「囲まれます!リンチ起きます!」通訳が叫んだ次の瞬間…丸山ゴンザレスが足を踏み入れたのは、ボリビアの『暴力が許される町』だった〉から続く

 日本の裏社会や世界のスラム街を取材する「危険地帯ジャーナリスト」の丸山ゴンザレス。最新刊『ナルコトラフィコ』(講談社)は、TBS系「クレイジージャーニー」における取材の総決算として、巨大化する麻薬ビジネスの実態に迫った一冊だ。

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 2016年、丸山はテレビクルーとともに、当時“麻薬戦争の最前線”となっていたメキシコ・ミチョアカン州へ降り立つ。目的の一つは、麻薬カルテルと血みどろの対立を続ける「自警団」への密着取材だった。

 ある自警団へのインタビューを敢行した丸山だったが、核心を突く質問をことごとくかわされ、取材は空振りに終わってしまう。だが、本当の事件は、彼らとの別れ際に待ち受けていた--。本書より一部を抜粋して紹介する。(全3回の2回目/つづきを読む)


写真はイメージです ©︎getty

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地面にぶちまけられたピカピカの銃

 内心では「ハズレだったな」と思っていた。実際、彼らと向き合ったこの時間は不毛の一言に尽きる。進展ゼロ。話にならない。こちらの手札は減り、あちらの腹の内は見えず。取材としては完敗だ。だがまあ、そういう日もある。海外取材では空振りも日常のうちだ--と自分に言い聞かせていた、そのときだった。

 どこの組織にもひとりはいる、“おっちょこちょいな後輩”の典型みたいな若者が、落ち着きのない足取りでこちらに向かって走ってくるのが見えた。

「アニキ〜」と呼んだかは定かではないが、自称リーダーの男に一直線。そして両手にはなにやら大きな荷物を抱えている。

 その若者が私の目の前に差しかかった次の瞬間--。

 見事に、豪快に、ぶっ飛んで転んだ。

 そして、地面にぶちまけられたのは、ピカピカに手入れされた銃だった。それも拳銃ではない。M16っぽいシルエットの自動小銃だ。

 目が合った。私と銃の。

リーダーが発した“衝撃の一言”

 その場にいた全員、数秒の硬直。誰も何も言わない。言ってはいけない気もした。

 だが黙っているのも、却(かえ)って目立つ。

 “あー、そういう人たちだったんですね”と、答え合わせをされてしまった空気がその場に充満していた。

 私はそっと、リーダーの顔を見た。

「まずいな」とでも書かれたような表情が顔面に貼りついている。漫画かと思った。

 リーダーは私と目を合わせた。一瞬だったかもしれないし、数分だったかもしれない。沈黙が支配する現場を動かしたのは相手からだった。突然、こう言った。

「写真を撮ろう」

 意味は、わからなくもない。なかったことにしたいのだろう。証拠を上書きするための、笑顔の1枚。

 断れる空気ではなかった。

 私は、ほぼ会話もしていない彼らと並び、記念撮影をした。全員にっこりと、笑顔を貼りつけて。

「あの撮影の意味はわかるか?」

 あらためて彼らを見送るとすぐにダニエルが寄ってきた。

「あの撮影の意味はわかるか?」

「記念写真ってことはないよね」

「ああ。我々はすでに顔を知られすぎた。もう取材にはならないかもしれない」

「どういうこと?」

「君はカルテルメンバーへの直接のアプローチを望んでいたな。すでに半分達成しているんだ。これまで取材してきた中にカルテルメンバーがいた」

「ジョーク、ではないよね」

「ああ。こちらが出向くまでもなく、向こうから来てくれるだろうね。今夜か明日かわからないが、君の部屋のドアをノックする者がいるかもしれない。いいか、これは比喩じゃない。訪問者が君の目的を果たしてくれるのか、最悪の結末をもたらすのか、ドアを開けてみるまでわからない」

 嫌な予感がした。そして記念写真が手配写真としてカルテルに共有されているのだということに気がつくのに、少しだけ時間がかかった。

 彼の妙に詩的な言い回しが余計に恐怖を煽ってくるような気がした。

 ハズレどころか、大当たりを引いてしまったようだった。

ホテルの部屋の前に、何人もの気配がする

 そしてその夜、私の部屋を訪れる奴らがいた。部屋の前に何人もの気配がする。最初はホセとダニエルの悪戯(いたずら)かと思ったが、それにしては気配が多い。真夜中の訪問者に対してどのように応じるべきか。大袈裟(おおげさ)ではなく自分の命がかかっているのが直感的にわかる。どうすればいいのか。自分の判断が正しいのか、間違っているのか。正解は生き残ることではないだろうか。どこに着地するかわからないほど思考が巡る。

