『岸辺露伴は動かない 懺悔室』実写化なぜ成功? 不可能を可能にした制作陣の狂気と矜持
映画『岸辺露伴は動かない 懺悔室』は、『岸辺露伴』シリーズの原点にして、実写シリーズとしての集大成と言える作品だ。
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映画の原作エピソードとなる『懺悔室』は、荒木飛呂彦が『ジョジョの奇妙な冒険』第5部『黄金の風』の連載を開始した、その2年後の1997年に書き下ろした短編漫画。舞台がヴェネチアということもあるが、岸辺露伴がストーリーテラーとしての立ち位置にいること、何より48ページほどの短編であることなど、様々な部分で映像化へのハードルは高かった。
その高い壁を乗り越えることができたのは、キャスト・スタッフによるチームが年月と作品を積み重ねていった成果にほかならない。原作漫画の世界観を見事に現実世界へ落とし込み、「富豪村」を含む第1期の放送後には2021年1月度のギャラクシー賞月間賞を受賞。チームはその結果に奢ることなく、スタンスを変えずに突き進んできた。
『懺悔室』への道筋として、2023年公開の映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』の成功も大きい。チームとしては初の海外ロケとなるフランスでの撮影や、原作エピソードを大切にしながら「青年時代の露伴の過去」と「高橋一生が1人2役を好演した山村仁左右衛門の過去」という2つの過去を描くことで、オリジナリティと映画としてのクオリティを見事に両立させた。
『ルーヴルへ行く』の成功を推進力に変え、撮影されたのがドラマシリーズとしては現時点で最新作となっている2024年放送の『密漁海岸』だ。原作屈指の人気エピソードで2020年の第1期放送時から実写化が期待されていたが、露伴が鮑の密漁を目的に海に潜るという、海中での描写も含めて映像化が難しいとされてきたエピソードである。
しかし、水中での撮影チームを新たに迎え入れたことによる目を見張るアクションシーンや、露伴が「ヘブンズ・ドアー」をかける「タコ」の表現を含めたアナログにこだわるチームのスタンス、『ジョジョの奇妙な冒険』の第4部「ダイヤモンドは砕けない」でトニオが初登場する「イタリア料理を食べに行こう」と「密漁海岸」を前後編として繋ぎ合わせた見事な構成など、あらゆる要素を詰め込んだ集大成と呼ぶべき傑作に仕上がっていた。
劇中のラストにある泉京香(飯豊まりえ)のセリフ「『食』をテーマにした怪奇ミステリー。舞台は、美食の国イタリアですよー! ピッタリじゃないですかァ。次の取材旅行はこれで決まりですね」が示すようにして、その翌年の2025年5月に『懺悔室』は劇場公開されることとなる。
原作の肝とも言える水尾(大東駿介)によるポップコーン対決は、大東駿介の芝居に心を奪われる。一見すると子供じみた対決だが、その一投一投には彼の生死がかかっている。その緊迫感と迸る熱量は、大東自身も役作りを超えて、美しきヴェネチアという環境に追い詰められたからこその、ある種の“呪い”が成せる業でもある。
そして、悪役として映画後半のオリジナル脚本を担った田宮を演じる井浦新。仮面をそのまま映したような下がり眉の表情や、露伴への告解シーンで熱を帯びていく声色、露伴との対峙シーンで見せる慟哭。極め付けは、偽の結婚式での「これで助かった……これで……」というセリフだ。生々しく意地汚い、けれど人間らしい愛おしさも込められたこのセリフを、井浦新が繊細に演じることで、罪深き呪いの物語をしっかりと着地させている。
露伴としても、『懺悔室』では新たな一面を見せている。その象徴として挙げられるのが、田宮との対峙で宝くじを蹴り飛ばすシーンだ。
自身の好奇心に忠実で、作品の「リアリティ」を何よりも重視するあまり、危険な目に遭うこともしばしばの露伴。田宮の告解を聞いたことをきっかけに「幸福になる呪い」に襲われた露伴は、漫画家としての名声や富が降ってくる状況に、激しい拒絶と苛立ちを覚える。その結果が「僕にはこんなものいらないんだよッ!」と宝くじを蹴り飛ばすシーンだ。
原作にも「この岸辺露伴が金やちやほやされるためにマンガを描いてると思っているのかァーッ!!」というセリフがあるが、そこに込められているのは漫画家としての矜持。宝くじを踏みつけて蹴り飛ばす動きは台本には書かれておらず、高橋一生による即興的な行動だという。役に対する深い読解力と露伴への愛、そして長く露伴という役を演じ続けてきたからこその積み重ねによる力が成し得た芝居だ。
鬱々としたヴェネチアでの物語の中で、京香は底抜けの明るさで光を放ってくれている。脚本の小林靖子が書いた「今日が最高の日なんて決められないです。だって明日、もっと大きな幸せが来るかもしれませんもん」というセリフは、演じる飯豊まりえ自身とも通ずる考え方であり、生き方になっている。
そもそも泉京香というキャラクターは、実写シリーズで独自に形成され、荒木飛呂彦自身にも影響を与えていった特異な例だ。コミックス『岸辺露伴は動かない』第3巻の作者コメントにて、「実写ドラマや映画化の影響も逆にあって、泉京香さんのキャラに結構愛情を注いで描いています」と荒木は明かしている。「ホットサマー・マーサ」「ドリッピング画法」「ブルスケッタ」といった、実写シリーズが始まって以降の作品全てに京香が登場するようになったのは、その表れかもしれない。
言うなれば、“スピンオフのスピンオフ”として誕生した最新作『泉京香は黙らない』(NHK総合)は、実写シリーズの特異点だ。原作・脚本協力としてクレジットされている荒木飛呂彦の名前に納得を覚える作品に仕上がっているという。
荒木は『懺悔室』劇場用パンフレットの中で、「『短編』だった作品が、『岸辺露伴』がそうやって広がっていくことがとても感慨深いです。旅情豊かで、人生があって、香り高い宝石のような第一級のサスペンス作品。私たちの目指すところはそこだからです」とコメントしている。
チームが目指した原点にして、集大成と言える極上のエンターテインメントが『懺悔室』なのである。(文=渡辺彰浩)
