今こそガラクタの希望を高々と掲げよう。独立独歩のDIY系シンガーソングライター大柴広己のデビュー20周年を飾るニューアルバムは『JUNK HOPE』。弾き語りやバンドのライブ活動、ボカロP、楽曲提供、アーティストプロデュース、音楽ゼミ主宰、フェス主催など八面六臂の活動を続ける彼が、20年目に刻む新たな始まりの1枚だ。

“よりパーソナルに、ミニマルに”をテーマに作り上げた自伝的内容を多く含む楽曲について、思いの丈をたっぷりと語ってもらおう。

なお、今回の取材には大柴広己のデビュー20周年を語るに欠かせぬ4本のギターをご用意いただいた。いずれも1960年代のヴィンテージやカスタムギターなど貴重なモデルだらけだが、その希少性や価値を遥かに超える大柴ならではのドラマティックなストーリーが刻み込まれた逸品のオンパレードとなった。

   ◆   ◆   ◆

■今回のアルバム『JUNK HOPE』によって
■人生で最後に出すアルバムの名前も決まった

大柴:何から喋ろうかな。めちゃめちゃ喋りたいことがあるんだけど。

──ゆっくりやりましょう。とりあえず、3年前の前アルバム『LOOP 8』で、8年間続いた“Lシリーズ”は一旦完結したと考えていいですか。

大柴:そうですね。“人間関係において必要な「L」”という、“LOVE、LIFE、LIVE…”というような、生きるために必要な“L”をテーマに6枚のアルバムを作って、自分の中ではスッキリしたんですけど、世の中がどんどん変わっていく中で、忌野清志郎さんが昔、「世の中が悪くなっていく」(1998年発表)と歌ってたのを思い出したりしていて。清志郎さんが亡くなって10数年経って、俺は未だに“世の中はもっと良くなるはずだ”という一抹の希望を持っていますけど、なかなかそれを実感できないなというのがすごくあって。

──よくわかります。

大柴:今回のアルバムの中のコンセプトとして、“ミニマルなもの”にしたかったというのがひとつあるんです。AIが発達して、誰でもすごいものが簡単に作れるようになって、人間の仕事と“見分けられるか? 見分けられないか?”という論争すらも、たぶんなくなっていくと思うんですけど。そこで“自分の中の喜びはどういうものか?”と考えた時に、よりパーソナルなものになっていく気がするんですね。

with 1966 Fender Telecaster

──なるほど。

大柴:たとえば、“何のためにライブをやってるのか?”というと、世の中に認知されるための方法ではなくて、自分を喜ばせるための手段に変わっていってる気がするし。それは僕だけじゃなくて、いろんな人がそうだと思うので、まず自分にフォーカスしていくことをもう一回きちんとやりたいなと思ったんです。“Lシリーズ”はもっと広い視野で、生きるために必要なことを探していく時期だったんですけど、それを踏まえて自分の本当の喜びはどこにあるのか?を考えて、その旅を今から始めようと思っています。もう先に言ってしまいますけど、ここから“Hシリーズ”が始まります。

──おおー。そうなんですね。

大柴:今回の『JUNK HOPE』を出すことによって、自分が人生で最後に出すアルバムの名前も決まったし、そこに至るまでのストーリーが見えたんですね。自分の中では、最終章の第1歩目です。

──『JUNK HOPE』は、直訳すると“ガラクタの希望”になりますか。

大柴:最初は『HOPE』にしようと思っていたんですけど、それだとただの希望になってしまうので、『JUNK HOPE』にしました。自虐的かもしれないですけど、自分にとっての希望はそういうふうに思えるんですね。たとえば、アイスの当たり棒をたくさん集めてる人とか、いるじゃないですか。たまの石川浩司さんが、自分が飲んだ空き缶を全部集めていて、家に空き缶ギャラリーがあるらしいとか。「なんでそんなの集めてんの?」って言われたら、たぶん答えられないと思うんですけど、自分にもそういうものがやっぱりあって。