 私に寄せられる質問でトップ3に入るほど多いのが、「危険な場所に行って怖くないのか」というものである。実際に危険な状況になるとこのように思考がループして、生き残るための判断を下すだけである。そこに恐怖が入り込むことはほとんどない。

 自分の判断一つで生死が左右される状況に直面したことのない人にどう説明すればいいのか、難しいところではあるが、実際にはこんな感じなのである。

 様々な想定を僅かな時間で繰り返した結果、私の導き出した判断は「居留守」であった。枕に頭を突っ込み何も聞こえないことにした。そもそも本気で拉致するなら部屋に踏み込めばいいし、部屋にいることがわかっていて訪問しているのであれば、単なる脅しや警告のメッセージだろう。そう思ったのだ。

背後から低い声で「昨日のタコスはうまかったか?」

 時間にして10分か1時間かわからないが、真夜中の訪問者が立ち去ったかわからないまま、いつの間にか私は眠りに落ちていた。そして、朝になり部屋の前に誰もいないのが確認できると、タバコでも吸おうと思い、部屋を出てホテルの喫煙所に移動した。ホテルの一階は吹き抜けになっている。外部から通り抜けできる設計ではあるが、見通せる場所にフロントが設置されていることもあって、外部の人間が入ってくるような場所というわけでもない。

 今日の取材はどうなるだろうか。

 そんなことをぼんやり考えていると、背後から男の声がした。

「昨日のタコスは美味(うま)かったか」

 低く抑えた英語だった。確かに前夜はタコス屋に行った。美味しくて何個も食べて、コロナビールで流し込んだ。取材が必ずしも順調ではないことを忘れられるぐらいのご機嫌な夜だった。だが、なぜそれを知っているのか。いや、それ以前に、なぜ英語なのか。

 アメリカに隣接する国ではあるが、誰もが英語を話せるわけでもない。どちらかといえばアンチアメリカのスタンスから、英語を使わない者も多い。都市部の若者ならまだしも、ここはミチョアカン。田舎で英語を使う必要はないし、使えない人間がほとんどだ。

 振り返ったときには、男はすでに距離をとっており、こちらを見ることもなく足早に立ち去っていった。

 私はダニエルにここまでの出来事を伝えることにした。

 彼の顔がこわばったのがわかった。

「もう、この街にはいられない」

 その判断が賢明なのかは、よくわからなかった。だが、ダニエルの顔は本気だった。

 カルテルの警告というのは、このように直接、間接問わず「見ているぞ」というメッセージを重ねてくるものらしい。奴らからの警告を受けて、我々に残された選択肢は「逃げる」しかなかった。

「お前はすでに把握されている」

 フロントにチェックアウトを伝えず、荷物をまとめて車に飛び乗った。

「チェックアウトしなくていいのか?」

「そんなものはどうでもいい」

 ダニエルの切り返しは鋭かった。アクセルを踏む足にも迷いはなかった。

 たどり着いたのはアパツィンガン近くのモーテル。マリファナの匂いが漂うような場所で、ホテルランキングがあったら下から数えた方が早いぐらいの所だ。だが、翌日からの取材を止める気はなかった。安心できる場所で眠ろうという判断だったのだ。

 自警団メンバーとの接触の後に麻薬カルテル流の警告が来た。

 つまり、自警団の中にカルテルメンバー、あるいは元カルテルメンバーがいるのだ。

 カルテル流の脅し方は、静かに、確実に、逃げ道をなくしてくる独特の恐ろしさがある。

 直接「殺す」とは言わない。

 代わりに、誰が何を食べ、どこに泊まり、どのルートで移動しているかを“さりげなく”伝えてくる。

 言葉の端に忍ばせるのは「お前はすでに把握されている」という、無音の支配。

 それだけで十分なのだ。

体が真っ先に“降伏”してしまう

 怒鳴らない。暴れない。

 笑いながら、軽く挨拶するように、一言だけ刺す。

 それがカルテル流の恐怖の植え付け方なのだ。

 それを悟った瞬間、喉が渇く。呼吸が浅くなる。

 自分が「追われる側」に立ったと直感したとき、人は何より先に“汗”でそれを知る。

 冷たくも熱くもない、ぬるい汗が背中を這うように流れていく--まるで、体が真っ先に降伏しているかのように。

 アドレナリンが出る感覚すら楽しむようになっていた危険中毒の私でさえ、このときばかりは違った。

 カルテルの脅しは、“恐怖”というより“敗北”の予感だった。

〈バスタブの中に“結晶化した覚醒剤”が…丸山ゴンザレスが“メキシコの麻薬キッチン”で目撃した「おぞましい光景」〉へ続く

(丸山 ゴンザレス/Webオリジナル(外部転載))