“映え”はもう古いのか…「承認欲求から自己防衛へ」ビジネストレンドワード10年史で見えた「生成AI」のさらに先のワードとは
「インスタ映え」「サブスク」「テレワーク」「生成AI」――。この10年を表すビジネストレンドワードは、単なる流行語ではない。企業が何を売り出し、生活者が何に憧れ、何を求めてきたのかを映し出す、いわば“価値観の記録”のようなものだ。取材を進めると、日本社会の関心が「どう見られるか」から「どう損せず生き残るか」へと移り変わってきた実態が見えてきた。
今につながるSNSブームが本格化したのは2016年頃。翌2017年には“インスタ映え”が流行語として注目された。SNSマーケターの会社役員男性(37)は、当時をこう振り返る。
「当時は、toC(一般消費者向け)でインスタ映えを促し、売り上げにつなげる施策が一気に広がった時代でした。『これを買って投稿すれば華やかに見える』といった承認欲求を刺激する面が強かった。一方、toB(法人向け)でも、SNSの口コミやサイトのレビューなど第三者の評価を判断材料にする流れが強まった。SNSが個人の記録ではなく、ビジネスの現場にまで入り込んだ時代だったと思います」
もっとも、革命的に見えたSNS活用も、熱狂が最前線にとどまっていた時間は長くなかった。
「SNSは、ある意味で薬でもあり毒でもある。画面の中では派手に見えるインフルエンサーたちの裏側や闇も、すぐに可視化された。光が強くなれば、そのぶん影もくっきり映る。そんな時代だった気がします」(同)
「所有」から「共有」へ
見せることで売れる時代が到来する一方、見せかけを疑う視線も同時に強くなったと言える。そうした空気の変化と並行するように、2019年前後になると「サブスク」や「シェアリングエコノミー」が急速に浸透。この現象の成り立ちについて、前出の男性はこう分析した。
「SNSを通じて派手な生き方を見せる人が増えると同時に憧れの対象も増えた。高級時計レンタルのように『所有』から『共有』『利用』へと価値観が移った。会計ソフトも買い切りから月額利用へ変わり、音楽や映像配信も含めて“所有しなくても満たされる時代”になった」
ここで重視され始めたのは、派手さよりも手軽さ、効率、コスト感覚だ。“どう見えるか”を競う時代から、“どう無駄なく使うか”を考える時代へと、生活者の関心は少しずつ移っていったのである。
コロナ禍でDX化が浸透
その流れに決定打を与えたのが、コロナ禍の到来だった。「テレワーク」をはじめ、QRコード決済、モバイルオーダーといったサービスの根本的な変革…「DX(デジタルトランスフォーメーション)化」が一気に浸透し、効率化やデジタル化は“先進的な手段”ではなく“生存戦略”へと変わった。IT企業経営者の男性(48)はこう話す。
「人間には、自分たちの行動に名前をつけて正当化したくなる部分があると思うんです。毎日出社がつらいと思っていた人たちも、非常事態をある意味逆手に取って、自分たちが働き方や生き方を変えるきっかけを得たのではないでしょうか」
社会全体が非常時に入ったことで“生き残るために何を選ぶか”が、切実なテーマになったのだ。その延長線上で、アフターコロナの2023年頃から「生成AI」の存在感も強まっていく。
「機械学習のように既存データから導き出す段階から、ゼロから何かを生成する段階へ入ったことで、『生成AI』という言葉が一気に広まりました。当初はまだ『新しいものが出てきた』という程度の受け止め方だったと思います。しかし、AIを使う人と使わない人が分かれていた段階を過ぎて2024年から2025年にかけては、AIがプロダクトの中に自然に溶け込み、今は自分で意識しなくても結果的にAIを使っている状態になったんです」(同)
“確かな実利”を求める局面
“AI時代”が常識となりつつある中で、次のトレンドはどこに向かっていくのか。
「今は“AI-ready”という言葉が多く飛び交うようになりました。AIを使いこなし、AIを組み込んだサービスを作るだけでなく“AIでソフトウェアやビジネスの基盤そのものを作る時代”へ移っているわけです。実際問題、そこまで到達している企業はまだ少なく、名前だけが先行している面もありますが…」(同)
ただ、新しいトレンドが、社会全体に同じ熱量で受け入れられているわけではない。
「今は、戦争や物価高の影響で、多くの人がまず自分の生活で精いっぱいです。持続可能よりも、まずは自分たちが効率よく生き残ることが優先される時代なので、インスタ映えのような、誰にでも分かりやすい広がり方とは違うんです。日本では、そうした流行にすぐ乗る人より、慎重に様子を見る人のほうが圧倒的に多い。だからこそ、今後のビジネスでは多数派にどう価値を届けるかが、生き残りの鍵になるのではないでしょうか」(同)
ビジネストレンドワードの変遷をたどって見えてくるのは、日本社会が“新しさへの熱狂”よりも“確かな実利”を求める局面に入ったという現実なのかもしれない。
文/内外タイムス取材班