with ForM TRUTH TN-35BB CUSTOM

──JUNK=ガラクタで無意味、だけど愛おしい。

大柴:今回のアルバムには、自分が主宰している音楽ゼミ(「歌詞研究会」)の生徒が参加している「希望の鐘」という曲があるんですけど、10年前にその音楽ゼミを始めた時に、「なんでそんなことやってんの?」ってさんざん言われたんですよ。「そんなの時間の無駄だ」みたいなことを言われて、その時に「お前にとってはガラクタみたいな何の意味もないことかもしれないけど、これは未来に繋がっていく希望なんだ」と思っていたんです。それが10年経って、気がついたら「大柴さんのようにシンガーソングライターになりたい」と言ってくれたり、楽器をやってなかった人間が楽器を始めてくれたり、そういう生徒がどんどん増えていて、それが自分の中ですごく大きなものなんですよ。そう考えた時に、『JUNK HOPE』というワードが出てきたんですね。

──はい。なるほど。

大柴:もうひとつ、僕が大好きな玉置浩二さんの『JUNK LAND』というアルバムがあって、自分のルーツのひとつになっているので、そのイメージも入っています。そしてCDジャケットの写真は、実家の親父の書斎なんですね。そこにあるのはまさにガラクタの寄せ集めで、親父は昔「スプーン曲げができる」みたいなこと言ってて、曲げたスプーンとかが置いてある(笑)。俺の中でジャンクの象徴が、実家のこの部屋なんですよね。しかもそこは自分が前に住んでいて、宅録をしていた部屋なので、昔の自分と今の自分を繋ぐタイムマシンみたいな空間なんですよ。ちょうどデビュー20周年ということもありますし、どうしてもこの部屋をジャケットにしたかったんです。

──20年で、何かが一回りしたんですかね。

大柴:そうだと思います。ただ、確かに一回りしたんですけど、20年間何も考えなかったら絶対ここには行けてないな、というところに戻ってきたなと思いますね。20代前半は自分のことばかり考えていたんですけど、ここ数年は人のプロデュースもたくさんやってますし、音楽ゼミから若いミュージシャンがたくさん出ていることもありますし、自分のことしか考えない人間が20年後にこうなってるか?と言われたら、絶対そうはならないと思うので。いろんなことをやった上でもう一回自分に向き合おうとしているので、ある意味で同じ方向を向いてるんですよね。自分のことしか見てなかった20年前と、自分と向き合う20年後と。同じベクトルを向いてるけど、全然違うものになっているなと思いますね。

──制作スタイルは、すべての楽器を一人でこなすセルフレコーディングが半分、ゲストミュージシャンを迎えた曲が半分くらいですか。

大柴:最初は一人で全部やろうと思ったんです。ミニマルなものを作りたかったので、自分のスタジオで完結させるぞと思っていたんですけど、途中でエンジニアの倉本淳二に聴かせたら、興奮して電話してきて「めっちゃいいね。でも絶対もっと良くなるよ」みたいな話になって。最初はミックスも全部自分でやろうとしていたんですけど、彼が「本気でやりたい」ということになって。それから事務所の社長でマネージャーの大中智史がドラムをやることになって。プロモーションもミニマルにしようと思っていたのに、アルバムができたらプロモーターの長瀬江美子さんが「私がやりたい」と言ってくれて、最初は自分一人で完結させるつもりだった“ガラクタみたいな希望”を、同じようなベクトルでシェアしてくれた人がいたことは、想定外の喜びでした。自分は今まで、一人で音楽をやってきたという感覚を持っていたんですけど、そんなことはなくて、自分の周りに素敵な人間がたくさんいてくれたということを改めて実感できただけで、このアルバムを作って本当に良かったなと思ってます。

