じはありますね。もともと理系の教職員の多い家系ですが、私はあきらかに美術系なので。変わり者だと理解してくれて受け入れてくれたとは思います。
◆ASD、ADHDと向き合い、芸術を心の支えに
――どんなお子さんだったのでしょう。
蓮ひさぎ:ものすごい独特な絵を描いていたようですね。また普通の人には見えないようなものが見えると行ったり、公園で遊んでる時にポケットからハムスターを出したり、といった奇行もあったとか。反面、動物から懐かれやすくて、登下校時に迷い犬を保護したり野良猫と学校に行ったりもしていました。わりと、分け隔てなく接するタイプだったと思います。
――成長してくれると、さまざまなことに悩んだ時期もあるようですね。
蓮ひさぎ:ASD、ADHDの診断を受けており、障害者手帳2級のため、日常に制限がつくのがつらいですね。救われたのは、やはり平沢進さんの生き方、歌詞、つむぎ出す言葉のすべてです。あとは萩原朔太郎の詩も心の拠り所としていました。
◆整形と豊胸に投じた総額は…
――ところで、人体改造にはお金がかかりませんか。
蓮ひさぎ:刺青に関していえば20万円だけで、自分の稼ぎでカバーできました。長年、母から“貧乳いじり”をされていたので、それに怒った祖母が100万円を出してくれて、豊胸手術をすることができました。あとは整形には200万くらい費やしました。弟もそうなんですが、歯科矯正も整形も、親に出してもらってしてましたね。私立大学の費用も、親持ちでした。
