内藤剛志

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母校は偏差値76

 俳優の内藤剛志(70)は大ベテラン。近年の出演作の大半は主演か準主演だ。6月公開の映画「劇場版 旅人検視官 道場修作」も主演。だが、年下でキャリアも自分より短いダウンタウンの浜田雅功(62)のことを「師匠」と呼び続ける。その理由を深掘りすると、内藤の人間性の根幹部分が垣間見える。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】

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 内藤が浜田のことを「師匠」と呼び始めたのは20年以上前。シャレやおふざけではない。浜田との会話は敬語。仕事と関係のないLINEを交わすときも文体は敬語だ。

「浜田さんと一緒にいると、自然とヒントやきっかけを与えてくれるからです。自分が採り入れられるものを持っている。具体的には先輩に対する接し方とか。今の芸人さんの中でパイオニア的存在ですから、やっぱり違うんですよ。仕事をしているとき、ふと『師匠ならどうするかな』と思うこともあります」

内藤剛志

 浜田とは1991年の映画「昭和鉄風伝 日本海」の共演で知り合った。のちに浜田が司会のテレビ朝日系のバラエティ「人気者でいこう!」(97年)で共演。浜田の鮮やかなトークや出演者との接し方に感服し、「師匠」と呼ぶようになる。

「師匠には『浜田雅功はこうであるべきだ』という確固たる考えがある。だからブレない。頭の良い人です」

 内藤も頭は抜群に良い。本人はひけらかすことがないが、大阪のナンバーワン私立高・大阪星光学院高の出身。偏差値76。入学難易度は全国でも上位15位以内に入る。

 2025年度には東大に10人、京大に51人、大阪大に15人、神戸大に19人の合格者を出した。医学部や難関私大への合格者は数え切れない。

 もっとも、内藤自身は偏差値や大学合格者数にとんと関心がない。

「学力の偏差値は俳優に関係ありませんからね。俳優に必要なのは地頭の良さ。俳優としての偏差値というものがあるなら、それは高くありたいし、今後もバンバン上げたいと思いますけど」

 芸能人が学歴を公開して参加するクイズ番組が花ざかりだが、出たことがない。

「呼ばれたこともないんじゃないかな。そもそも『4代前のアメリカの大統領は?』なんて問題に早押しで答えることは得意じゃないかもしれない。だけど、豊臣秀長について自分の知識でしゃべるようなことならいけると思います」

 地頭の良さを見せつけたのは2024年5月のTBS系「プレバト」。くしくも浜田が司会を務める同番組の「俳句査定」で、挑戦1回目で特待生に選ばれた。激辛査定で知られる俳人・夏井いつき氏が絶賛した。これには浜田も驚いた。

上下関係はつくらない

 大学は日大芸術学部映画学科へ。自主映画をつくりたかったからである。入学後は授業そっちのけで映画づくりに熱中。1970年代半ばから80年代前半にかけ、早大の室井滋(67)とともに学生映画界の大スターとして名を馳せた。

「大学に入る前から会社組織の中で何かやろうという考えがほとんどなくて。ゼロから自分で物をつくる仕事をしたかった。組織に入るより、やりたいことをやりたかった」

 自主映画づくりは「面白かったですよ」と、うれしそうに振り返る。

「自主映画出身の強みって、大きいと思うんです。ルールは自分で作る。その代わり責任も自分で取る」

 内藤は自分のルールの一例として、出演者、スタッフに序列を絶対に付けない。自主映画は参加する誰もが対等。その考えを今も貫いている。

「俳優も照明部さんも録音部さんも全員が並列であるという意識が強くありますね。当然のことなんですけど」

 内藤自身、大きな役ばかり演じるようになってからも以前と変わらない。日本テレビ「家なき子」(1994年)でタチの悪い主人公の父親を演じていたころから、テレビ朝日「科捜研の女シリーズ」(00〜26年)の準主演・土門薫警部補を演じるようになるまで、ずっと一緒である。

 信念として付き人の存在はなく、スタッフと同じように現場には1人で行く。どの共演者とも等しく付き合う。記者会見場で昔馴染みの記者を見つけると、世間話を始める。

 みんな対等という考えだから、「脇役」という表現を忌み嫌う。30年ほど前の熱情的なころは「脇役なんて言う奴はぶっとばす」と冗談交じりに口にしていた。

「そう言ってましたね(笑)。今でも考えは同じですよ」

 もう1つ、やはり激しく嫌う言葉がある。「主役を食う」である。今の時代の俳優たちはそれぞれ自分の役割を果たし、みんなで最良のものをつくろうとしている。ほかの出演者を食おうとすることはあり得ない。そんな俳優が本当にいたら、演出家に叱り飛ばされるのがオチ。にもかかわらず、「食った」と言われたら、俳優としては迷惑なのだ。