■ずっと砂場で遊んでて休み時間が終わらない感覚
■でも自分の目の前には立派な砂の城ができてる

──いい話です。

大柴:アルバムのキーになるのが「僕とギターと星空と」という曲で、これがまさにこのアルバムを作る時の心境というか、自分は高校生の時に友達が全然いなかったんですね。そこで本当に思うことは、ギターという楽器に出会ったことへの感謝で。格闘技をやっていて左手を骨折して、挫折してギターを始めて、そのギターが僕に音楽と人を連れてきてくれた。高校の時に初めて親友になったのがショーヘイという奴で、落第してるから一つ年上なんですけど、ある時、音楽の授業で発表会みたいなことがあって、みんなは流行りの曲を歌ったりしてたんだけど、俺だけ自作曲を歌ったんですよ。当然「何だこいつ?」みたいな空気になるじゃないですか。しかもギターも歌も全然うまくないし。でもその時、ショーヘイが話しかけてくれて、「大柴くん、めちゃくちゃいい曲だったよ。将来はプロのシンガーソングライターになるの?」って言われて、「うん、なる」って。「だったら俺、めちゃめちゃ応援するわ」って、そいつが僕のホームページを全部作ってくれたんですね。それがきっかけでいろんな人に知ってもらえたし、そいつと一緒に車中泊しながらツアーの真似事をしたりとか、楽しいことがいっぱいあったんです。

──まさに親友ですね。素晴らしい。

大柴:まだ誰も持ってないDATレコーダーで、僕がストリートでやってるライブを録音してくれたり、一眼レフのカメラでアーティスト写真を撮ってくれて、僕が17歳の時に初めて自主制作CDみたいなものを作ったり。誰も友達がいない中で、色恋がどうとか文化祭がどうとかじゃなくて、“将来どうして生きていくのか”を初めてちゃんと相談できた友達だったんです。彼は今、ホテルに備え付けのインフォメーションシステムを開発して、年商6億円の企業の経営者になってます。

──そのすべてのきっかけを作ってくれた、ギターへの思いと自伝的な心境を綴ったのが「僕とギターと星空と」。今回のアルバムは自伝的な内容が多くて、「希望の鐘」もそうですし、リード曲の「笑ってくれよ」も、歌うたいの覚悟をまっすぐに歌う曲になってます。

大柴:ミュージシャンって「そんなのなれるわけないよ」と必ず言われる仕事だと思っていて。未だにうちのおかんが、近所のおばちゃんとかに「あんたの息子さん音楽やってんの?」って聞かれて、こっちからすると「あんたの息子さん、ちゃんと仕事してんの?」って言われてる感覚なんですよ。でも世の中的に言うとそれがフラットな意見というか、誰もがなれる職業ではないですし、ミュージシャンにさせてくれてる人がいないと成り立たない仕事でもあって、しかも常に更新していかないと保てないものなので。「笑ってくれよ」は、自分は歌を書き続けて、それを残していって、いつか誰かが自分の歌を歌ってくれれば嬉しいし、そうやって誰かに繋いでいくものでありたいと思うのと、「なれるわけないよ」と笑われるのがミュージシャンという仕事ならば、俺は全力で笑われるような生き方をしたいし、“笑ってくれよ、俺は違う意味でちゃんと笑えるように歌を残していくから”という気持を込めて描いた歌です。

──決意の歌ですね。

大柴:こうやって話すとわかってもらえるんですけど、わかりづらいテーマだとは思います(笑)。でも「笑ってくれよ」ができて、このアルバムを作ろうと思ったので、すごく大事な曲ですね。それをBRAIN BREAKSという、自分のゼミ生が組んだ9人編成のファンクバンドがあるんですけど、そこで最初に歌ってもらったら全然違う歌に聴こえて、“ああ、なるほど”と思ったんですね。“歌を紡いで残してゆく MY LOVE”という歌詞を、藤木陽音というボーカルの子が歌うとすごく立体に聴こえるというか。自分のために作った歌なんですけど、“この子もたぶんそうやって生きていくんだろうな”みたいな未来が見えて、すごく面白いと思ったので、セルフカバーするような感覚で歌ってみました。

with 1962 Fender Jazzmaster

──なるほど。

大柴:自分のことを歌うというよりは、自分に起こったことを客観的に歌う歌として、それの最たるものが「きくちくん」という歌なんでうけど、“誰なんだよ”って思うじゃないですか(笑)。これはplaneというバンドの菊地佑介くんのことで、知らない人にとっては“なんのこっちゃ?”なんですけど、全部planeの歌詞なんですね。“平和そうに見えるこの世界で”とか、“はなればなれ”とか、“どいつもこいつも”っていう歌い出しの曲があったりとか、全部そうなんですよ。

