高度経済成長期に一気に整備したため、耐用年数も一気に超え…

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全体の6割半ばは水道料金でまかなえない

 トランプ大統領のイランに対する「石器時代に戻す」という威嚇は、世界に波紋を広げた。橋や発電所などの民間インフラを徹底的に破壊するという脅しだが、実行すれば国際法に違反することは明白である。いずれにせよ、民間人の生活をおびやかし命にもかかわるようなインフラ破壊は、断じて行われてはならない。

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 とはいえ、「石器時代」と聞いても日本人の大半は、憤慨はしても他人事だと感じているだろう。だが、じつは、日本も下手をすれば「石器時代」に戻ってしまいかねない危機を抱えている。他国の攻撃を受けて、という話ではない。自滅しかねないのである。

高度経済成長期に一気に整備したため、耐用年数も一気に超え…

 そのひとつが水道だ。朝日新聞が4月5日付の朝刊で報じたのだが、同紙の集計によれば、全国の市町村などが経営する水道事業の2割以上が赤字に陥っているという。いうまでもなく水道インフラは、安全な飲料水を確保するためだけでなく、衛生的な生活環境を維持するためにも、産業や経済活動の基盤としても、失われれば「石器時代」に戻りかねないほどの必要不可欠なライフラインである。

 日本の水道事業は、全国の市町村などが経営する公営企業による独立採算性が原則で、人件費はもちろん、川やダムの水の浄化、水道管の維持や管理などにかかる費用は、基本的に各家庭や企業などからの料金収入でまかなわれている。ところが、実際にそれでまかなえているかというと、全体の6割半ばが原価割れ、すなわち料金収入でまかなえない状況に陥っていたという。

 もっとも、市町村による公営の事業だから、料金収入が足りなければ国からの補助金や一般会計からの繰入金、すなわち税金での穴埋めもできるが、それでも黒字化せず、赤字に陥るところが23.2%におよんだという。その原因は、簡単にいえばコスト高と人口減少だ。

4分の1の水道管が耐用年数を超えている

 日本のエネルギー自給率は2023年度で15%ときわめて低い。このため、折からの超円安でエネルギー価格が軒並み上昇した影響は大きい。しかも、中東情勢の緊迫化にともなって原油や液化天然ガス価格が高止まりしたことで、さらに追い討ちをかけられることになるだろう。

 水道事業のコスト高のうちわかりやすいのは、電気料金の高騰だろう。水を集めて浄水場に送り、さらに水道利用者のもとまで送り届けるには、ポンプを稼働する膨大な電力が必要だ。ポンプの動力費が総事業費に占める割合は、全国で急上昇している。しかし、それ以上に危惧されるのは、水道管やポンプ場などの老朽化である。

 現在、日本の地下には地球18.5周分に相当する約74万キロメートルもの水道管が埋まっているが、2024年度の時点で全体の26%、すなわち4分の1以上がすでに40年の法定耐用年数を超えているという。この法定耐用年数は、1952年の地方公営企業法制定に合わせて定められたものなので、その後、水道管の耐久性が増したことが反映されていない、という指摘もある。そうかもしれないが、40年以上前に敷設された水道管に関しては、現行の耐用年数が妥当だろう。

 日本が欧米諸国と大きく異なるのは、水道管などのインフラを、戦後の高度経済成長期に一気に整備したことだ。長年かけて少しずつ整備したなら、少しずつ更新すればすむ。ところが、そもそも戦前の日本は欧米にくらべてインフラ整備が遅れていたところに、多くの都市が焼け野原になり、ほぼ一からのスタートになった。

 それにもかかわらず奇跡的な復興と発展を遂げた、と称賛されてきたが、そのツケがいま表面化している。一気に整備したため、耐用年数も一気に超え、最近では老朽化した水道管が破損する事故が、全国で年間2万件以上も発生している。なかには道路の陥没や大規模な浸水などにつながるケースもある。

人口減少で水道事業を維持できない

 ところが、前述したように、全国の水道事業の23%が赤字で、税金を投入しなければ事実上の赤字になる事業を加えると6割を超える。この状況では、水道管の更新に当てる費用は捻出できない。水道事業には水道管などの設備更新が欠かせないため、日本水道協会は、水道料金に設備更新のための「資産維持費」を算入するように指針を示している。だが、多くの水道事業はその余裕がなく、算入していないのが現実だという。

 そこに追い討ちをかけているのが人口減少である。水道事業は利用者が支払う水道料金でまかなわれている、と前に述べたが、全国的に利用者が減少傾向にあるのだから、収入が増加する余地はない。既述した朝日新聞の記事には、水が豊富な神奈川県松田町の、「24年度は水1立方メートルをつくるために106円かかった。しかし、収入は86円。水を売れば売るほど赤字だ」という例を挙げていた。全国の状況を象徴する話だが、今後は人口減少にともない、全国で状況がさらに悪化するのが確実だ。

 日本の出生数は2016年、1899年に統計をとりはじめて以来、はじめて100万人を割り、以後も減り続けている。2024年には70万人を割って68万6,173人となり、2025年は日本総合研究所の試算では66万5,000人程度だという。国立社会保障・人口問題研究所は2023年に公表した試算で、2025年の出生数を74万9,000人と見込み、66万人台になるのは2041年だとしていた。日本の少子化は国の予想より16年も速いペースで進んでいる。

 国土交通省は、日本の総人口が2050年には1億人にまで減少すると見込んでいる。しかし、上記の予測が大きく前倒しになっている以上、1億人の大台を下回るのはもっと早いだろう。要するに、全国各地の水道事業が独立採算である以上、これから経営が好転する可能性は皆無だということだ。

「水と安全はタダ」という認識をあらためよ

 では、どうすればいいのか。昔の日本では、よく「水と安全はタダ」といわれたが、この認識を根本からあらためる必要がある。水はコストがかかる資源なのだ。具体的には、水道インフラを維持する方法は2つしかない。1つは、水道料金を値上げすること。もう1つは、すでに行われている旨も記したが、国の補助金や自治体の一般会計からの繰入金というかたちで、水道事業に税金を投入することである。

 物価高騰が続いているさなかに水道料金が値上がりすることに対しては、全国的に強い反発があるようだ。しかし、値上げを受け入れなければ、「命の源」でもある水が、まともに供給されない事態に陥りかねないという実情を、1人1人が知らないとまずい。

 また、税金の投入に関しては、多くの自治体にその余裕がない。それなのに、いまだに消費減税が議論されていることには、呆れざるをえない。

 先の総選挙では、物価高対策として与野党が消費減税を主張して競い合った。しかし、消費税はその約4割が地方の税源、すなわち地方消費税と地方交付税である。消費減税が実行に移されれば、現在、ただでさえ財政が苦しい地方自治体の財政状況が、さらに厳しくなるのは確実で、予算を水道事業に回す余裕は、ますます失われてしまう。

 いうまでもないが、全国の市町村が維持および管理すべきインフラは多々あり、水道はその一部である。しかも、日本中の多くのインフラが水道と同様、高度経済成長時代に一気に整備され、それらの多くが耐用年数を超え、これから超えようとしている。

 私たちが生活するうえでの利便性を、少なくとも従来と同水準で維持していくには、膨大な費用がかかる。その一例が水道である。ところが現状では、全国の水道事業は水道管を更新する余裕さえなく、市町村にはそれを補填する予算がなく、水道料金の値上げも住民のコンセンサスを得られない。これでは行き着く先は「石器時代」である。いや、石器時代の日本はきれいな水に囲まれていただろうから、それ以下かもしれない。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部