もう、いい加減にして!〈老後資金4,000万円〉60歳定年で戻ってきた単身赴任の夫、家事力アップで“よき夫”のはずが「妻の絶叫」のまさかの理由
長い現役生活を終え、十分な備えを持って迎える定年退職。平穏なセカンドライフを夢見る夫婦は多いものですが、生活環境の変化は思わぬ摩擦を生むことがあります。良かれと思った行動が、かえって長年家を守ってきたパートナーとの溝を深めてしまうことも。統計データから、定年後の円満な暮らしに必要な視点を探ります。
単身赴任で家事力向上の夫だったが…
東京都郊外の私鉄沿線に、35年ローンで一戸建てを購入した佐々木健一さん(60歳・仮名)は、この春、大手メーカーで定年を迎えました。支給された退職金は約2,500万円。現役時代の貯蓄と合わせると4,000万円になります。あと5年は再雇用で働き、この貯蓄額を維持して年金生活に突入する――これが健一さんの計画です。
健一さんは、現役時代の最後の10年間、関西の拠点の責任者として単身赴任をしていました。当時、長男は大学生、次男は高校生。自宅から通学していたため、健一さんだけが関西へ赴くことになったのです。その間、妻の恵美子さん(57歳・仮名)は一人で家を守り、近所に住む実母の介護やパートをこなしていました。
そのような生活も定年を機に終了し、東京の本社での再雇用が決定。自宅に戻ってきましたが、どこか自分の家ではないような新鮮な感じがしたといいます。しかし、そのような生活にも1カ月もすれば慣れるもの。契約社員として、平日は9:00〜18:00の勤務を規則正しくこなし、土日は基本的に家事や趣味のガーデニングを楽しんでいました。
「単身赴任の間に家事力が上がりました。料理に掃除に洗濯。自分なりのこだわりができて、楽しんで家事ができるようになったんですが……」
健一さんがどこか意気消沈しているのは、恵美子さんに怒鳴られたからです。
「いい加減にして! もう一回、単身赴任でもしてください!」
その原因は、まさに家事力の上がった健一さん自身にありました。良かれと思ってやったことが、すべて裏目に出ていたのです。恵美子さんが洗濯物を干せば「その干し方だと乾きが遅いよ」と干し直し、夕食の準備をしていれば「野菜の切り方は揃えたほうがきれいだよ」とアドバイス。さらに、自身のこだわりである「効率的な収納ルール」をキッチンやリビングに持ち込み、恵美子さんが長年使い慣れた配置を変更してしまいました。
それは健一さんには使いやすいものでしたが、恵美子さんにとっては苦痛でしかありません。さらに、まるで主導権を握るかのような健一さんの物言いに耐えられなかったのです。なぜ感謝されるはずの家事協力が、恵美子さんを追い詰める結果になったのか。健一さんは理由を理解できず、その場に立ち尽くしてしまったといいます。
定年後の「家庭内不一致」という落とし穴
定年を迎え、ライフスタイルが変化することで佐々木さん夫婦のように衝突が起きるケースは、決して珍しくありません。今回の事例では皮肉にも、夫の「家事スキルアップ」が衝突を加速させました。
国立社会保障・人口問題研究所『第16回全国家庭動向調査』によると、妻と夫の家事分担割合は、妻80.6%に対して夫19.4%。2008年からの推移を見ると、妻85.5%・夫14.5%(2008年)→妻85.1%・夫14.9%(2013年)→妻83.2%・夫16.8%(2018年)と、緩やかではありますが、夫の家事参加は進んでいます。
一方で、夫の家事参加について「期待する」の割合は、「妻20代以下」の69.5%に対し、「妻30代」で58.7%、「妻40代」で41.0%、「妻50代」では35.4%と、妻の年齢とともに低下します。また夫の家事に対する満足度も、「妻20代以下」の74.8%から、「妻50代」では51.9%まで低下する傾向にあります。
これは結婚生活が長くなるにつれて、「夫への諦め」が大きくなることが要因といえるでしょう。本来、健一さんのように家事力が向上すれば期待値も満足度も上がるはずですが、進め方が不適切だったと言わざるを得ません。
特に健一さんは、単身赴任で長く不在でした。その間、恵美子さんには長年築き上げた家事のオペレーションがありました。そこへ我が物顔で介入し、上から目線で自分のスタイルを押し付ける。これでは反発を招くのも無理はありません。どれほど家事の精度が高くても、相手への敬意を欠いた参加は、平穏な老後を壊す引き金になりかねないのです。