──それ、知ってる人はたまらないですね。

大柴: “飲みすぎて人を困らせて”とか、“上手に嘘をつく”というのも彼のことで(笑)。

──それ、本人が怒ってきませんか(笑)。

大柴:本人に電話で「「きくちくん」って歌出すからね」って言ったら、「やめてよー。でも聴くよー」と言ってましたから、本人公認です(笑)。また音楽やりたいって思ってるみたいですよ。これはすごく個人的な歌で、“お前だけ聴いて泣けよ”という歌です。僕の中ではラブソングです。

──「世の中さん」は?

大柴:「世の中さん」は……僕は、みんなが就職活動をしている時期に、自分の道を歩いていくと決めてここまできたんですけど、小学校ぐらいから何も変わっていない感覚があって、休み時間が終わらないんですよ。普通は休み時間の終わりに、キンコンカンコンっていうチャイムが鳴って教室に戻るのに、僕だけずっと砂場で遊んでて、パッと振り向いたら誰もいない。チャイムが鳴ったのか鳴っていないのかもわからないけど、周りには誰もいなくて、でも自分の目の前にはすごい立派な砂の城ができてるんですよ。その感覚がずっと続いてるんですね。

──そうか。だから歌詞に“授業が始まるチャイムの音”が出てくる。

大柴:チャイムなんか、鳴るわけないんですよ。だってもう、鳴り終わってるんだから。だけど未だに“いつかチャイムが鳴ってこの時間が終わるのかもしれない”という感覚があって、休み時間が続いているような気がするんですね。音楽は仕事だけど仕事じゃなくて、楽しいことを自分の好きな人と一緒にしたいという感覚を持ち続けてると、一生ずっと遊んでるという感じで、“これでいいのかな。でもこれがいいんだよな”と思いながら20年経ってしまうのは、自分でもすごいと思うんですよね。

──すごいと思います。

大柴:未だに「はい、休み時間は終わりです、みんな席について」と言われるのを待っている自分がいて、“この時間はいつまで続くのかな”みたいな感覚はずっとあります。社会というものを経由せずに、自分が見えている世界の中でずっと戦ってきて、社会から逸脱している感覚はないけれど、自分は正しい道を歩いてきたんだという感覚も実はなくて。世の中ってどういうものだっけ?と振り返った時に、すごく不思議になっちゃうんですよね。

──問いかけがいっぱい出てくる歌ですよね。当たり前って何だっけ、好きになるって何だっけ。

大柴:精神年齢が10歳ぐらいで止まってるみたいなことを言ってるんですけど。でも、本当にそうなんですよね。

■自分というものにもう一回立ち返って
■向き合っていく1年になるだろうな

──アルバムの1曲目「ええぇぇぇぇああぁい」はどうですか。これは時事ネタというか、タイトル通り、AI社会に対してユーモラスに物申す曲。

大柴:SNSで、ドヤ顔で「AIを使えないとヤバイよ」とか言ってるのはダサいなと思うんですけど、乗り遅れるのも違うし。一応目を通すんですけど、さっき喋ったように、物の価値観ってどんどん置き換わっていくじゃないですか。それも含めて“何を自分の喜びと感じるのか”というと、個人の満足を求めていく世の中に変わっていく気がするんですよね。今までは、大きいものや数が多いものが“すごい”だったんですけど、それを疑う心が入ってきて、違う価値観になってきているので。たとえば「SNSを活用してもっと売ればいいじゃん」とか言われても、それだと自分が喜ばないというか、自分を喜ばせるための方法として何を選択していくのか?というところに、音楽も置き換わっていくのかな、とすごく思うんですよ。

