【国宝五城】一生に一度は行きたい!戦国の動乱を生き抜いた「5つの最強天守」を解説【眠れなくなるほど面白い 図解 国宝の話】
天下の五城が物語る戦国乱世の移り替わり!
姫路城・彦根城・松本城・犬山城・松江城 ──それぞれの国宝天守
昨今は姫路城(兵庫県)が「世界遺産」に登録されたあと、彦根城(滋賀県)が暫定リストに掲載されたとか、松本城(長野県)が候補地として名乗りを挙げたとか、近世日本の現存する木造天守閣式城郭の話題が絶えない。いずれも天守※が国宝として認定されているのだが、ほかにも犬山城(愛知県)と松江城(島根県)がある。
5城とも、山川草木の厳然たる状況を踏まえて縄張りを施した堅城(砦)であり、近世城郭には必須条件となる城下町を統制する政庁としての機能もあわせ持つ名城である。
姫路城は江戸初期に築かれた天守や櫓などの主要な施設が現存する平山城で、近世城郭の代表的遺構である。豊臣秀吉が手掛け、天守を上げた姫路城を慶長5年(1600年)、関ヶ原合戦の功で入城した池田輝政(1565~1613年)が大改造。事実上の天下普請で約8年を費やして完成した。大小天守と渡櫓など8棟が国宝に指定されている。
彦根城も遺構をよく遺し、天守など2棟が国宝に指定されている。この城も関ヶ原合戦の軍功で近江18万石(のち35万石)に抜擢された井伊直政(1561~1602年)が石田三成(1560~1600年)の佐和山城に入城したが、これを嫌い、新たに築城を計画したが死去。その後、徳川家康の命で築城された。
松本城は武田信玄(1521~1573年)が見出した深志城がルーツ。小田原征伐後、豊臣秀吉の命で石川数正(1534~1593年)が入城して城郭を定め、城下町を整備した。
その他、犬山城は織田信長の叔父信康(生年不詳~1544年)が築いた城。木曽川添いの丘の上に立つ。松江城は軍学者小瀬甫庵(1564~1640年)の縄張りで築かれた名城。宍道湖を眺望する亀田山の山頂に立つ。
※天守=近世城郭には欠かせない最も高く聳え立つ中心的な建物。織田信長が安土城に初めて築いた(松永久秀の多聞山城が初の説あり)。戦国大名を束ねんとする天下布武の意志表現の象徴だった。
姫路城
姫路城の縄張(設計)は本丸中心に外堀・中堀・内堀を左回りに配置。「螺旋式縄張」「渦郭式縄張」と呼ばれ、防御にすぐれた設計。「総構え」でもあり、本丸、中構え(武家地)、外構え(町屋)の三重構造。周囲は約4.2km
「姫路城」(別称・白鷺城)は兵庫県姫路市にある城郭。黒田官兵衛、豊臣秀吉、池田輝政など歴史的な武将の居城。大天守を中心に乾小天守・西小天守・東小天守を4つの渡櫓でつなぐ「連立式天守」。大天守は外から5層に見えるが、内部は6 階建。城全体は延焼止めに効果的な白漆喰で塗り固めた「総塗籠」。大天守には11匹の鯱瓦が飾られているが、すべて雌。昭和の大修理の際に雄の資料が存在していなかったためらしい。
姫路城の内廓は約3km、外廓約4.2km。日本での現存最大の城郭建築であり、昭和26 年(1951年)大天守・乾小天守・西小天守・東小天守と4つの渡櫓(イロハニの渡櫓)が国宝指定。平成5 年(1993年)12月には「法隆寺」とともに日本初の「世界文化遺産」登録された。所在地:兵庫県姫路市本町68
彦根城
彦根城は築城を計画した井伊直政の死去もあり、徳川家康が西国大名監視の役割を求めて7か国12大名に手伝いを命じた「天下普請」の城
琵琶湖を望む彦根山(金亀山)に建つ彦根藩井伊家35 万石の居城「彦根城」は、徳川家康の命で慶長9 年(1604年)からほぼ20年の年月をかけて築城された平山城。天守が国宝に指定されているほか、天秤櫓や太鼓門櫓、厩などは彦根城のみの珍しい建屋。
天守は3層3階、石垣は野面積みの一種で牛蒡積み。破風は唐破風・入母屋破風・切妻破風など多様で、月明かりに浮かぶ「月明・彦根の古城」として「琵琶湖八景」に選定されている。延宝5年(1677年)に造営を開始した城内の「玄宮園」は国の特別名勝に指定。天守は昭和27年(1952年)に国宝指定。所在地:滋賀県彦根市金亀町1-1
松本城
大天守は5層6階で高さは姫路城に次ぐ約25m。一見すると層塔型に見えるが、内部が望楼型であり、さらに乾小天守・渡櫓・辰巳附櫓・月見櫓がつながった、珍しい「連結複合式望楼型」
「松本城」の天守は文禄2 年~3 年(1593~1594年)ごろに築造されたと伝わる。初代藩主は徳川家康から豊臣秀吉に臣従した石川数正(1534~1593年)。天守は5層6階で高さ29.4m、乾小天守の高さは16.8m、壁面は白漆喰と黒漆塗りが絶妙に対比している。月見櫓は寛永期(1624~1644年)の増設だが、天守と月見櫓が一体化している城は松本城にしか見られない。
また、松本城の周囲は豊富な湧水に恵まれ、「まつもと城下町湧水群」として「平成の名水百選」に選ばれている。天守は昭和27年(1952年)に国宝指定。所在地:長野県松本市丸の内4-1
犬山城
犬山城は断崖の上に築城された山城と平城の中間型の平山城で、戦さに備えた実戦向きの城
「犬山城」は室町時代、天文6年(1537年)ごろに織田信長の叔父で織田信康(生年不詳~1544年)の築城とされる。木曽川沿いの小高い山と切り立った崖上に築いた後ろ堅固な城。木曽川に面し、中山道と木曽街道にも通じていたため、江戸時代には交易に適した要衝の地として栄えた。
犬山城の城主は池田恒興(1536~1584年)、織田信雄(1558~1630年)、小笠原吉次(1548~1616年)などとたびたび替わったが、元和3年(1617年)に尾張藩徳川家の付家老成瀬家の居城となる。明治以降もそのまま成瀬家のものとして日本で唯一の個人所有の天守となったが、平成16年(2004年)に公益財団法人犬山城白帝文庫の所有となる。昭和27年(1952年)に国宝指定。所在地:愛知県犬山市犬山北古券65-2
松江城
天守最上階の「天狗の間」には壁がなく、360度見渡せるため外敵の見張りに適応。しかも唯一井戸のある現存天守で厠も設置し、1か月は籠城戦に耐えられるよう防衛に特化した城
「松江城」は豊臣政権三中老だった堀尾吉晴(1542~1611年)が築城を開始し、慶長16年(1611年)に完成した平山城。堀尾家から京極家へ移り、やがて寛永15 年(1638年)、徳川家の親藩(御家門)松平家が城主となって明治4年(1871年)の廃藩置県まで、松江藩として234年間存続した。天守三角屋根に付けられた装飾破風「千鳥破風」が羽を広げた千鳥のように見えるとのことで、別名「千鳥城」という(現在は消失)。平成27年(2015年)に国宝指定。所在地:島根県松江市殿町1-5
【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解 国宝の話』著:鈴木 旭