「良くない言葉ですよ」

 内藤が浜田を躊躇なく「師匠」と呼ぶもう一つの理由が見えた。みんな対等という考えが根底にあるから、年下であろうが、尊敬すべき相手は素直に敬えるのだ。

刑事ドラマの帝王

 内藤は6月12日に公開される映画「劇場版 旅人検視官 道場修作」に主演する。BS日テレの「令和サスペンス劇場」(土曜午後7時)で2023年に始まり、第6弾まで放送された同名ドラマシリーズが、人気に後押しされて映画にコンバートされる。

 このシリーズでは定年退職した元凄腕検視官の道場修作が、亡き妻(南果歩)の愛した俳句ゆかりの地である山形県湯野浜温泉や富山県庄川温泉郷などを旅する。だが、訪れた地で思いがけず事件に巻き込まれていく。

 自主映画の出身だから、映画化には特別な思い入れがあるのではないか。

「ええ、ありますね。ただし、映画とドラマでどちらが上みたいな格付け意識は一切ないんです。そもそも今はドラマと映画の機材も変わりません。昔の映画はフィルムで撮影しましたが、今はドラマと同じデジタルの機材を使い、セッティングを変えて撮るだけですから。でも大きな違いもあります。映画はみんなで観るものだということです」

 ドラマは大抵、少数人で見る。家族、あるいは1、2人で観る。だが、映画は映画館で見知らぬ人たちと一緒に観る。そこが異なる。

「良い例かどうか分かりませんが、病院の待合室って、アトランダムに大勢の人が集まりますよね。 映画はそういう人たちが一緒に同じストーリーを観るようなもの。また映画はエンドマークが出た後、周囲のみんながどんな風に感じたんだろうって思いますよね」

 場内が笑い声、あるいは嗚咽に包まれることもある。それが作品の記憶として刻まれることも珍しくない。

「ドラマだと途中で何かをすることも出来て、自分のテンポで観られる。けれど映画のお客さんは僕たちから与えられたものを観るしかない。映画はそういうことも意識してつくらなきゃいけないと思っています」

 理屈としては分かる。だが、観客が自分たちの提供したものしか観られないことを念頭に置いて制作するのは難しいのではないか。

「ええ。だから監督を始め、スタッフと出演陣全員が毎日、『映画って何?』って考えるんです。多分、みんなで考えることが答えなんですよ」

 映画版での道場は正岡子規ゆかりの地である愛媛県松山市と内子町を旅する。道後温泉などを巡りながら、亡き妻との思い出に浸った。ところが、俳句を通じて知り合った岸山飛鳥(羽田美智子)の言動に違和感をおぼえる。その思いは当たる。20年前に東京で起きた未解決事件が急浮上してくる。

 映像には松山城、三津浜、石手寺、高昌寺など愛媛県の名所が登場する。ストーリーに悲哀もある。2時間ドラマの必須要素が漏れなく散りばめられている。

「旅情の要素が求められるのは、知らない街へ行くってことが日常生活ではなかなか出来ないということがあるのでしょう。それと、人生において何か自分が想像していないことに出会いたいっていう欲求みたいなものも人間にはあるんじゃないでしょうか」

 内藤は1995年から01年にかけて27クール続けて連続ドラマに出演するという日本記録を持つ。今度は捜査関係者としての主演ドラマの数も記録を樹立しそうな勢い。

 代表的なものだけでも十津川省三役のTBS「十津川警部シリーズ」(2017〜19年)、大岩純一警視正役のテレビ朝日「警視庁・捜査一課長」(16〜24年)、樋口顕警部役のテレビ東京「警視庁強行犯係 樋口顕シリーズ」(15年〜)、辺見定一係長役のフジテレビ「寸劇刑事」(04年)。

 なぜ、次々と捜査関係者役を任せられるのか。答えは単純明快。うまいからである。

内藤剛志(ないとう・たかし)
本名同じ。1955年(昭30)5月27日、大阪府生まれ。日大芸術学部時代は自主映画に熱中し、中退後に文学座研究所を経て、80年の映画「ヒポクラテスたち」でデビュー。テレビ朝日の主演作「外科医・夏目三四郎」(98年)などで人気に。19年に優れたテレビ関係者に贈られる「橋田賞」を受賞。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。前放送批評懇談会出版編集委員

デイリー新潮編集部