with 1966 GIBSON J-45

──よくわかります。

大柴:だから「ええぇぇぇぇああぁい」も、テーマはAIですけど、全部人力で作ってるんですね。そういうアンチテーゼなところがやっぱりあって、AIに“これをやれるもんならやってみろ”みたいな、そういう感覚で作ってます。それを自己満足と言うならそれでもいいけど、でもこれからは、自分すら満足させられない人間がたぶん出てくると思いますよ。なんでもできちゃうから、達成感も満足感も感じられなくなるんじゃないかと思うし。

──それはありえますね。実感として体に刻まれるものが薄いから。

大柴:まさにそういう世の中になりつつあると思うので、今のタイミングでミュージシャンがどういうことを歌っていくのか?を考えた時に、今回のアルバムは結構いろいろ言ってると思います。

──ガラクタの希望がキラキラ輝いていると思います。そんなアルバムを締めくくるのが、タイトル曲「JUNK HOPE」。

大柴:これは最後に、勝手にできたんです。曲が全部できて、ミックスが終わって、お酒を飲みながら自分のスタジオで聴いている時に、ふとギターを持って弾き始めたら、いきなり“JUNK HOPE 叶えに行こう”のメロディが出てきて、本当に10分ぐらいでこれができた。

──それが見事に、アルバムを要約したような曲になっていると思います。

大柴:不思議ですよね。“ほしいものはいつもドロの中”とか、“世間様が僕を笑っている”というのも、さっき喋ったことと同じだし、“どんな時も自分を忘れちゃいけないぜ”というのも、自分に言ってるんですよね。“Lシリーズ”をやっていた8年間は、自分が見える世界を歌ってきたんですけど……これは前にもお話したかもしれないですけど、僕が神様だったら、人間は絶対にこういう構造にはしないと思うんですね。目の位置はここじゃなくて、後ろも見えるような可動式にして、そっちのほうが全部見えるじゃないですか。でも人間が目をここにつけてるのは意味があると思ってて、自分を自分が見れないようになってるんですよ。逆を言えば、自分のことは誰かに見てもらわないといけない。だから神様はここに目をつけたんじゃないかな?と俺は思っていて。

──なるほど。

大柴:俺は自分のことしか見えてないけど、自分が何をやってるかわからないから、周りにあることに目を向けて、それを自分に取り込んできた。20年目のスタートは、その“目”をもう一回自分の中に取り込んで、自分を見つめる時期になると思います。

──期待してます。そしてデビュー20周年とアルバムリリースを記念するワンマンライブは、6月9日、東京・せんがわ劇場で。一人きりの弾き語り形式ですか。

大柴:そうです。今年はデビュー20周年ということもあって、ルーツを巡る旅をしようかと思っています。8月27日の自分の誕生日に、自分の生まれた町・大阪の枚方でワンマンをやることも決まって、ルーツを振り返ることと、今やりたいことを照らし合わせて、やっていく感じになると思います。自分というものにもう一回立ち返って、向き合っていく1年になるだろうなとすごく思っていますね。

──新生・大柴広己の始まりの年でもある。

大柴:完全に新しく始まっていく感じだと思います。いろんなことを経験して、いろんな人間関係を見て、たくさんの思いをいろんな人から自分に投影できたからこそ、それを持って自分がどう生きるか?が見えてきたし、どういうふうに希望の明かりを灯していくのかを考えて、誰に無意味と言われようが、俺は曲を作り続けます。ひとつの大きな希望へのストーリーが、これから始まっていくなという感じがしていますね。

