建設中の和盛地区第4段階区域のサービス施設を視察した金正恩氏と娘(2026年4月3日付朝鮮中央通信)

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北朝鮮で最近、再開された平壌見学が思わぬ波紋を広げている。地方から選抜された住民や希望者が首都を訪れ、その光景に「まるで別世界だ」「外国に来たようだ」と驚きを隠さないという。高層住宅が立ち並ぶ新興住宅街、整備された道路、華やかな商業施設――国家が誇示する“繁栄の象徴”は、確かに存在していた。

しかし、その裏側で浮かび上がるのは、あまりにも残酷な現実だ。平壌見学には数カ月分の生活費に相当する費用がかかり、参加できるのは一部の比較的裕福な層に限られる。つまり、地方の中でも恵まれた人々でさえ、初めて目にした首都の姿に言葉を失うほどの格差が広がっているのである。

実際、見学から戻った住民の間では「地方とは生活水準が全く違う」「あのような場所で暮らせたら」といった声が広がる一方、「自分たちには縁のない世界だ」という諦めもにじむ。日々の食糧確保に追われる住民にとって、平壌の豊かさは希望ではなく、むしろ現実との落差を突きつける象徴となっている。

(参考記事:【写真】「北朝鮮のどん底」に堕ちたら最後に行きつく“地獄”とは

本来、体制の優位性を示し忠誠心を高めるはずの見学事業は、結果的に首都と地方の深刻な格差を可視化する場となった。見せつけられた“繁栄”は、同時に自らの貧しさを認識させる装置でもある。豊かな平壌と取り残された地方――その断絶は静かに、しかし確実に広がっている。

華やかな首都の光が強まるほど、地方の影は一層濃くなる。北朝鮮の現実は、いまや「同じ国に二つの世界」が存在する段階にまで進んでいる。