■波瀾万丈の音楽人生を物語る
■デビュー20周年に欠かせぬギターたち

“名は体を表す”という言葉は、“名前は、性質や特徴や本質をありのままに表している”という意味を持つが、ミュージシャンの使用楽器はサウンドそのものを表し、音楽人生すら物語る。本人曰く「ヴィンテージ価値はあまりない」とのことだが、ここに紹介する4本のギターは、大柴の音楽に寄り添い続けてきたという意味では、金銭的な価値に換算することなどできるはずもない。しかも1本1本にまつわる逸話はあまりにも興味深く、大柴の隠れた一面を表すエピソードが盛りだくさんだ。

1966 Fender Telecaster

2009年、馴染みの都内楽器店から「いいギターが入ったんですけど、素性が謎めいているうえ、いろいろ手が加えられてるので、懇意のミュージシャンにお声がけしてるんです」という連絡が大柴に。半信半疑のまま楽器店へ向かい、出会ったのがこの1966年製テレキャスターだ。

最大の特徴は、一見するとバタースコッチが経年変化で極度にくすんだようなボディーカラーと、ローステッド加工を施したような茶褐色のネック、ヘッドのデカールにこの年代のトランジションロゴではなくスパゲティロゴが採用されているという謎めいたルックスにあったという。さらに、フロントピックアップはシングルコイルではなくギブソンのナンバードPAFに交換されていたほか、ビグスビーアームの後付け、トーンノブのプッシュ/プルによるコイルタップ機能など追加仕様も。極めつけは、ボディ表裏に正体不明な年号や人名が刻みつけられているなど、エイジングもカスタム度合いも並大抵ではない。が、そこにロマンを感じて一目惚れしたという1本だ。

しかしこれだけでは終わらない。経年変化による褪色と思われていたボディー塗装の一部が、弾き込むうちに剥ぎ取られ、ブルーの下地が見え隠れ。手入れをするべく、ラッカー対応のポリッシュで拭いたところ褪色だと思っていたものが剥がれ落ち、下地だと思っていたブルーはカスタムカラーのソニックブルーであったことが露呈したという。つまりこれは、タバコのヤニが長い年月の間に積み重なったものであり、あまりに稀な経年変化の妙だったというわけだ。ちなみに、その風合いを残すためにボディー磨きは途中でやめたとのこと。

サウンド面では「テレキャス特有の耳をつんざく高音域はなく、低音が強く太いのに抜けがいい」とのこと。なお、ヴァン・モリソンのツアーに同行したDON SNOW(前オーナーだったと思われる)の名が刻み込まれたこのテレキャスは、長い年月を経てネックとボディがヤニによって癒着し、もはや一体化している。下手に外せば音が変わってしまうためそのままの状態を維持しながらロッド調整は不要というグッドコンディションは、まさにヴィンテージとしての極致に達している。大柴が入手して以降は、ブリッジをMastery製に載せ替えるカスタムを施し、レコーディングやライブなどの現場で活躍中だ。

 

1962 Fender Jazzmaster

クレイドット・ポジションマーク、ラウンド張りのローズウッド指板、スリムなCシェイプネックという仕様を持つ1962年製ジャズマスター。大柴曰く「入手前からリフィニッシュされていたんですけど、キャンディアップルレッドよりも黄色味が強い」というメタリック系のレッド。大柴自身の手によってペグやネジをクロームパーツに、ブリッジはMastery製に交換されているが、フローティングトレモロはオリジナルのゴールドパーツだったという貴重なモデルだ。また、アッセンブリーはオリジナルのままに、プリセットスイッチの配線のみノイズ低減や音抜けの向上を考慮して排除している。

サウンド面では、ジャズマスター特有の豊かな残響音と音の広がりを重視しており、生音が大きくヴィンテージ特有のノイズも少ないため、あまり歪ませずにフロントピックアップを中心に使用。今回のレコーディングでは「YOMOSUE feat.憂現歌」のワウパートで使用したほか、ダブルでエレキギターをレコーディングする際には、前述のテレキャスターを右チャンネル、ジャズマスターを左チャンネルで鳴らすことが多いとのことだ。

 

1966 GIBSON J-45

高校3年の時に購入した初めてのヴィンテージギターは、1966年製のGIBSON J-45。カスタムカラーであるチェリーレッドのボディにビス止めされた白いピックガードが特徴的な一生ものの相棒だ。

しかし楽器店の通販で入手したというJ-45は開封してみれば、ボディーは割れ、指板は波打ち、パーツというパーツはボロボロ。大柴曰く「購入当時はとんでもなくひどくて、まったく鳴らなかった」とのこと。そんななかでも弾き続けていたある日、近所に凄腕のギターリペア職人がいるという噂を聞きつけ、J-45修復作戦がスタートした。

ボディ割れの修繕、内部の木材骨組みの再接着、ネック反りの矯正、ブリッジの作り直し、フレットの打ち替え、ペグなどパーツの交換、マイクの取り付けなどを経て、大手術が成功。晴れて再生したのがこのギターだ。リペアや改造を重ねたことでヴィンテージとしての資産価値は失われたものの、活動初期のライブから大切なワンマン、最新アーティスト写真まで、共に歴史を刻みながら大柴の歌を最も近くで支え続けた唯一無二の存在だ。

 

ForM TRUTH TN-35BB CUSTOM

愛知県のギター工房“ForM”によるTRUTHは、大柴がプロになる以前から愛用しているモデル。大柴はTRUTHのモニターであり、色違いで数本所有しているとのこと。そして2006年から現在まで、20年にわたり節目節目のステージで愛用され続けているTRUTH TN-35BBこそ、ファンから“青鬼”の愛称で親しまれている現在のメインギターだ。経年によるボディの割れにも風格が漂う。

以前のメインであるオレンジに続く2号機TRUTH TN-35BBは、エボニーのカラーリングにピックガード等をホワイトでオーダーしたものの、手元に届いたものはピックガードやバインディング等にTRUTHのフラッグシップカラーのひとつである鮮やかなクールミントが採用されていたという。その事実からも、ForMから大柴への愛が感じられる仕上がりだ。

スペックはJ-45と同様のシトカスプルース・トップとマホガニー・サイドバック。指板とブリッジはエボニー、ニトロセルロースラッカー塗装を施した仕様により、力強い中低音と豊かな鳴りを実現している。大柴曰く「ピックアップはコンデンサーマイクを搭載していて、単三電池2個を6倍に昇圧した18V仕様。低音域から高音域までカバーするワイドなダイナミックレンジがある」とのこと。すべてのニュアンスが素直に出るため、「鳴りは豊かだけど、しっかり弾かないと逆に良い音がしない」とのことだ。

また、巨大なヘッドストックやヘッドとネックの強度を高めるボリュートはTRUTH TN-35ならではのこだわり。ピックガード、バインディング、ロッドカバーにはフレームメイプルが採用されるなど、精度と美しさに関しては細部まで妥協がない。

なお、20年もの間、弾き込まれたことを証明するようなピッキングによるボディーの擦り傷は“青鬼”の勲章でもあるが、その損傷があまりに激しいため、「ピックガードもガードする」透明のピックガードが後付としてボディーに施されている。

取材・文◎宮本英夫 / BARKS編集長 梶原靖夫(機材)
撮影◎緒車寿一

 

■9thアルバム『JUNK HOPE』
2026年4月28日(火)配信開始
配信リンク:https://zula.link-map.jp/links/eKy_iDmp
▼収録曲
1 ええぇぇぇぇああぁい
2 希望の鐘
3 UN HAPPY WORST DAY
4 僕とギターと星空と
5 世の中さん
6 よくばり
7 キクチくん
8 YOMOSUE feat.憂現歌
9 笑ってくれよ

 

■<大柴広己 弾き語りワンマンライブ>
5月7日(木) 福岡・大名シャングリラ
open19:30 / start20:00
チケット:チャージ3900円(1D別途)
6月9日(火) 東京・仙川せんがわ劇場
open18:30 / start19:00
チケット:前売 4000円
詳細:https://oshibab.wixsite.com/oshibahiroki/ticket

 

関連リンク
◆大柴広己 オフィシャルサイト
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